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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第六章「紅き天使・後編」
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第二話『Icy waters&sharp electric』

 部活の時間を終えてからも、たった一人残ってプールに浮かび続ける青髪の少女。

 その隣では、白いワンピースを纏った小さな少女がいる。

 二人はただ静かにプールに浮かんでいた。


『……ねえエリちゃん、今更だけどこんなことでいいの?』


「結衣が言ってたでしょ。大きすぎる力は制御するものじゃなく、受け入れるものだって。まずは受け入れる為の準備ってのが必要でしょ」


 精神を集中し、体の力を抜いて、体と心を最大限リラックスした状態でアクアスを受け入れる。

 隔てを超えると言うのは、パートナーと完全に一つになること。

 ならばアクアスを受け入れる為の容量を広くする必要がある。

 考えた通りに行くかどうかは分からないが、今の海里華にはそれ以上の特訓方法が浮かんでこなかった。


「暇ね……タイムでも測りましょうか?」


『それより競争しよーよ!』


「それもいいわね。その方が集中出来そう」


 変に力を抜こうとするよりも、一緒に楽しいことをして気分をあげた方が、気持ちが同調しやすいはずだ。

 海里華は水泳部のエース、対してアクアスは海の女神。

 息を合わせ、せーのでスタートする二人。

 プールの水を通して二人の意識が同調していくのを、二人は確かに感じていた。


「っぷはぁっ! エリちゃん早い!」


「ふう……当然よ、なんたって私は水泳部のエースなんだから」


『おうおう、俺らも混ぜてくれや』


 海里華に手を差し伸べていたのは、相変わらず不機嫌そうなトリアイナだ。

 海里華は迷うことなくトリアイナの手を掴み、プールから上がる。


「レプン、アンタは魚なんだから競争にならないでしょ」


『何言ってやがる半魚人め。お前さんだって同じようなモンだろうが』


「言ったわねこのシャチヘッド。いいわ、相手したげる」


 アクアスとの隔てを超える為にプールへ来たのに、海里華は早速アクアスをほったらかしてレプンと競争を始めた。


「楽しそうだね、海里華さん。トリアイナ、一緒に泳ぐ?」


「お断りじゃ。何故此方が貴様なんぞとつるまなくてはならんのじゃ。言っておくがな、此方は青美 海里華の体を乗っ取る為に一緒におるのじゃ。貴様とつるむ気なぞ──」


「もう昔のことは水に流そう。もういがみ合う必要はないじゃないか」


 歩み寄ろうとするトライデントを、トリアイナは蒼い扇で弾いた。

 当然と言えば当然。トライデントの主ネプチューンは、トリアイナの主ポセイドンを瀕死に追い込み、封印した。

 そのせいでトリアイナは野良の神機となり、公園の池底に住み着いたのだ。


「くどい、百歩譲って本心から海里華に協力するとしよう。じゃが貴様とは何億歩譲ったとしても共闘せん」


「一度はともに戦ったのに、何で心を開いてくれないの?」


「ともに戦ったじゃと? あれは海里華が私達を同時に使っただけじゃ。たかが同時に使われたくらいで心を開くなどと、あり得ん」


「どうやったら許してくれる? 僕の主を」


「死ね。我が主に懺悔し、詫びながら自害しろ」


 それが我が主を手にかけた貴様の主に対しての報いだ。

 トリアイナは扇をとじ、先をトライデントの鼻に突きつけた。


「それは、出来ないかな……」


「ならば此方が貴様を許すことは──」


「僕の主はもう、この世にはいないよ」


 池の底で眠っていたトリアイナは知らなかったが、ネプチューンはポセイドンに勝利した後、力尽きて消滅した。

 実質、海王同士の決戦は引き分けに終わったのだ。


「……実を言うとな……此方は迷っていたのじゃ……」


 その時初めて、トリアイナが閉ざしていた心の扉を少しだけ、自ら開けたような気がした。


「主は何を考えていたのか分からなかった。主は此方に何一つとして教えてはくれなかった。それ故此方が貴様と争うことを知ったのは、貴様の主に貴様の切っ先を向けられた時だった」


