24- ──〝神の眼〟構想──
2091.09.07 Fri. 18:33 JST
「今のビットは、全くその本領を発揮していない使われ方をされてるんだよ。ネットでダウンロードした情報を変換して、脳内の視聴覚野に流しているだけ。要は、せいぜい脳内で本を読んだり、動画を見れるようにしているだけなんだよ」
シンは自身のこめかみに人差し指で触れながら、リエリにそう説明した。
「えー……十分じゃない? 昔は、電話もメールも動画も、ぜーんぶあの私達が小っちゃいときに持たされた四角い機械でやってたんでしょ? 画面小さくて見辛かったし、耳に変なの着けなきゃいけなかったし、持って出かけるのも面倒だったじゃない? 今は、一回注射受けるだけじゃない」
リエリはそう言いながら頭をシンの膝の上に乗せ、注射に見立てた人差し指をシンの胸元に何度かトントンと軽く当てた。
「便利にはなったけどね。でも、全然なんだ。比較にならないほど重要なのは、それを裏で支えている技術なんだよ。
「技術?」
リエリは指を止めて、シンを覗いた。
「動画はどうやって見る?」
「へ? 何突然? ――動画サイトに飛んで、あの右に向いてる三角のボタン押す。それだけでしょ」
「そう、押すだけ。でもさ、どうやってビットはそのボタンが押されたことを検知してる? 実際に触れない仮想ボタンをさ」
「わ、わかんないよ、そんなこと」
リエリは目を細めて、頬を膨らませた。
「ビットは視神経に動画再生画面の映像シグナルを送信し続けることで、視界に画面が浮いて見える。同時にビットは、視神経から神経シグナルを常時受信して画像解析している。だから画面上に指を置けば、画面上のどのボタンが押されたか即座に検知できる」
「ほえぇ……、そ、そうなんだ。なんとなく、……いやごめん、わかんない」
「それはさ、〇と一の二進数データを神経シグナルに変換してるし、逆に、神経シグナルを二進数データにも変換してるってこと」
「ほえ、ほえ?」
「だから実は、〝見たもの〟も〝データ化〟できるってこと、というか、今もできている。しかも、視覚だけじゃなくて聴覚もね。これを応用すれば、全世界の人々の見たもの、聞いたもの、をどこかの中央サーバーにリアルタイムで送信して貯めておくことができる。……これが意味することが分かる?」
シンは目を見開いてリエリに問うた。
「ふぇ……?」
「だからさ、それはさ、いつ、誰が、どこで、何をしていたかが、つまり、全ての人間の〝過去〟が追跡できるっていうことなんだよ。追跡ができるということは、犯罪が起きたときに、もう加害者からも被害者からも第三者からも聴取は必要ない。事件の内容を客観的に〝完全〟に追うことができる。いわば、〝神のみぞ知る〟を現実化できる。そうなれば、迷宮入りも、冤罪も消滅する。それは、犯罪件数の激減をもたらすはずだよ。この概要図見て」
シンは珍しく興奮した様子でリエリを捲し立てると、リエリに向かって視界に浮かぶ画面を手のひらで押し出した。
「なんかわかんないけど、スゴイ……。私のセレクターの力に似てるのかな? セレクターは痛いとか美味しいとかも分かるから、私の方がすごいけどね。ビットを使えば、似たようなことができるようになるかもしれないってことかぁ。でもなんで今は見たものを保存できないの? できるならすればいいのに」
「ビットのプログラムを変更できずにいるんだよ。元々、視神経シグナルをデータ化する時には、大量のノイズが入ってしまう技術的課題があった。ボタン識別には問題ないレベルだけど、人が見る映像として不鮮明で全然ダメなんだ。でも実は、既に解決の目途は立っている。だけど、肝心のビットのプログラムが修正できない状況なんだよ。
「なんでよ? そんなの、ちょちょいって変えるだけじゃないの? いや、私、全然大変さとか分かんないんだけどね」
リエリはシンの胸元で指を素早く左右に振った。
「世界のビットメーカーは全て、〈フォーティット〉っていう小さな会社が提供する神経シグナル解読プログラムを組み込んで製造してるんだけど、当然、提供時には技術漏洩しないように暗号化=つまりパスワードをかけるんだよ。でも、提供元のフォーティットが自分でかけたパスワードを解除できない状態になってる。パスワードは、フォーティットの社長しか知らなかったらしいけど、……その社長はもう死んでしまっていて、この世にいないから解除はできない。
スーパーコンピューターで頑張って総当たりのパスワード解読してるらしいけど、まあ俺達が生きてるうちには処理は終わらないと思う」
リエリはシンの膝の上で頭を抱えて悩まし気な表情を浮かべた。
「へ、へへ。私にはちょっと難しいなぁ、アハハ……。そういう問題とかあるみたいだし、あとさ、プライバシーとかもあるじゃない? できるのかな?」
リエリは自信なさげにそう呟いた。
「……できる。――というか、できるかどうかじゃい。しないといけない、絶対に。デリーターとセレクターがあればできる」
シンは真っ直ぐリエリを見据えた。
「……。うん、うん。そうよね、私もそう思う! 神様づくり、やってみるだけ、やったろー!!」
「これから、〝リアルタイム脳情報集積環境〟を実現するために協力してほしい」
「もちろん! じゃあ、プロジェクト=リアルタイム脳環境集積? えっと、なんだっけ? 要は、……神様が見てくれるのをつくるんでしょ、……神様の眼、――〝神の眼〟プロジェクトね!」
「神の眼。……的を射てるかも」
「ヨシ、決まりね! いっちょ、やったろう!」
リエリはそう言いながらソファの上に立ち、華奢な腕を元気よく天に向かって何度も繰り出した。リエリのツインテールが軽やかに左右に揺れる。




