66- ──黒スーツ──
2091.11.14 Wed. 17:55 JST
シンとリエリは、芝浦警察署を出た後、タクシーに乗り込んだ。
「シン。さっき〝あの女の部下〟って言ってたけど、あの女って誰?」
「一ノ瀬だよ、議員の」
「えぇ? なに? ……あのタカビーがシンをこんな目に合わせたの?」
「一ノ瀬は能力者だった。君が能力者ってことも知ってた」
「ぜ、全然気づかなかった……。あの女の記憶なんて見たくないって思ってたから、セレクターで試そうとも思わなかった。……ごめんなさい、シン……私が早く気づいてれば」
「君が謝ることなんて何もない」
リエリはうつむいて申し訳なさそうな表情をした。
「ところで、《アンロック》は手に入った?」
「そ、そうだった、シン! 私、今四つの能力を持ってるのよ!! セレクター! デリーター! ロッカー! アンロッカー!」
リエリは大きな目を更に見開いてシンにそう伝えた。
「よかった、上手くいったみたいで――あれ、じゃあなんで《ロック》を使わずに《DĒŁĒTĒ》で警察署に突入したんだ? 《ロック》なら失神に制限時間はないし、終わったら《アンロック》すればいいのに」
「だって、《ロック》って覆面男の力だったから……ヨコヤマさんのこともあるし、なんだか嫌だったの」
「そっか」
「……シンはあの時、なんで横浜で捕まっちゃったの? デリーターなら何人いても倒せちゃうはずなのに」
「一ノ瀬の部下は能力が効かない。奴等はネット回線がないと能力が効かないことを理解していて、自発的に回線を遮断してた。ビットはネット回線に自動接続されるから、自身であえて〝遮断〟するという機能は存在しない。必要性が全くないからね。おそらく、ビット自体に何か細工しているか、ビットの通信を妨害する機器を持ってるんだと思う」
「なぜか一人だけデリーターが効かない警官がいたの! その警官も回線を切ってたのね」
しばらくの間、シンはリエリに一ノ瀬の能力について詳しく説明した。
「これから、どうしよう? とりあえず、私のマンションに行く?」
「いや、すぐ羽田に行こう。俺のマンションも、君のマンションも、一ノ瀬の部下が待ち伏せしている可能性がある」
「う、うん、わかった。あの、でもその前に……」
「ん?」
「病院に寄ってもいい? その、ヨコヤマさんを……」
「わかった、まず病院に寄っていこう」
「ありがとうシン」
しばらくして、タクシーは病院に到着した。二人はタクシーから降りると、病院建屋内には入らずに建屋の周りを歩き始めた。
「本当に会わなくていいんだ?」
「いいの、時間がないもん。看守の人達もアンロックしてあげたいし……あとでヨコヤマさんに退院祝い送るから」
シンの問いかけに、リエリは宙を指でタップしながら答えた。
二人は病院建屋を早々に一周すると、再び到着した場所からタクシーに乗り込んだ。そして、すぐに羽田空港に向かった。
二人を乗せたタクシーは二十分ほど走った後、羽田空港のロータリーでタイヤを止めた。
二人はタクシーを降りると、周囲を警戒しながら空港内に入っていく。
人込みを縫うようにして、二人は足早に歩を進めていく。
「――奴等がいる」
シンが突然立ち止まり、リエリに告げた。
「あ、あれがあの女の部下?」
「そう」
二人の視線の先には、明らかに異質な雰囲気を纏った黒のスーツの男が四人、周囲を警戒している。
「ど、どうする? シン」
「このまま進もう」
「え!? ま、また捕まっちゃうじゃない!」
「大丈夫、行こう。どのみち、搭乗手続きには、あそこを通る必要があるし」
「ちょ、ちょっと!! 本気!? え? え?」
シンは躊躇することなくスーツの男達がいる方に向かっていく。リエリはシンの腕を顔に引き寄せて隠すようにして進んでいく。
「おい、そこの二人。止まれ」
スーツの男の内の一人=シンが一ノ瀬と会話していた際に横にいた男=イトウが鋭い眼光を二人に向けた。
「何か、用?」
シンは躊躇することなくイトウに顔を向け、そう返した。
「ほう、やはり君か。いい度胸だな。国外に逃げる気だったのか?」
「そうだよ。今はあんた達に勝てないからね」
「ハハ、それは残念だったな。諦めて大人しく捕まれ」
イトウは嘲るような表情を浮かべてそシンに告げると、銃を胸ポケットから素早く取り出し、シンの額に銃口を押し付けた。
「シ、シン!!」
リエリの悲痛な叫びが空港に響き、次々と周囲の人々の視線が声の先に凝集していく。
スーツの男三人も駆け寄り、次々とシンに銃を向ける。
すぐに空港の警備員が駆けつけ、静止の呼び声と共にスーツの男達に銃を向けると、スーツの男達のうち、二人が警備員に銃を向け直した。
硬直した状況の中、シンは不敵な笑みを浮かべてイトウを見据え、口を開く。
「あんたらは撃てない」
「……ハッ。何を根拠に言ってる」
「あいつ=一ノ瀬と話して確信した。あいつは絶対に誰も殺せない、絶対に誰も殺させない。それが例え殺人鬼だとしても」
「……」
「だから、あいつはあんた達に「絶対に誰も殺すな」と命令している。違うか?」
「……ほざけ」
「じゃあ、撃ってみろ。ほら」
シンは銃身を掴んで額に銃口に押し付け、イトウに笑みを向けた。
「こ、こいつ……。勘違いするなよ、お前を捕らえる方法などいくらでもある」
イトウは目を見開いてシンを睨むと、手を背後に伸ばした――その瞬間、シンはジャケットから銃を取り出し、イトウに突き付けた。
「動くな――後ろの三人も」
「……」
「手を上げて、その場に伏せろ」
「……ハッ。お前こそ撃てるのか? ガキが」
――瞬間、〝ツィ〟という発砲音と共にイトウの頬を血線が走る。同時に周囲から悲鳴とどよめきが起こった。
「俺はお前を殺すことに何の躊躇もない。次、命令に逆らったら殺す」
シンの決意に満ちた、しかし、冷たい瞳に、先程までのイトウの笑みは見る影もなく消え去り、逆に緊張からか頬を僅かに震わせている。
イトウは口を開いては閉じを繰り返すが声に出ておらず、その巨躯は途端に力なく小さく見える。
「一度だけ言う。……手を上げて、その場に伏せろ」
シンのその言葉にイトウを含めスーツの男四人は黙って手を上げ、その場に伏せた。
シンは銃口をイトウに向けたままリエリに顔を向け、ため息をついた。
「行こう」
「う、うん」
「この場の全員の記憶を消して」
「わ、分かった」
リエリが宙を数度タップすると、警備員含め周囲の人々は一斉にその場に倒れた。スーツの男達はやはり意識を失っていない。
「一度だけ言う。追って来たら、殺す。わかったな」
「……。わ、分かった」
シンの言葉にイトウは声に力なくそう返した。