「トリアイナ……僕は争いたくなかった。同じ海を司る神として、仲良くしたかった」


「此方だって……始めは違う神話の神と親交を深める為かと思っていた」


 激突する海王同士のせいで海は荒れ、天は割れ、それは酷かった。

 別に最初からトライデントやネプチューンを憎んでいたわけではない。

 ポセイドンは何一つとして、御心を明かそうとはしなかった。


「此方も貴様が悪いとは思っていない。仕掛けたのは我が主の方だと言うことは、分かっていた」


 ただプライドが許さなかったのだ。

 例え主が悪かったとしても、主の右手として主を疑うことは絶対に出来ない。

 だがトライデントの主が消滅したことを聞いて、トリアイナの中で何かがすっぽり抜けたような気がした。


「トリアイナ、お互い様と割り切って、これからはともに歩んでいこう? 例え互いの主が争った過去があろうとも、僕達は武器として主に力を貸しただけだ。自分達の意思じゃない」


「此方は貴様の主を……手にかけてしまったのかも知れないのじゃぞ? それでも貴様は、此方を許すと言うのか?」


「だからお互い様だよ。むしろ僕の方が君に許しを乞わなくちゃならない。僕は君と違って、君の主と戦うことを知っていたから」


 意味までは教えてもらえなかったが、いつ戦うかも教えられていたのだ。

 なのに止めようともせず、ただ主に従うだけだった。


「あーもう、面倒ね。アンタ達はもういがみ合うことはないんでしょ? だったらそれでいいじゃない。お互い様だからこれからはよろしく、他に何かいる?」


 よそよそしい二人に痺れを切らし、海里華はトリアイナの手を掴んでトライデントの手と重ねた。


「はい、仲直り。そろそろアンタ達も泳いでみたら?」


「……そうだね、行こうかトリアイナ」


「仕方ないの……行くかトライデント」


 ようやく過去の因縁を乗り越えた二人の槍は、海里華に手を引かれて一緒にプールへと飛び込んだ。


「まさか部活以外の時にタイムが縮まるなんて……さて、梓乃はどんな感じかしら」


「懐かしいなあ……あれ、あの子は確か……」


 場所、と言うより世界自体が変わってドラゴンエンパイア。

 戦闘能力の備わった三芒星から五芒星までのドラゴンを相手に雷の弾丸を飛ばして応戦する梓乃。

 それも相手は雷属性や風属性と言った、スピードが武器のドラゴンだ。

 極め付きに梓乃がいる場所は足場が安定しない岩山。

 雷の弾丸を放つ所か強風で移動することすら難しい場所で、梓乃は数匹のドラゴンに弄ばれていた。


「ちょ、ちょっとは手加減してよ! これじゃ慣れることも出来ないよっ!」


 隔てを超える為、まずはフィルのレベルについていけるよう自分自身をレベルアップしようとドラゴンの世界に訪れたまではいい。

 それにお願いしたのは梓乃の方だ。

 だが流石に最初からこのスピードは厳しすぎた。

 ドラゴンソウルを発動している状態ならなんと言うことはないが、今はフィルもターゲットの役になっている。

 つまり頼れるのは本当に自分だけと言うわけだ。


『軟弱ですね。私ならば十秒で五体、いえ八体は行けます』


「なっ、じゃあやってみなよ! どんなに難しいか──」


 梓乃が言葉を言い終えるよりも先に、表の人格がセリューと入れ替わった。

 緑色の髪と銀髪が混じった長いポニーテールに、大人びた表情。

 肩を出したニットトップスに、黒のストレートスカート。

 人格が入れ替わるだけで服装まで変わる仕組みは、梓乃にも未だ分かっていない。


「合図とともに十秒数えてください。では……始め」


『いーち、ってええっ!?』


 開始一秒で、セリューの指先に溜められたたった一発の電流が、同時に飛び出してきた二体のドラゴンを同時に貫いた。


「まだまだ行きます」


 それからセリューは二体のドラゴンが重なる瞬間だけを狙って、そのヒット数を重ねていった。

 そして指定の十秒が終わる頃、セリューが重ねたヒット数は指定の二倍、十六体を越えていた。


『う。嘘でしょ……? 狙いを定めることも出来ないのに、どうやったらそんなことが……』


「答えだけを言ってしまえば、目で追っているからです」


