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第二次日中戦争  作者: 畠山健一
6/27

全ては計画通りに

 第81集団軍は呉徳生と同じ北京軍区の中部戦区に所属していた。天安門事件では市民虐殺に関わった、悪名高い第27軍より編入されていた。

 主力の96式戦車を中心とした機械化装甲師団は、劉師団長の指揮下にあった。

 訓練中の部隊を厳しい目で見つめる劉の横に、特殊警察部隊の曹上尉が立っている。

「俺は忙しい。用があるなら手短にな」

 劉は曹の顔を見もせずに言った。

「それは失礼しました。何せ事が重大なものですから」

「クーデターの企てでも調べているのか?」

「そんなところです」

 曹は率直に答えた。劉ははじめて曹の顔を見た。

「そんな骨のある奴がいるとは驚きだ・・・情報の根拠は?」

「多額の買収資金が流れています」

 劉は鼻で笑った。

「金で命を賭ける馬鹿がどこにいる」

「恐らく、目的は知らされていないでしょう。首謀者は軍を動かす名目を考えているはずです」

「まだ目星が立っていないようだな。だからここへ来たんだろう?・・・残念ながら俺のところへ声はかかっていない」

「誘われたらどうされますか?」

 劉は何も答えず曹の顔を睨みつけた。曹は慌てて釈明した。

「失礼をお許し下さい。もし私がその首謀者だったら、あなたに声をかけるでしょう。ここには訓練された精鋭部隊が揃い、あなたはそれを動かせる立場にある。それに・・・」

「共産党に不満を持っている・・・そう言いたいのか?」

 劉のいた第27軍の名は消滅し、彼の腹心の多くが別の軍区へ飛ばされている。随分前の話だが、彼の自尊心を傷つけたことは疑いなかった。

「あなたの心の内は分かりませんが・・・私が同じ立場だったら、大いに不満を持ったでしょう」

「謀反を企むほどのことではない。政治的判断という理由も、理解できない訳ではない・・・今となっては興味もないが」

 目の前を歩兵部隊が走り去った。市街地を想定した、仮設の建屋へ兵士たちが素早く突入していく。

「市街戦の訓練ですか?」

 曹は物珍しそうに眺めて言った。

「分かるか?クーデターを考える連中には必要な訓練だ。戦車と装甲車で道路封鎖し、歩兵部隊は政府の中枢を制圧する・・・だがその動きは察知され、守りを固められて失敗するだろう。俺がその守りの役目となるからだ」

 劉は笑みを浮かべて続けた。

「そして連中は俺に声をかけなかったことを後悔する・・・どうだ?こんな結末は」

 曹は感心したように頷いた。

「共産党もあなたに頭が上がらなくなりますな。国を救った英雄ですから」

「ならば俺を怒らせないことだ・・・他に用があるかね?」

「いえ・・・お邪魔しました」

 曹は立ち去る前に敬礼し、ひと言付け加えた。

「万が一、謀反の誘いがあったらお知らせください」


 ハイラル区の郊外にある農業組織の出張所に1台のタクシーが乗り付けた。中から降りたのはひとりの日本人で、周囲を気にしながら建物へ入っていった。

 応接室に待っていたのは周浩然だった。周はこの訪問者を流暢な日本語で迎えた。

「河原さん、お待ちしていました。仕事ははかどっていますか?」

「最近雇った通訳が思ったよりできる子でしてね。しかも探していた対象者のひとりです。これで30名に達しました。これが名簿です」

 周は手渡された名簿に目を通しながら言った。

「連行された身内の方は、全て行方不明扱いですね・・・よく集めてくれました。ここの区域は例の事件以来、監視の目が厳しく、あなたに頼らざるを得ませんでした。」

「他の区域はもう集まっているのですか?」

「はい、ここが最後でした」

「しかし・・・これだけの行方不明者を、よく隠し通せるものですね」

「我が国では当たり前のことです。誰も詮索せず、無関心を装っているのはわが身の為です。しかし、日常的にこれほど大勢の人間がどんな目に遭っているか・・・人民の全てが真実を突き付けられた時、この悪しき常識はひっくり返るでしょう」

 河原はその意味を理解していた。

「確かに・・・その日も近いですね」

「中村さんへお伝えください。全て計画通り進んでいると・・・そちらはどうですか?台湾の事件のことは耳に入っていますが」

「同じく、問題はありません・・・それでは私はこれで失礼します」

 出る時も河原は周囲を気にしながら、待たせていたタクシーに乗り込んだ。

 隣には通訳の女性が座って待機していた・・・

「どなたとお会いで?」

「政府関係者の知り合いだ・・・」

 女性通訳は河原の膝に手を置いた。

「昨夜はご馳走になりました。今夜は私からお礼したいです」

 河原は女性の手を握った。

 女性工作員の「親密になる」アプローチは、期待以上に成功していた・・・


 その日の南シナ海は穏やかだった。フィリピンとベトナムの中間海域を自衛艦がゆっくりと北上している。時刻は午前零時、暗闇に包まれながら、護衛艦「しらぬい」に潜水艦2隻が随行していた。

 護衛艦は減速し、やがて停止した。それが合図であったかのように、潜水艦は潜航をはじめた。

「しらぬい」艦橋ではソナー員が潜水艦の動きを追っている。

「潜水艦の深度、250メートルに達しました」

「AUV投下」

 艦長の命令で、いわゆる「水中ドローン」が海中へ投じられた。この新型AUVは水中カメラを装備し、水中音響通信により映像が護衛艦に送られている。

「潜水艦の推進力、消音レベルです」

「AUVは探知されたか?」

「探知されていません。現在後方より接近中」

 カメラは潜水艦の後部を捕らえ、回転するスクリューの映像を艦長はじっと見つめていた。

 艦長は艦橋の乗組員たちに言った。

「瀬戸内海の事故のことは知っているな?護衛艦が浅瀬への接触でスクリューを破損し、自力航行できなくなったという大失態だ・・・」

 AUVはスクリューの渦に巻き込まれないよう、潜水艦の上部後方から接近している。潜水艦独特の多重プロペラ上部を通過したとき、その回転に吸い込まれるように、向きを変えた。

 衝突回避のため、AUVは出力を上げ、コースを変えた。操作する隊員は冷や汗をかいた。スクリューに激突すれば、瀬戸内海の事故の二の舞になりかねない。

 AUVは後方からの進入角度と出力の制御により、潜水艦に探知されることなく接近できた。これが訓練の要であることを、艦長以外は誰も知らなかった。

「あの事故が破壊工作だったとしても、それを疑う者はいない。愚かな操舵ミスとして片づけられるだろう」

 艦長は操舵責任者の航海員の顔を見て言った。若い隊員は当惑した顔を浮かべるだけだった。

「訓練は終わりだ。AUV回収後、本国へ向かう」

 艦長は命じた。彼は訓練の結果に満足していた。乗組員は知らなかったが、数日後にその成果が試されることになっている。

 艦長はその前提となる情報を、本国から受け取っていた。

「全ては計画通りに進んでいる。従って貴艦のスケジュールに変更はない・・・・」


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