68- ──マウンテンビュー──
朝食後、二人はホテルの前に呼んだタクシーに乗り込み、マウンテンビューに向かった。
「ヨコヤマさんの奥さんから電話があって、ヨコヤマさんが目を覚ましたって」
「よかったね」
「うん!」
「ここから四十分位で、マウンテンビューに着く」
「シン、なんか慣れてるね? そういえば昨日、空港でどこも見向きもせずに一直線にタクシーまで行っちゃうし」
「夏に来たからね、アムとして」
「ホントにシンって見かけによらず行動的だね」
「そうかな」
澄み渡る青空の下、片側五車線の綺麗なハイウェイを、二人を乗せたタクシーは進んでいく。
四十分ほどでタクシーはハイウェイから分岐して、片側一車線の道路に入っていく。タクシーの窓からは、巨大だが高さのない建物が無数見える。
タクシーは徐々に速度を落とし、クリアブルーのドーム状の建物がある敷地に入っていく。そして、広大な駐車場の中でタイヤを止めた。
「着いた。エントランスは誰でも入れるから、まずは入ろう。観光客もたくさんいる」
「うん」
二人はタクシーを降りて、クリアブルーのドーム状の建物に入っていく。
「なんか、オシャレだね」
「あそこに、受付の女がいる。そこのベンチからセレクターで記憶を探ろう。各部署の見取図を入手できるはず」
「見取図なんて覚えてるかな? 普通ビットに入れてるから覚えてないでしょ」
「忘れてるかもしれないけど、セレクターもデリーターも、人間の脳だけじゃなくて、ビットの情報も操作できるんだよ。日付が階層的に並んでいる画面の上部に《BIT》と《BRAIN》ってあるだろう?」
「あー! そうだった。最近、全然そっちの機能使ってなかったから忘れてた」
二人はベンチに座り、リエリは宙を何度もタップしていく。
「…………あ! なんとか〝MAP〟って書いてある。これじゃない? 送るね」
リエリがシンに向かって手の平を押し出すと、シンの視界に見取図が表示された。
「ぜ、全部英語だね。シン、後は解読よろしく!」
「ああ。…………動画部門の建物はここじゃなくて、西に百二十メートルの場所にある建物らしい。まずは、そこまで行こう」
「うん!」
二人は綺麗に整備された芝生の道を通り、さきほどより小さいクリアレッドのドーム状の建物に入った。
二人は再びエントランスのベンチに座ると、シンが口を開く。
「サーバー管理者を見つける必要がある。通常はビット認証でサーバーに入っているはずだけど、欠勤も考えて、従来式のパスワードもあるはず。そのパスワードをセレクターで盗み出してほしい」
「どうすればいいの?」
「まずは、この建物のフロアマップを入手したい」
「さっきと同じ要領ね?」
「そう」
「やってみる!」
リエリはさきほどと同様にして、宙をどんどんとタップしていく。
「………………。う~ん、中々情報が多くて、それっぽいリストがないなー。私英語読めないし……」
リエリは三十分ほどの間、手を動かし続けた。
「……あ、やっとあった! 何とか〝MAP〟!! 送るね」
シンはリエリからフロアマップを受け取ると、全六階あるマップを入念深く見ていく。
「……多分、この六階の〈INFRA GROUP〉っていうのが、サーバー管理者がいるエリアだと思う。今座標値を調べて送るよ」
シンはリエリに向かって〈37°25'26.5"N 122°05'05.7"W〉と記載された画面を手の平で押した。
「あ、きたきた。えーっと、右上矢印の、二十八・四メートル……いたいた。近くに五人いるみたい」
「その五人のビットの中に、〝PASS〟っていう文字があれば、集中的に調べてみて」
リエリはまたしばらくの間、宙をタップし続けた。
しばらくすると、受付にいた黒髪の白人女性が二人に近づいてきた。女性は少し腰を曲げ、笑顔で二人に問う。
「Can I be of any service to you?」
リエリは顔を上げ、慌てて何か言うとするも、言葉が出ない様子で口をパクパクとだけさせている。
「No problem. Thanks. Beat it」
シンは無表情でそう言うと、女性は一瞬体を仰け反り、目を見開いた。
「Ummm.... What is your business?」
女性がそう問いかけるが、シンは無視してリエリに問う。
「まだ見つからない?」
「う~ん、なんかたくさんありすぎて……。あれ? これかも! あ、きっとこれよ、パスワードっぽい! 送るね!」
「……アタリ。アクセス先のURLとIDもある、バッチリ」
「へへーん」
リエリはいつもの得意げな表情をした。
受付の女性は、しかめっ面を隠さず、受付デスクの横にいる警備員に目配せしている。シンに振り向いて笑顔で口を開いた。
「Please take care going home」
「……何か言ってるけどいいの?」
リエリが不安そうな表情でシンにそう尋ねた。
「大丈夫。それじゃ、《DĒŁĒTĒ》か《LOCK》で一人ずつ突破していこう。できれば、無駄に記憶を消したくないから、《LOCK》がいいんだけど」
「うん、わかった……《LOCK》を使うね……もうヨコヤマさんも元気になったし! ヨシ、じゃあまずこの人から」
リエリはそう言って、宙を勢いよくタップした。
――その瞬間、二人の前にいる白人女性は人形のように倒れ込んできた。シンはすぐさま立ち上がり、女性を支え、ベンチに横にした。
その様子を見ていた警備員一人が二人に駆け寄ってくる。
「What happ――」
警備員は、二人にそう言った瞬間、倒れ込み、意識を失った。
「画面操作、結構上手いんじゃないか」
「へへーん」
二人は、受付横に立つもう一人の警備員、入場ゲート横に立つ二人の警備員を次々と突破していった。ゲートを超えると警備はもうなく、二人はエレベーターで六階に上がった。
二人がエレベーターを降りると、シンが先頭をきって、迷うことなくフリースペースを歩き進んでいく。社員はシンとリエリを目で追うだけで、制止しようとはしない。二十メートルほど進むと、奥の一角だけはセキュリティゲートがあり、その先に進めないようになっている。
「ここだ。誰か出てくるのを待ってよう」
「了解!」
数分も経たないうちに、奥のドアが開き、社員が一人出てきた。
リエリは素早く宙をタップし、意識を失わせる。
「なんか、以外に簡単に入れちゃうんだね」
「個人データを保存してる管理エリアだと、ここより遥かに厳重のはずだよ。ここはあくまで、〈マイビュー〉のサイト管理だけだろうから」
「ふーんそうなんだ、よくわかんないけど、へへ」
「……。奥に進もう」
中に入ると、四名の社員が同時に二人に振り向いた。
「Who? Who are you?」
リエリはスムーズな手捌きで四人の意識を失わせると、一度深呼吸した。
「疲れた~」
「お疲れさま。あとは俺の仕事だよ」
「うん! ところで……あれ? こういう所って、昔の映画とかでよく見る小っちゃいモニター? がたくさん置かれてると思ったのに、机と椅子しかないじゃない」
「そうだよ。アクセス権だけあるんだ、この部屋には」
「ふぇ?」
「普通にビットでアクセスするんだけど、この部屋からじゃないとサイトの管理サーバーにアクセスできないんだ。そのためだけの部屋だよ、ここは」
シンは十分ほど、忙しなく画面を操作した後、リエリと共に何事もなかったかのように、建屋を後にした。