 梓乃の場合はドラゴンが飛び出してから目で捉えて電撃を放ち、"後手"に回って攻撃していた。

 セリューの場合はドラゴンが飛び出してくる直前に電撃を放ち、"先手"をとって攻撃していた。

 これが"探知"して動くか、"感知"して動くかの差だ。

 梓乃がこれから学ぶことは正確性だけではない。

 黒音でさえ未だ完全に身に付けるに至っていない心眼と、漓斗との決闘で追い詰められた黒音がようやく至った第六感だ。


「貴女は運動神経が優れていながら直感力が足りません。どうせない脳みそを絞った所で無意味なのですから、野生に帰りなさい」


「とんでもない毒舌だ……でも、確かに……」


 私にはハルちゃんみたいな莫大な知識も、漓斗ちゃんみたいな計算高い頭脳もない。

 だったら例え当てずっぽでも、直感に頼るしかない。

 黒音君とほむちゃんが戦うまで後三日、ドラゴンエンパイアの時間で約二週間後。

 それまでに少しでも強くなるんだ。


「インドラ様……はあ……」


 所変わって木々に囲まれた湖の畔。

 斧を落とせば金と銀の斧を携えて女神が飛び出してきそうなその場所で、一人の神機が憂鬱に沈んでいた。

 細くて先に毛が生えた尻尾、ふさふさの黒い耳。

 白と黒の縞模様をしたビキニは、少女のふくよかな体を包んでいる。

 瞳孔に複雑な魔術式が刻まれた、穏やかそうな垂れ目は、重ねるため息とともにさらに下がっていく。


「先客か。先を越されたな」


「ふあ……すみません、お邪魔してます……」


 牛のような、ではなくどこからどう見ても牛の格好をしている少女の隣に、どこからともなく少女が現れた。

 紅の着物を纏い、瑞々しい黒髪に簪を挿している。

 着物の裾からすらっと伸びた二本の脚は、まっすぐ湖へと向かった。


「ここは私のお気に入りの場所なんだ。仲間と離れて一人でいる時はいつもパートナーとここに来る。君はどうしてここにいるんだ?」


「私はですね、今向こう側の岩山で特訓している主の邪魔をしないように暇を潰してるです」


 見ず知らず、初対面の人の前にも関わらず、黒髪の少女は堂々の着物を脱ぎ、綺麗に畳んでから湖に身を預けた。


「ここにいると言うことは、君の主もドラゴンの契約者なんだな」


「はいです。何でも、正確さを磨く、とか。パワータイプの私じゃ何の役にも立たないですから」


「正確さ……もしよければ、主の所まで案内してくれないか?」


 トリアイナとトライデントの和解が終わり、レプンとアクアスを含めて五人でプールを泳ぐ海里華達。

 五人合わせて大分一体感が出てきた。

 これから合体技を開発するのも悪くない、そんなことを考えていた頃、海里華の元に思わぬ客人がやって来た。


「結衣! アンタどうしてここに?」


「海里華ちゃん! 私〈strongestr〉に入るまではここに通ってたんだ」


 海里華の元にやって来た客人は、以前海里華が開戦の空で勝負を挑んだ〈strongestr〉の女神、戦場 結衣だ。

 海里華は三人と一頭の仲間を引き連れ、タオルを片手に結衣へと近づいた。


「じゃあここの卒業生なの?」


「ううん、残念ながら。二年の頃に中退したよ」


「ってことは一応先輩ってわけね」


「そうなるね、海里華後輩」


 海里華はアクアスを連れると、トライデント達をプールで遊ばせておいてプールの淵に腰を下ろした。

 結衣は鞄から取り出した分厚い本を適当にめくり、そこに書きなぐられてあった魔方陣に聖力を注ぐ。

 その瞬間、結衣を包む服が海里華と同じスクール水着に変化した。


「神機や使い魔を全員出してるってことは、もしかして特訓?」


「ええ、私のチームが完成するまで後一人。その一人を率いれる日は三日後。それまでに皆強くなろうってことでね」


「ふむふむ、確かに……その聖力量だと、まだ隔てを超えてないみたいだね」


「分かるの? やっぱ結衣先輩も〈strongestr〉なのね」


 隔てを超えていない時と超えた時の力には、それほどまでに差があるのか。

 力を本来の十割に戻して最強になったつもりだが、まだまだ無限に上があるようだ。


「ねえ、先輩はどうやって隔てを超えたの?」


