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第二次日中戦争  作者: 畠山健一
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福隆事件

 台北市から東へ50キロの海岸沿いの町「福隆」は、人気の海水浴場のある小さな町だ。騒々しい台北から電車に1時間も乗れば、このゆったりとした、風情のある景色を楽しめる。

 しかしその日ばかりは、この田舎の町は大変な騒ぎになっていた。駅前の通りは、警察車両で埋め尽くされていた。

 15名の中国人が国家安全法違反で一斉検挙された。彼らの活動拠点である偽装した水産加工会社から、無線機、盗聴器、偵察用ドローンなどが押収され、測量用の船舶まで所有していることが判明した。その内、二隻は出港したまま消息はつかめていない。

 これまで中国人によるスパイ事件はいくつもあったが、政府や軍の関係者に近づき、機密を盗み出すといったケースが多かった。

 しかしこの事件は、組織的で十分な資金を持ち、沿岸を中心に大規模な調査活動を行っていたことから、中国共産党の関与は明らかだった。台湾当局は、その目的を来るべき侵攻作戦に備えた「下調べ」と断定した。

 このニュースは世界中を駆け巡った。当然のことながら、中国政府は猛反発した。報道官は憮然とした表情でコメントを読み上げた。

「これは中国台湾の一部の反逆勢力によるでっち上げであり、善良な同胞を陥れ、彼らの人格と財産を侵害する犯罪行為である。直ちに解放することを要求する」


 特殊警察部隊の曹上尉は、上官のオフィスに呼ばれていた。台湾のニュースは彼らの耳にも入っている。

「これだけ大掛かりな摘発は初めてだ。政府もかなり慌てている」

「手際がよすぎますな、工作員の中に密告者がいたとしか考えられません」

 曹の意見に、上官は首を傾げた。

「組織で活動する工作員は、選りすぐりの者ばかりだ。裏切者がいるだろうか?」

「そう、彼らはそんなヘマはしないでしょう。問題は他の連中です。男女を問わず、大量の工作員が潜伏していますが、中には愛国心より金で動く輩もいるでしょう」

 上官はため息をつき、首を振った。

「いずれにしても、台湾当局は背後関係を徹底的に調べ上げるだろう。我々のお偉方が焦って何か仕掛けないか心配だ・・・下手をすると戦争になる」

 戦争と聞いて、曹はふと思った。そのリスクがあるなら、台湾も事件の扱いに苦慮するだろう。何か裏がありそうだ・・・

「本題に戻るが、その中村という男の調べはついたのかね?」

「ただの大学教授とは思えません。滞在歴は長く、中国残留孤児支援事業で訪れたのが最初です。モンゴル自治区の他、チベット、新疆ウイグル自治区にも頻繁に訪れています。日本人でこれほど我が国に精通している人物は珍しいでしょう。共産党をはじめ、軍にまで人脈を持っています。資金力も豊富で、何かの目的をもって活動をしていたと思われます」

「一時拘束されたらしいが、何の容疑だ?」

「軍の機密を調べた疑いですが・・・直ぐに釈放され、取調べの記録に一部抹消された痕跡があります」

「なるほど、ただ者ではないな。その活動の目的とは一体何だ・・・君の考えは?」

「それはまだ分かりません・・・ただ、日本政府と深く繋がっていると私は見ています。これは直感ですが・・・我が国を根底から覆すような、とてつもない企てをもっている・・・彼はそれだけの人物と思えてなりません」

「確証は?死んだ三人から何も背後関係は出なかったが」

「恐ろしく用心深い連中です。普通のやり方では何もつかめないでしょう」


 ハイラル区の都市部にあるオフィスビルに、日系企業を支援するコンサルタント会社の出先機関があった。その向かいにあるホテルのレストランで二人の男女が座っている。

 男は私服姿の曹上尉、女は日本に潜入経験のある工作員だった。

「あれは中村が工作資金の拠点として使っている事務所だ。君は通訳として、日本の駐在員の下で働く。入手する情報は二つ・・・第一に金の流れた人物のリストだ。その中に党員や軍の大物がいる」

