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覗き屋たちとミス・コール

 十本目のドラッグパックに火を点ける。

 足元に溜まった吸い殻は雨に溶かされ、排水溝に流されていく。

 ビカビカ光るネオンを見つめながら待たされること一時間。

 車の中から漏れる青白い光り。

 高度なハッキングをするハッカーの指は、まるで魔法使いのようだった。


「先生、あとどれぐらいだ」


 ドラッグパックを咥えながら聞く。


「もう少しだよ、もう少し」

「さいですか」


 そのセリフは五回目だ。

 だがそれ以上は急かしたりしない。

 急かしたところで魔法は完成しないのだ。


「いやはや、すごいねお嬢様」

「……どうした?」


 身体を傾けて車の中を見る。

 シートにもたれて手を動かし続ける“先生”は、にやけていた。


「セキュリティがバカみたいに厚い。さすがAランク、とは気軽に言えない」

「と、言うと?」


「分厚さが五大企業並み。とはいえさすがに本社クラスではないけれど」

「それでもアンタなら突破できるんじゃないのか?」


 先生は口角を持ち上げる。

 サイバーグラスの底を中指で押して、再び指で透過デバイスボードを打ち始める。


「突破できるよ。でも時間がかかる。こりゃ難題だよ」


 透過デバイスボードを横に置き、折りたたんであった旧式のラップトップを手に取る。

 すでに起動していた画面にはいくつものセキュリティ画面が並び、その一つ一つを恐ろしい速さで解除していく。


 ──だが、それを上回る速度で新しいソフトが立ち上がり、ロックがかかる。

 とてつもない防御壁。

 実際に目にすると、相手が一介の女子ではなく、5大企業のどれかを相手にしてるんじゃないかと錯覚させる。


「見目麗しい少女にして、難攻不落のセキュリティ。この子、本当に一般人? 5大の誰かの隠し子だったりしない?」

「さぁ……」


 簡単な依頼だった。

 わざわざ“先生”に頼むのも躊躇うレベルの仕事。


 好きな子がいる。

 彼女の情報が欲しい。好きなことや興味のあること、すべてが知りたいんだ。

 話をすればいい?

 そんな恐ろしいことできないからアンタたちに頼んでるんだろ!