「私はね……まだ〈strongestr〉に入る前だよ。とてつもなく強い敵と戦ってたんだけどね、その人にイチゴを踏み潰された時に怒り狂って隔てを超えたの」


「イチゴ踏み潰されて隔て超えるって……確か遥香も言ってたわね……もしかして隔てを超えるのって、怒りが頂点に達することが一番手っ取り早いの?」


「まあそうなるね。怒りは一番人が出しやすい感情だから」


 プールに飛び込んだ結衣は、レプンの背鰭に捕まってプールを好き勝手に泳ぎ回った。

 怒りの感情が力を引き出す。

 一見負の感情に見える怒りと言うものは、何の為に怒るかでその立ち位置を変える。


「ねえ先輩、パートナーを喰らうって、どう言う意味なの?」


「へ、海里華ちゃんそれは──あっ、ひゃあっ!?」


 海里華の発言に一瞬固まり、結衣は思わずレプンの背鰭から手を放してしまう。

 バランスを崩してプールの壁に激突した結衣は、頭に大きなたんこぶを作ってゾンビのようにプールから這い上がってきた。


「ちょ、大丈夫!?」


「え、海里華ちゃんがあんなこと言うから、ビックリしちゃって……」


『情けねーですね……唾つけときゃ治りますよ』


 呆れるアテナにげんこつを落とされ、さらに追い討ちをかけられる結衣。

 ぷっくりと膨れた頭を撫でながら、結衣は拳を握った。


「"喰らう"に至ったってことは、本気なんだね……本気で私達と渡り合う気なんだね」


「当然よ。なんたって私達の目標は英雄を越えることなんだから」


「そっか……じゃあ教えてあげるよ。隔てを超えたその先にある"喰らう"と言う儀式」


 単純に言ってしまえば、自分の半分をパートナーの半分と交換し、自分のもう半分と混ぜることでパートナーとの親和性を飛躍的に上げる儀式だ。

 自分を構成する半分を誰かに預けると言うことがどれだけ怖いことか、それは体験してみなければわからない。

 そうなってしまえば、もうパートナーと自分は元から一人と"思い込む"必要もなく、本当にパートナーと融合することになる。


「つ、つまりパートナーと本当に融合するってこと?」


「そう言うことだよ。思考のみならず、体の感覚まで共有することになる。まあ一体化した時だけに限るけどね」


 それ以外の時は二人と言う扱いになるが、一体化して変身すれば二人は融合する。


「今はまだアクアスを纏ってるに過ぎないのね」


「パートナーを鎧としてではなく、自分の半身として力を合わせる。そうすれば隔てを超えて、パートナーを喰らう日が必ず来るよ。そうだ、私が手伝ってあげる。三日間だけだけど」


「へ、手伝うって、私が隔てを超えるのを手伝ってくれるの?」


「うん、海里華ちゃんとは早く戦いたいからね。それに自分の力に合った相手がいると捗るでしょ?」


「ありがとう先輩、いえ先生かしら。とにかくよろしく頼むわ!」


 雷属性や風属性のドラゴンに、雷の弾丸を飛ばし始めてはや二時間。

 人間界ではまだ三十分しか経っていない。


「よ、ようやく一発当てられた……」


『まだまだです。さっきから延々と撃ち続けて、たった一発なんて……』


「君がこの神機の主か?」


 疲れ果てて座り込む梓乃の前に、紅の着物を着た女性が手を差し伸べてくれた。

 梓乃はそれにすがり付き、なんとか立ち上がる。


「うん、そうだよ。あなたは?」


竜童寺(りゅうどうじ) 律子(りつこ)だ。今は休暇でここに訪れている。この神機に主が特訓していると聞いて、興味がわいてな」


「そっか、ヴァジュラ、案内ご苦労さまっ!」


「はいです、じゃあ私はしばらく待機してるです」


 牛の格好をした少女は上下に日本刀のような刃をつけた金剛杵に変身し、梓乃の展開した魔方陣にその姿を消した。


「ヴァジュラ……!? まさか霆帝インドラの神機を従えていたとはな……皇クラスの神機を従えていると言うことは……」


「正確さを磨く、だったか。具体的にどんなことをしているのだ?」


 梓乃は口で説明するよりも、ドラゴン達にお願いして特訓を再開した。


「なるほど……反射神経や精密度を上げるものか……私ならば十秒でオールヒット……三十二くらいか」


 まさか飛び出したドラゴンすべてに当てると言うのか?

