39- ──リクカイショウ──
母親の死後、カイは専門病院に入院した。
壊れたカイは毎日のように問題を起こした。
入院初日にシャワーホースを自身の首に幾重にも巻き、シャワーヘッドを壁のフックに固定。そのまま身を任すように倒れ自重で首を圧迫。初日に救急搬送され、救急病棟に三日間入院する事態となった。
四日目には、専門病院に戻ってきた十分後に鏡を頭で叩き割った。そして破片を両手に持って振り回し、院内を走り回った。
五日目には、朝から奇声を上げて院内を徘徊した。カイは男性看護師に半ば強引に病室に戻されると、激しく腹を立てた。そして、奇声を上げながら窓に突っ込んだ。幸い病室が二階で下が芝生であったため、手と腕の骨折で済んだ。
そのような事件が三か月ほど続き、医師と看護師を困らせ続けた。
しかし、半年ほど経過すると、徐々にではあるが、カイの精神は安定方向に向かった。
そして、一年後の七月には、カイは遂に専門病院を退院するまでに回復した。
医師と看護師は他の患者が退院する時よりもあからさまに喜び、盛んに「退院おめでとう」と連呼した。
カイは確かに以前のような落ち着きを取り戻していた。しかし、目つきは以前のような柔和で大人しいものではない。目の奥底に、暗く強烈な怒りを抱えた鋭い眼光を備えるようになっていた。
* * *
専門病院退院後、カイは施設に入ることになった。
カイを引き取ってくれる家族も親戚もいなかったのだ。
カイはただ、大人達のなすがままに施設に漂着した。
「今日からみんなのお友達になるカイくん、14歳です。みんな仲良くしてあげるんだよ」
施設の中年女性がカイを横に立ててせて、前にいる十数人の子供達にそう紹介した。
そして、カイに「挨拶できる?」と聞いた。
カイは黙っていた。なぜなら、もう全てがどうでもよかったのだ。
「挨拶してどうなる?」「人当たりが良さそうに振る舞ってどうなる?」「一体今更なんになるんだ?」カイはただそう思って黙った。
中年女性はカイの心境を察したのか、「よし、それじゃあリク君、ショウ君。カイ君に今からお部屋を紹介してあげて」と話を変えた。
「なんで俺達が?」と、リクとショウは、はてな顔で尋ねる。
「だって、今日から君達の部屋に住むのよ。カイ君」
「えええええええええ? やだよ! 狭くなるじゃん!!」
リクとショウはカイの前で露骨に嫌な顔をしたが、結局しぶしぶカイを連れて部屋に向かった。
カイはうつむきながらトボトボとついていく。
部屋に着くと、ショウはベッドの上に散らかしている服やらゴミやら両手で抱え、面倒臭そうにベッドの荷物をどけた。
「ここ。お前の」ショウはカイにそう告げた。
カイは黙っままそのベッドに腰かけた。
「で、なんでここに来た? DVか? あ、ちなみに俺っちはさ、両親が殺されたから来たんだ」ショウは微笑んで、カイにぶしつけにそう尋ねた。
カイは少なからず驚いた。「なぜ、こいつはいきなりそんなこと聞くんだ」そして「自分の両親が殺されたなんて、なぜ笑顔でさらっと言えるんだ」と。
「あ、ちなみに僕は、母親の愛人にずっと殴られてて。つまりDVでここに来たんだ」ショウに続いてリクもそう言って、ニマッと笑った。
カイは二人に興味がわいた。
興味がわかないはずがなかったのだ。自分と同じような思いをして、それでもこうして明るく振るまっているのだから。しかし何よりもカイを惹きつけたのは、二人の目の奥の〝ある種の鋭さ〟だった。カイは、リクとショウは自分と同じく、世の中に対するある種の〝諦め〟そして〝怒り〟を持っていると敏感に感じ取っていた。だから、カイは少しだけ自分のことも話してみようと思った。
「俺は、……母親が自殺した」カイはうつむいてそう二人に告げた。
「大変だったね」「そっか、大変だったな」リクとショウは淡々とそう返した。
カイはあまりにも淡々とした返事に言葉を失った。しかし、同時になぜだか急に嬉しくなった。やっと少しだけ、やっと少しだけ、心が救われた気がしたのだ。
専門病院でも、同じような言葉は何度も何度もかけられた。それどころか、もっと華麗に派手に装飾された慰みの言葉もかけられた。しかしカイは何も感じなかった。カウンセラーの目の奥の無感情をカイは感じ取っていたからだ。だからカイは、何も期待しなかったし、何も言おうとしなかった。そのような関係で、カイに救われるなどという感情は生まれるはずもなかった。
当然のごとく、三人はすぐに意気投合した。
三人はいつも一緒、年も一緒だったことから、施設ですぐに〝リクカイショウ〟とひとまとめにあだ名で呼ばれた。施設の中年女性がそう呼ばれるように仕向けたのだ。彼らがすぐ仲良くなるようにと。一生ものの仲間になるようにと。
* * *
七月のある日、施設でカイはとある光景を目にした。
〝トマト〟と札があるプランターから芽が出ているのを見つけた施設の中年女性が、いくつかの芽をもぎとっていたのだ。
