73- ──大法廷──
2090.03.16 Thr. 09:42 JST
巨大な法廷を横一杯に占める裁判官達を、傍聴席から食い入るように見つめる男がいた。
車イスに腰掛けるその男の頬はこけ、目の下には濃色のクマ、髪はボサついている。シャツはヨレヨレで、所々が黄ばんでいる。
『判決を言い渡します』
中央付近の裁判官の男が視線を下げてそう言うと、法廷内に僅かにあった喧噪が消え、完全に無音となった。
『主文、本件上告を棄却する』
傍聴席に座っていた腕章をつけた数人が、急いだ様子で退席していく。
対照的に、車イスの男は表情一つ変えず、ただ静かに、裁判官を見据えていた。
被告人席に座る中年の男は、安堵したような表情の後、顔を伏し、体を僅かに震わせた。
『続いて、判決の理由を述べます』
――一瞬の間。
『検察官の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は法令違反の主張であり、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。なお、所論に鑑み記録を調査しても、被告人を無罪とした第一審判決を是認した原判断に、事実誤認があるとは認められない』
「…………私は、分かっている」
車イスの男は、小声でそうつぶやいた。
『付言すると、本件は、被告人が、(一)被害者Aの住居に侵入して金品を窃取した住居侵入、窃盗、(二)強盗及び強姦目的で、後日再度A方に侵入し、――』
「黙れ」
突如発せられたその言葉に、法廷内の全員が、声の先に首を振った。
凝集する視線の先には、車イスの男がいる。
『ぼ、傍聴人は静粛に!』
無機質から有機質に変わった裁判官の言葉が、車イスの男に向けられた。
「……もういい。もう十分だ。それ以上喋るな。私は、そこにいる男が犯人だと分かっている」
車イスの男は、裁判官にそう告げると、胸のあたりで何度か指をタップするように動かした。
『遺族といえど、これ以上発言を継続するようなら、退廷していただくことになります』
「貴様等がこいつを無罪にするというなら、私が代わりに処刑する。……妻の無念を晴らすことができるのは、私しかいない」
『……やむを得ません。退廷を命じます』
五人の警備員が車イスの男に向かう。
「こんな狂った社会は、一度壊れればいい……」
車イスの男は、涙で濡れた頬を痙攣させながら、震える指をゆっくりと前に移動させた。
テンプレファンタジー書いてみました。
同一作者です、はい。
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