 依頼主の顔が思い浮かぶ。

 典型的なボンボン。


 勇気が出ないわりに、金はあるから犯罪ラインを軽々越えてくる。

 厄介な人間だが、それゆえに金払いはいい。


 ちょろい依頼。

 そう思っていた。

 けれど、彼女の端末にアクセスした瞬間から、チームの苦闘が始まった。


「……あの、先輩。自動化でやったりしないんですか?」


 俺の前に立っていた男が言う。チームの後輩だ。


「バカ。いつもならそれでいい。けどこのセキュリティを考えろ。オートでやったら確実にトラップにかかってデバイスぶっ壊されるぞ」


「あ、そっか……」


 高度なオートハッキングを可能にするツールはいくつも用意してある。

 俺のもあれば、先生の自作品もある。

 けれどそのどれもが使えない。

 こういう手合いのセキュリティにはオートツール用の罠がえげつないほど仕掛けられている。


 それは先生のツールを持ってしても抜けられない。

 むしろオートツールで突破できるように仕掛けられた罠も山ほどある。

 どれが罠でどれが正解か。

 それはオートではランダムすぎて見分けられない。

 ハッカーとしての勘が、それを可能にする。


「あ、やば……」


 と、先生がポロっと口にした。


「おい、車出すぞ」

「へ? は、はぁ……え?」

「さっさとしろ!」


 怒鳴る。

 後輩はまだ事態が飲み込めていない。


 後輩を助手席側に突き飛ばし、運転席のドアを開ける。

 身体を滑り込ませようとしたところで、目の前に“それ”が降ってきた。


「ごめん、逆探された」

「……チッ、遅かったか」

「な、なんですか? なにが起こったんすか?」


 ヘッドライトに照らされた見目麗しい少女。

 黒髪を重酸性雨に濡らし、こちらをジッと見つめてくる。


「……アクセルを踏み込めばいけるか?」

「無理。だって彼女……」


 先生と後輩、そして俺の視線の先は彼女に注がれる。


「人間じゃない」


 俺はハンドルを離し、両手を上げる。

 後輩も、そして先生も真似た。


 Aランクからは十何キロも離れた場所。

 一時間かそこらで逆探知し、ましてや自ら繰り出す可憐な少女。

 尋常ではない。サイバネ化もそこそこな人では勝てない。


「こ、こっち来ますよ」

「黙ってろ。何がスイッチかわからない」

「は、はい……」


 後輩をなだめつつ、少女の動向を見守る。

 少女は優雅な歩行で車に近づき、後部ドアを開き、先生の隣に当然みたいに座った。


「……マジ?」


「手、下ろしていいですよ。疲れますよね」

「……ああ」


 俺たち三人は少女に促されるまま、腕を下ろす。

 殺気は感じない。そもそも殺気なんてない。

 少女はオートマタ。人間にとても良く似た機械人形だ。


「どうして私のことを調べていたのか訊ねても?」


 少女は足を組み、顔に張り付いた髪を手で払う。

 重酸性雨が顔に当たり、先生は「わひっ」と悲鳴を上げた。


「依頼だよ。アンタのことを調べてほしいって」


 バックミラー越しに少女を見る。


 美しい。

 人間にしか見えない。


「誰からですか?」

「こいつだ」


 デバイスから画像をタップして“投げる”。

 少女は受け取り、あぁ、と小さくうなづいた。


「この人、同級生です。同じクラス」

「アンタのことが好きみたいだ」


「そうなんですか。驚きはしませんが」


 少女は興味なさげにつぶやき、画像を“握りつぶした”。

 実際にはそういう動作をする必要はないのだが、彼女はあえてそうしたようだった。


「下品な目つきな人です。あのような目は、主様たち以外からはいりません」


「主様?」


 俺が聞き返すと、なぜか先生が応えた。


「彼女、いわゆるコールガールだ。超VIP専門の」

「そこまでたどり着いたんですね」

「まぁね。けど顧客まではたどり着けなかった。つまり、そういうことだろ?」


 少女が薄く笑みを浮かべる。


「どういうことっすか?」


 後輩の質問に嘆息する。


「先生ですらたどり着けない大物たちが彼女の顧客。そういうことだ」

「なるほど……まぁ、納得っすね」


 後輩がバックミラー越しに少女を見る。

 不意に殺されたりしないかとヒヤヒヤする。


「それで、どうしましょうか」


 少女の声音が、完全なる無感情になる。

 彼女がその気になれば、俺たちはろくな抵抗もできずに終わるだろう。

 全員、彼女の手の届く範囲にいる。

 下手したら、一秒すらかからないかもしれない。


「俺たちは誓って、アンタのことを口外しない。依頼金は惜しいが、それよりも命が大事だ。虫のいい話だとわかっているが、どうか見逃してほしい」

「ふむ……」


 少女が少し、考える。

 と、またもや先生が口を開いた。


「それじゃ不十分だ。依頼主はきっとまた彼女を追うよ。違う情報屋を使ってね。だから僕たちは彼が興味を失うような彼女の偽装履歴(カバー)を用意する。どうかな? それで手を打ってくれない?」

「そういうことは得意なの?」


 少女が言うと、後輩がバックミラー越しに彼女を見てうなづく。


「それは俺の得意分野っす。あのお坊ちゃんがあなたに近づきたくなくなるような、いい経歴用意するっすよ」

「……うん、それは面白そう。やってくれる?」

「了解っす」


 バックミラーを介して、少女と目が合う。


「あなたは? 何ができるの?」

「二人より一段落ちる腕と、運転、それから暴力」

「潔いのね」

「見栄を張った分、死期が近づく。分相応が一番だ」


 少女は何がおかしかったのか、クスクスと笑う。


「ウィザードにスカウト、そしてウォリアー。面白いことができそう」

「ああ、見てのとおりだ」

「……うん、そうね。じゃあ、あなたたちの腕前を見せてもらうとしようかな」


 少女は満足したらしい。

 入ってきたときと同じように優雅な足取りで、車から降りる。

 そして手をひらひらと振った。


「また会いましょう、覗き屋さんたち」


 少女が跳ぶ。

 視界から一瞬で消えた。


「……はぁ」


 安全は確保された。

 大きく息を吐く。


「生きててよかったね、ウォリアー」

「……ふ」

「じゃあ、何から始めます?」

「調査結果を捏造しなくちゃね。彼が閲覧できるように偽の個人情報を……」


 先生と後輩が話し始める。

 俺はドラックパックを一本取り出して火を点ける。


 あの少女は「また」と言った。

 ああ、なんだか嫌な予感がする。


 ボンボンめ。

 厄介な女に惚れやがって。


「……ふー」


 煙を吐き出し、シートに深くもたれる。

 雨は降り続いている。

 遠くのほうでサイレンが響いていた。

 巨大なホロスクリーンに、芸妓の姿が映っている。


 ドラッグパックの成分を深く吸い込み、吸い殻を指で弾く。


 そしてゆっくりと味わってから、二人の話し合いに交じることにした。


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