カイは腹を立てて「なにしてんだよ!!」と中年女性に声を荒げた。なぜなら、施設の子供達が以前植えて、育つのを楽しみにしていたのを知っていたからだ。「なんであんたがこんなひどいことするんだ」カイは怒りで頭がいっぱいになった。
中年女性は一瞬驚いたが、すぐに微笑んでカイに諭すように言った。
「これは間引きといってね。種を撒いて、たくさん生えた新芽の中から、生育のよいものを残して、それ以外は土から引き抜くの。
そうしないと、育ったときに、株同士の間隔が狭くなるの。そうなると、日当たりが悪くなってよく育たないのよ。あと、風通しが悪くなるから病気や害虫の被害にもあいやすくなるし、肥料も行き渡らなくなっちゃうのよ。ちょっと可哀想なんだけどね、せっかく出た芽だから」
カイはそれを聞き申し訳なく思って頭をコクッと下げた。そして数秒の間、そのまま沈黙した。
しかし、頭を上げるときに、途端に閃いて思ったことを口に出した。
「人間もそうすればいいのに」と。
素直に謝ったカイを微笑ましく見ていた中年女性はゾッゾッゾッと顔を強張らせ、目を見開いた。そして「そ、そ、そんなこと言っちゃダメよ。カイ君」とカイを窘めた。
カイは「はい」と頷いて返事をしたものの、その表情には自分が悪いことを言ったという反省の念は微塵もない。
カイは感動していた。うっとりとしていた。「なんだその概念は」と。「なんて素晴らしい考えなんだ」と。「人間にもそうすればいいじゃないか!」と。
カイの恍惚とした表情を見て、中年女性は「この子は将来一体どうなって……」と背筋を凍らせた。
* * *
数日後の夜、リクカイショウはとあるニュースを目にしていた。
日本中の刑務所で受刑者が次々と何者かに〝粛清〟されているというものだった。
ニュースの動画には、粛清された受刑者の様子が映し出されていた。被害を受けた男性受刑者は寝たきりとなり、重度の記憶喪失のため、赤ん坊のように「あうあう」と声を発していた。
その様子を見た三人は、心を高ぶらせた。「救世主が現れた!」と。「俺達の心の声を代弁してくれる救世主が現れた!」と。「神様が俺達の声を聞いてくれた!」と。
それから三人は粛清のニュースを毎日のようにチェックした。記事が出るたびに心を高ぶらせ、心の奥底に溜まったフラストレーションを吐き出した。心躍る日々だった。
しかし八月のある日、〝アム〟と呼ばれ始めた粛清者は、突然に三人を裏切った。
町田刑務所の粛清事件後、再び受刑者のインタビューが放送されていたのだ。そこには、記憶を失い自分を完全に忘れたたものの、純粋な笑顔で「出所したら」を喜々と語り、刑務所敷地内で元気にスポーツをする様子が映し出されていた。
三人は歯痒さでわなわなと震えた。「これは、一体何なんだ」と。「アムは俺達の救世主じゃなかったのか」と。「ふざけるな!!」と。
三人にとって、犯罪者はイコール悪なのだ。自分達を苦しめたように、誰かを苦しめたであろう人間にはこの世に存在していて欲しくないのだ。それなのに悪は喜々とした笑顔で〝今後〟などと語っているではないか。それが三人の率直な反応だった。
三人は岩で頭を殴られたかのように沈黙した。しかし、すぐに沸々と心の奥底から怒りだけが沸き上がる。
「アムは僕たちの心を代表してくれない」リクがぼそっとそう言った。
「アムは甘い、そんな方法じゃ悪は消せない」カイがつぶやく。
「アムじゃダメだよ」ショウが首を振る。
「……でも、僕達には力がない」リクは悔しがってそう言った。
「なんで俺達には力がないんだ」カイは膝を叩いた。
「力が欲しい」ショウが嘆く。
「世界を変える力が欲しい」リクは嘆願するように言った。
「悪を殺す、力があれば」カイは拳を握りしめた。
「アムの力があれば」ショウは絞るように吐き出した。
リクが余りの悔しさにグスッと泣き出すと、我慢していた二人も途端に涙を流した。
「力が欲しい! 力が欲しい! 力が欲しい! なんで俺達には力がないんだ……」と、三人は涙を流して嘆いた。
リクが唱える。
「世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい世界を変えたい」
カイが唱える。
「間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい間引く力が欲しい」
ショウが唱える。
「悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい悪を殺したい」
三人は何度も何度も何度もそう繰り返しては、また泣いた。
* * *
しばらくして、カイは涙を拭った。そして、眼光鋭くぼそっと二人に言った。
「この世を間引こう、俺達三人で。できるかどうかじゃない、やるんだ」
リクとショウは涙を拭ってキッと眼光を鋭くすると、コクッと頷いた。




