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第二次日中戦争  作者: 畠山健一
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張黎明の名のもとに

 華北に位置する内モンゴル自治区は、中華人民共和国の33ある行政区画のひとつにすぎない。自治区にはチベット、新疆ウイグル等があり、少数民族の統治政策とされ、民族の言語の使用等、一定の権利が認められている。

 内モンゴルは5つある自治区のひとつであるが、モンゴル人は20%で大部分を漢民族が占める。習近平総書記は民族同化政策として少数民族へ漢語の使用の義務付けを推し進め、モンゴル語の教育が削減された。

 これに反発したモンゴル人たちの大規模な抗議デモが起きたが、当局は手順通り、監視カメラ・通信傍受・懸賞金を駆使して「国家転覆を企てた容疑者」数百人を逮捕した。

 騒ぎは鎮圧され、再び起きることはなかった。しかし民族同化のステップを進めれば、また反発が起こり、同じことが繰り返されるだろう。

 そのたびに危険分子があぶりだされ、除去される。共産党の思惑通りに・・・やがて従順な人民で占められた地域は安定し、国家はより強固になっていくだろう・・・


 モンゴル自治区ハイラル区のある農村で事件は起きた。10台の軍用トラックが突如現れ、降車した兵士たちが次々と農家に押し入った。

 一軒の納屋から数名の兵士が、農機具の詰め込まれた木製のケースを担ぎ出した。彼らは中から農作業用具を放り出し、隠されていた目当ての物を発見した。15丁のロシア製自動小銃だ。

 3人の若者が手錠をかけられ、トラックに押し込まれた。

「目を離すな、自殺でもされたら困る」

 特殊警察部隊の曹上尉は部下へ指示し、密告者の聴取を始めた。

「ご協力感謝します。彼らはいつここへ?」

「二週間前です。農業指導員として招かれたのですが、農業よりも民族の独立のことを熱心に説いていました」

「銃が持ち込まれていたことを知っていましたか?」

「銃?それは知りません・・・彼らはテロリストですか?」

 一人の兵士が青ざめた顔で駆け寄った。

「曹上位!逮捕者が意識を失っています」

 曹が駆けつけると、三人ともトラックの荷台にぐったりと横たわっている。

「どういうことだ?」

 曹は兵士たちを睨みつけた。一人が恐る恐る答えた。

「おそらく・・・捕まる前に服毒したものと思われます」

 無駄とは分かっていたが、曹は三人を病院へ運ぶよう指示した。

 密告者の男が、曹の後ろから声をかけた。

「あの・・・懸賞金は頂けるのでしょうか?」

 曹はきっとなって振り向いた。

「あなたの情報しだいだ」

 曹は密告者の腕をつかみ、一軒の民家のドアを開けた。

「ここに三人が泊まっていたそうだな?」

 密告者はこわばった表情でうなずいた。曹は注意深く部屋を一回りした。

「三人に変わった行動や言動はなかったか?気付いたことを何でも話すんだ」

 男はうつむいたまましばらく考え込んでいる。

「どうなんだ?」

男はびくっとして顔を上げた。

「あの・・・関係あるかどうか分かりませんが、合言葉のようなものを耳にしました。確か・・・張黎明、と声を合わせていました」

「それだけか?」

 密告者からは他に手がかりは得られなかった。曹はここにはもう用がないと悟り、部屋を出た。

車に乗った曹はひと言つぶやいた。

「張黎明か・・・」


 成人の男女四十名ほど、比較的身なりのきっちりとした二十から三十代の漢人とモンゴル人の集まりがあった。

「我が中国は豊かになったと言われています。今や経済規模はアメリカに次ぐ世界二位にもなりました。しかし大部分の人々はそれを実感できていない・・・一人当たりGDPは64番目にすぎず、大半は貧困層です。格差は今後悪化していくでしょう。少子高齢化に加え、人民への統制がかつてないほど強化されるからです」

 窓のない、薄暗い部屋で教壇に立つ男は、聴衆たちと同年代の若者である。

「共産党の指導者は神になったつもりでいます。教育は『愛国心高揚』の名のもと共産党への絶対服従を要求し、『共同富裕』の名のもとに民営企業から利益を吸い上げます。人民へ分配するためではありません。神とその忠実な家来たち、つまり共産党と国営企業に富は注がれます。彼らにとって人民は家畜と変わらず、柵の中の自由と適度なエサで満足させようとしています」

 彼の名は周浩然といい、地元では忠実な青年共産党員として名の知れた人物である。当然のことながら、彼の裏の顔を知る者は限られている。ここにいる地下組織の同志たちはその一部だ。その勢力は用心深く、慎重に・・・そして着実に広まりつつあった。

 周が彼らを引き付けたのは知徳に優れた人望の厚さと、その政治信条にあった。共産党員という地位に関わらず、その体制を真っ向から否定し、人民の自由と権利を主張した。

「本来、人民は自由に幸福を追求する権利があり、国家の役割はそれを助け、安全を守ることにあります。国は強力な軍隊と14億人の監視の為に莫大な投資をしていますが、それは人民を守るためではありません。共産党を守るためです。一体何から守るというのでしょう?我々人民という脅威からです。自由に幸福を追求する人民が、まさに彼らの脅威なのです」

 周の部下らしい男がそっと近づき、周に耳打ちした。周はゆっくりとうなずき、深くため息をついた。

「残念ながら、三人の同志が命を絶ちました。自由の為に立ち上がることは、我が国では容易なことではありません。しかし、私は共産党の手の内を知り、戦い方も分かっています。皆さんは私を信じ、慎重に計画を進めてください」

 最後に全員立ち上がって唱和した。

「張黎明の名のもとに!」


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