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第二次日中戦争  作者: 畠山健一
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天安門の思い出

 百家争鳴運動とは多様な意見を尊重する、共産党への批判すら認める、民主化への第一歩となりうる運動であった。その後共産党支配への批判の高まりを受け、提唱した毛沢東自身によりこの運動は鎮圧される。

 1981年、総書記に就任した胡耀邦は、この言論の自由の精神を復活させようとした。歴代首脳の中で最も民主化を重んじ、チベットへの民族の弾圧を止めさせた。そして共産党の古い体質を改めようと世代交代を提唱する。

 彼は親日家でもあり、昭和天皇に会い、被爆地の広島にも訪れている。

 今となっては、このような人物が中国のトップにいたとは驚くべきことであるが、胡耀邦は共産党の重鎮たちから反感を買い、解任されてしまう。

 1989年、心臓発作で死去した胡耀邦の追悼集会が、その後の大事件の引き金となる。民主化を求める抗議デモが中国全土に広まり、その中心に天安門広場があった・・・

「撃ち方用意!」

 呉徳生中尉が指揮する歩兵中隊は射撃姿勢をとった。兵士たちが動揺しているのは間違いなかった。向かってくるのは同じ中国人であり、丸腰の生身の人間たちなのだ。

 打倒共産党を叫ぶだけならまだしも、群衆は暴徒化し、火炎瓶を投げる者もいる。軍に犠牲者が出たことから、天安門周辺に展開する部隊へ発砲命令が下った。

「威嚇射撃始め!」

 兵士たちは一斉に発砲した。それは群衆の頭上に向けられていた。銃声と悲鳴が響き渡り、群衆の動きが止まった。

 ここは天安門広場に通じる道路上で、呉中尉が対峙したのは広場から飛び出したデモ隊の一部だった。

 呉は威嚇射撃を命じたはずだったが、曳光弾の一部は群衆に向けられている。大勢の人間が崩れるように倒れていくのを呉は認めた。

「撃ち方止め!人民を撃ってはならない!」

 群衆を狙った銃弾は、別の部隊のものだった。広場内で既に殺戮が始まり、周辺へと拡大していた。機関銃を乱射する装甲車の隊列が入り乱れ、群衆は広場から追われるように散り散りになっていく。

 騒ぎが収まった時、銃撃の激しかった場所で火の手が上がっていた。証拠の遺体は直ちに焼却処分され、トラックやヘリコプターで運ばれていった。何処の誰が死んだのか、全く身元が分からないままに・・・


「遺体の埋められた場所は、共産党の最高機密となっています。いつか誰かが掘り出し、犠牲者の数が明らかになるかもしれません」

 周浩然は人民解放軍の将官に向って堂々と語った。

「聞いていますか?呉師団長殿」

 呉は我に返ったように顔をあげた。

「君に会う度に、あの忌まわしい記憶がよみがえってね」

 当時、中尉だった呉徳生は将官にまで昇進している。今は北京軍区第38集団軍に所属し、機甲師団を指揮する立場にある。河北省にある師団司令部の師団長室で、呉師団長と周浩然が向き合って座っていた。

「二度と見たくない光景だった。たとえ百万人殺しても、連中は全てを葬り去り、人民は生きるために目と耳を塞ぐ・・・共産党は絶対的存在であり続ける・・・未来永劫にな」

 呉は引き出しからウイスキーを取り出し、グラスに注いだ。呉は周にも勧めたが、周は軽く首を振った。

「私は飲めませんので・・・ここでよく飲まれるのですか?」

「今日が初めてだ。これから君の恐ろしい話を聞かなくてはならんのでね」

 呉はグラスを顔の前に掲げた。

「我が人民解放軍は、その名に似つかわしいと言えないが、共産党軍事委員会の指揮下のもと、共産党の忠実な『しもべ』であり続けた・・・共産党万歳!」

 グラスを飲み干した呉は、呪縛からの訣別を決意していた。

「民主同盟軍・・・異存はない。軍管区で私以外に計画を知るものは?」

「接触した将校には話していません。確実に洩れてしまいます。しかし、あなたが立ち上がれば、少なくとも五つの旅団が追随するでしょう」

「志に命をかける者は少ない。大半は買収した連中だ。君の金だがね・・・」

 指揮官は脅迫か、金を与えないと動かない。兵士たちは一人っ子世代のわがままな若者たちばかりだ。

「民主同盟軍」を率いるには、呉の調達した莫大な資金が必要だった。

「今の戦力では不十分だ。第27集団軍の劉は?有力な戦車隊が配下にあり、共産党に不満を持っている」

「それなりの地位を約束すれば、協力するかもしれません。彼は有能ですが危険な野心家です。たとえ勝利したとしても、後にリスクが伴うでしょう」

「私は権力に無頓着な、従順で扱いやすい男ということかね?」

「その通りです」

 周の率直な物言いに、呉は苦笑してため息をついた。

「私は穏便に退役を迎え、娘や孫たちを見守りながら、ひっそりと余生を過ごすつもりだった。君に出会うまではね」

「失礼な事を言いましたが、あなたが信用できるお方と申し上げたかったまでで・・・」

 釈明する周に対して、呉は首を振った。

「誰も信用してはならない。劉の件は君の意見が正しい。しかしそうなると・・・奴と一戦交える覚悟がいるかもしれない。私と正反対で、馬が合わない男だからな」

「その対策はあなたの作戦に委ねることになりそうです。北京までの道のりに脅威となる障害に備えなくてはなりません。Xデーまでやるべきことが山ほどあります」

「そのXデーだが、私は海軍の動きは把握していない。君は海軍が国際紛争を起こすことを前提としているが、その海外勢力の情報とやらは信用できるのかね?」

 その勢力と、周の資金源は無関係ではない・・・呉は気付いていたが、敢えて詮索しなかった。

「信用という言葉は、適切でないかもしれません。打倒共産党という共通の目的のもと、彼らと手を結びましたが、私は国を売るつもりは全くありません。我が国は民主国家として、国際的地位をより高めるのです。我々が民主化政権の樹立を宣言し、国際的に認知される為に彼らを利用するのです」


 特殊警察部隊の曹上尉は、取調室の片隅に立っている。公安警察は、自殺した3名の関係者として、二十名近くを拘束し、聴取している。

 取調べの責任者は曹へ報告した。

「農業指導員の派遣元は架空の組織でした。ここにいるのは容疑者の出身地で関係していた者たちです」

「銃の入手ルートは?」

「モンゴル経由で密輸ブローカーを利用していました。死んだ三名の容疑者に背後関係は見えません」

 そんなはずはない、と曹は確信していた。そこで最後の質問をした。

「張黎明については?」

「公安のデータで過去の逮捕者および要監視者のリストです。名前だけの手がかりではこれだけになりますが・・・全て調べますか?」

 十ページ以上のリストを手渡された曹は、そのひとつひとつに目を通し始めた。

「違う名前がいくつか混ざっているようだが?」

「それは張黎明の偽名を使った者です」

 建設会社社長から不動産・金融・農業関連等、職業は多岐にわたる。曹はひとりの人物に目が留まった。

「外国人がいる・・・張黎明の偽名を使い、逮捕後、直ぐに釈放されている」

 彼は興味深そうに、その名を読み上げた。

「大学教授の中村・・・日本人のようだ」


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