 職位に不釣り合いな、金回りのよい人物を探すのは簡単だが、大半は職権を利用して不当に稼ぐ者ばかりだ。そんな連中を調べても時間の無駄だと分かっていた。

「二週間なんて短すぎます・・・うまく関係を結んでも、情報を得るまでにはもっと時間が・・・」

「その『親密になる』アプローチでは無理だ。中村の部下たちは隙が無いし、近づいてくる中国人の女はスパイと疑ってかかる」

 曹は1冊のファイルを彼女に手渡した。

「この君の経歴を頭に叩き込むんだ。彼らは政府の一定の情報にアクセスできる。どういう手段か知らないが、ともかくそれを利用することにした。用心深い彼らは、君の事もチェックすると踏んでいた。君の採用が決まったのがその証拠だ。この偽装した経歴を信じ、君の兄が反体制派活動で獄中の身であると思っている。理由は分からないが、そういう境遇の者に彼らは密かに接触している」

 この作られた人格に、なりきることを要求されている・・・ファイルに目を通した彼女はそう理解した。

「彼らは君の生い立ちに関心を持ち、ある目的のために君を引き入れようとするだろう・・・第二に入手する情報は、その目的を探ることだ」


 福隆の海岸に立つ王克印は、水平線の彼方を指さした。

「この先、僅か180キロ先に魚釣島があります。ご存じの通り、中国と日本、そして台湾が領有権を争っている島です」

 もう一人の男は、苛立った顔で問い返した。

「それが何だというんだ?我々の窮地を救う策とは何だ?」

 15名の工作員一斉検挙は、彼を窮地に陥れていた。責任者の彼は、ただでは済まないことを覚悟している。台湾当局よりも、中国当局から見限られることを何よりも恐れていた。

「あの島は、日中の暗黙の了解のもと、現状維持が保たれています。双方とも国内世論の手前、強気の姿勢を崩せないでいますが、軍を派遣することはしません。巡視船どうしの睨み合いは茶番のようなものです」

 日本では尖閣諸島と呼ばれるこの無人島群を、実効支配していることになっている。2012年の日本政府による国有化を発端に、三国を巻き込む紛争はピークに達した。中国は台湾との共闘を目論んだが、この統一工作との一石二鳥の企ては失敗した。裏で中国から支援されていた台湾の活動家たちは、尖閣諸島への接近を阻止されている。

「あなたは、表向きは祖国統一の活動家として知られる実力者です。そして活動家の一部の過激グループが魚釣島へ上陸し、目立つところへ中国国旗を掲げるのです。現状維持のバランスを揺るがし、世界中が注目する騒ぎになります」

「上陸は無理だ。君は簡単に考えているようだが・・・」

「石垣島所属の巡視船に、本国からの派遣と合わせて20隻程度が警備にあたっています。その監視体制の詳細を調べました。必ず成功します・・・但し海軍の協力が必要です」

「それが我々の窮地を救うというのか?かえって騒ぎが大きくなるだけだ」

「騒ぎを起こすのは台湾の活動家です。台湾当局はこの国際紛争の火種の扱いに頭を痛めるでしょう。その幕引きを条件に、かれらと取引をします。最低でも、逮捕者15名の強制送還で手を打つでしょう」

 男はじっと水平線を見つめ、考え込んでいる。

「海軍の協力とは?」

「陽動作戦として2隻の潜水艦を、原潜ではなく探知が困難なAIP潜水艦が必要です。巡視船を引き付け、警備の隙をついて上陸できます」

 男はゆっくりと頷いた。王の計画を信用する訳ではないが、追い詰められた彼はこのままじっとしていられなかった。

「君が日本で入手した海保の情報を用意しろ。海軍を説得する」


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