ミサとレイラ1
メガシティ、ネオ・トーキョーには大人もいれば子供もいる。
当然、学生もたっぷり。
Bランクエリアにある女子校「ルバルバハイスクール」に通うミサとレイラも、ごく普通の白いカットシャツに紺色の短いタイ、そしてタイと同色のプリーツスカートを穿いた女子校生だ。
二人は退屈な授業を終えて、街に繰り出していた。
ポップアップするARを片っ端から削除して、ナンパしてくる男や女に中指を突き立てる。
「ミサ、ARカットしないの?」
レイラが言った。
ミサはまた新たに登場した新作のリップを紹介するARを消して振り向く。
「だって、シューティングゲームしてるみたいで楽しいよ。どれぐらいの速さで消せるかに挑戦してるんだ。レイラもカット機能オフにしてやりなよ」
「やだよ、めんどくさい。アタシはパス」
「えー、楽しいのに~」
そう言いながら、ミサは前面を遮るARをカットしようとした。
「……んん?」
しかしどれだけ手元と目線で操作しても、ARは消えない。
「あれ? 故障かな?」
のんきな声を出すミサの横で、レイラがため息を吐いた。
「ミサ、それARじゃない」
「ぇえ?」
そこで改めて目の前の物体を見たミサは、それが拡張現実の物体ではなく、生身の人間であることに気づいた。
人数は三人。
革ジャンと革パンというファッションで身を包んだ、女たちだった。
リップとアイシャドウが紫。ニヤニヤと笑う口元の奥、ガムを噛んでいてくちゃくちゃ動く。
「……なんか用ですか?」
レイラが言う。
「アタシら、今からカフェ行くんですけど」
「カフェだってよ」
先頭の女が噴き出すと、後ろの二人も笑った。
ミサには何が面白かったのかわからない。
レイラも冷めた目をして三人を見ている。
「そんなとこよりさ、アタシたちがいいこと教えてやるよ。お前ら、ルバルバだろ?あそこの子たち、清純だから悪いこと一つも知らないだろうしな」
「社会経験だよ。他の子たちより、一足早く大人になれるよ」
革ジャン女たちが笑みを浮かべる。
下心満載の下卑た笑顔だ。
こんな顔、もう見飽きるほど見た。
ミサもレイラも可愛らしく、そして美人だ。
この手の輩には男女問わず、本当によく絡まれる。
「……はぁ」
レイラが面倒くさそうにため息を吐く。
そして拳を握って前に出ようとしたところで、ミサが口を開いた。
「ホントですかぁ! あの、私たち、そういうの興味あったんですけど、でも、うちの高校って規則厳しいから、今までそんなこと体験したことなくてぇ~」
媚びを売るような、バカっぽいしゃべり方。
けれど、この手の輩にはウケる。
「お姉さんたち、教えてくれるんですか?」
女たちの顔が一瞬で緩み、そして目が肉食獣のそれになった。
獲物を見つけた目。子供に悪いことを教えて支配し、玩具にしようとする子供よりも子供みたいな理屈を持つ大人の目。
「もちろんだよ。ほら、ついてきなよ。お姉さんたちがたっぷり教えてあげるからさ」
こいつらが男だったら、いや、サイバネで陰茎を搭載してたら勃起してるんだろうな。
そんなことを考えながら、レイラも顔と雰囲気を変えた。
ミサに合わせて、期待と媚びの笑顔を三人に向ける。
「ほら、こっちだよ」
ホテルまでは我慢できないんだろう。
三人が誘ってきたのは汚い路地裏だった。
Cランクエリアから流れてきた浮浪者もいる場所。
何か“いいもの”の気配があれば、すぐに誰かが寄ってくる場所。
ここで清純で美しい少女たちが食い物にされる。
同意にせよ、拒絶にせよ。
「ねえ、レイラ。もういいかな?」
ミサが言う。
レイラは革の手袋を填めながら、小さく頷いた。
「うん。先生たちの追跡ドローンはここにはない」
「あは♡ やったー♡」
ミサとレイラの会話に、三人が困惑する。
何の話をしているのかわからない様子だ。
「お前ら、何の話してんだ? そっちの子はなに? なんで手袋?」
聞かれたレイラは先ほどの笑顔を捨て去り、真顔で答える。
「あー、アタシ、ミサの以外で手、汚れるの嫌なので。ミサは気にしないみたいだけど」
「……へ?」
間抜けな声と、ミサが女たちに向かって突進したのは同時だった。
「とりゃー」
気の抜けるような声と共に、ミサの硬く握った拳が女の一人を捉える。
「ゲゥッ……!?!?」
とっさに上げた両腕のガードをすり抜け、ミサのパンチが顔面に突き刺さる。
声とは裏腹に鋭く重い、大砲みたいなパンチだった。
「……あぇ?」
頬と顎をぶん殴られた女は膝からくずおれ、路地にべちゃりと倒れる。
「リーダーッ……!!」
リーダーと呼ばれた女が振り返ると、目の前にローファーが迫っていた。
正確にはレイラのハイキックだ。
女の反応は速く、左腕のブロックが間に合う。
「あッ……!?」
しかしレイラはヒットする直前にブロックの腕に足首を絡みつかせるように曲げ、つま先でこめかみを打った。
「浅かったかな」
リーダーはよろけた。
けれども、倒れるほどではない。
「て、めぇ……ら……」
怒りに燃えるリーダーだったが、その後ろで悲鳴が上がる。
「うわっ!」
「あっまーい!」
拳を振り上げてもう一人の女に襲い掛かったミサ。
女はがっちり顔を守る盾みたいな両腕ガードを展開する。
だがミサのパンチはフェイントだった。
ミサは殴る態勢から身体を回し、飛び回し蹴り──ソバット──で女の腹を打ち抜いた。
「ごぇッ……!?」
吹っ飛ばされた女は壁に背中を激突さえ、呼吸困難で倒れる。
「よそ見してて平気?」
「うっ……!?」
リーダーの目の前にレイラが迫っていた。
眼前に右手を突き出される。視界がふさがれた。
どこから何が来るのか選択肢が無限に増える。
「あぁッ!!」
リーダーが吼え、右のフックを放つ。敵は目の前にいる。
「……?」
そのはずだった。
しかし手が消失するのと同時に、レイラの姿も消えていた。
直後、フックを振り切ったリーダーの顎が下から蹴り抜かれる。
「ごびゅッ……!?」
サマーソルトキック。
バク宙しながら蹴りを繰り出す技だった。
「おま、え……ら……なに、も……の…………」
リーダーが前のめりに倒れる。
「ただの女子校生だけど?」
レイラの答えを聞く前に、リーダーは気絶していた。
「レイラ、今日のパンツカワイイね」
「ハッ!? 変態! バカ!」
二人もぶちのめしたミサが、唐突にひどいことを言う。
レイラはサッとスカートを押さえたが、色々遅い。
「んふふ~、レイラのそういう“趣味”、私好きだよ~?」
「う~」
レイラは普段クールだが、ミサのこういうところに弱い。
無遠慮に抱きついてきたミサは良い匂いがして、レイラは赤くなる。
同じクラスの人間たちに見せたら驚くだろうか。
そんなことを考えながら、唇を突き出してキス待ちのミサを押し戻す。
「えー、なんでー? 今のチューする流れじゃない?」
「全然そんなことないけど!?」
ミサはすねたように余計尖らせるが、すぐにプッと噴き出す。
「じゃあ、そういう流れになってもいいところに行こう」
ミサが自然と手を絡ませてくる。
レイラもそっと握り返した。
「……うん」
耳は赤くなってるが、表情は出来るだけ平静を保っている。
つもりだ。
たぶん、というか絶対ミサにはバレている。
けれども、それすらも楽しまれている。
普段はアタシのほうが窘める役なのに。
そう思いながら、レイラはミサと共に学生でもこっそり入れるラブホ街へ向かうのだった。