 足場は安定せず、捉えることすら難しい上、セリューでさえも当てられる相手を選別して撃っていた。

 なのに飛び出すドラゴンにすべてヒットさせることなど、まず不可能。


「試しにやってみるか。十秒数えてくれ」


 すると律子は鞘に「紅椿」と刻まれた日本刀を腰に展開し、それを引き抜いた。

 鞘から放たれた刀身には、めまいがするほど濃い血の臭いが染み付いている。

 指先で放つ雷ですら一発当てるのが精一杯なのに、律子は刀で当てようとしている。

 律子は刀をフェンシングのように構え、小さく始めと呟いた。

 刹那、梓乃の前に煉獄が広がった。

 飛び出した瞬間に刀の切っ先から放たれる斬撃がドラゴンに直撃し、爆発する。

 手元が見えないほどのスピードでうねる刀身が、次々とドラゴンを真っ二つにしていった。

 雷属性や風属性の為銃も刃もダメージは通らないが、実際にダメージが通っているような生々しさを持っている。

 そして十秒が過ぎ去ると、その場には無数の刀傷が広がっていた。

 ドラゴンの体をすり抜けて地面に当たった刀の斬撃だ。


「す、すごい……すご、すぎる……刀なのに!」


「別に、方法などどうでもいい。如何に正確に攻撃を当てるか。今の行動、目隠ししながら出来なくては意味がない」


 相手を目で追っている間はまだまだと言うことだ。


「ね、律子さんはあとどれくらいここにいるの?」


「そうだな……向こうで三日……もう半日経ったから……こちらで後九日だ」


「私と同じくらいだ……! 律子さん、私に心眼と第六感を教えて!」


「心眼と第六感か……別に構わないが、こればかりは感覚だからな……私が出来るのは力を貸すだけだ。それでもいいのか?」


「勿論だよ! ありがと、律子さん!」


 結衣の協力を受けた海里華は、学校のプールを後にして残りの二日半を結衣とともに神界で過ごすことにした。

 神界とはその言葉通り、神の集う世界だ。

 時間の進み方はもっとも遅い五倍。

 人間界の一日が、神の世界では五日となるのだ。

 二日半ならば十一日、ほとんど二週間と言うわけだ。


「神界に来るのは久しぶりね……」


「ここに来る為にはパートナーと変身していることが条件。人間の姿じゃなくて、神様百パーセントじゃないとダメなんだよね」


 神界に入るにはアクアス一人か、アクアスと一体化するしかない。

 だから海里華も結衣もパートナーと一体化して女神になったわけだが。


「じゃあまずはアクアスちゃんの神殿に行かないとね」


「あそこって確か水属性の女神しか入れない場所だから、どうしましょう……」


「ああ、問題ないよ。私は九つの属性すべて使えるからね」


 結衣が気さくなおかげですっかり忘れていたが、結衣は九つの属性すべてを使いこなす戦の女神で、海里華の敵だ。

 実を言えば原初女神のような古株がいる神殿に戦の女神がいること自体、畏れ多いことだ。


「わお、本当にプールみたいだね」


 アクアスの神殿はまるで海底に沈んだ遺跡のような場所だった。

 分厚い四方の壁に囲まれた広場は、また四方の壁にある人魚の石像が持つ水瓶から流れる水で絶え間なく埋め尽くされている。

 まさに神の住まう神殿だ。


「留守をありがとう。ご苦労様だったわ」


「「お帰りなさいませ、マイ、ゴッデス」」


 海里華を迎えてくれたのは、海里華とアクアスが留守の間、神殿を守ってくれるアクアスの使い。

 いわゆる天使と言う存在だ。

 焔が契約しているウリエルのような高位の天使を筆頭に、数十名の天使がここを守護している。


「大切な客人だから、私以上に扱ってね」


「「畏まりました、マイ、ゴッデス」」


 海里華が指を鳴らすと、突如神殿の真ん中に畳の敷かれた和室が現れた。

 壁がなく、畳の上にこたつがおかれた空間がただ、ある。


「こっちの方がくつろぐでしょ。好きに座って」


 新田の中に入ってしまえばこっちのモンだ。

 海里華はアクアスと一体化を解除し、魚の尾から人の下半身に戻ってこたつに突っ込む。

 結衣も同じように一体化を解除し、こたつにお邪魔した。


「今更だけど解除してよかったのかな……」


「いいのよ、どうせ人間界と神界を潜る為に一体化しなきゃならないってだけなんだから。他の神に見つからなかったら一体化なんて必要ないわ」


 海里華の想像した通りにこたつの中には猫が丸まり、机の上にはみかんが積み上げられた。

 ここは神の住まう世界。神は頭で想像した通りにそれを創造出来る。

 つまり神界ではヒルデ・グリムの〈創造〉が自由に使えると言うわけだ。


「アテナ様、結衣様、どうぞごゆっくり」


 和室に天使がやって来て渋茶を出す、何ともシュールな光景だ。

 海里華はみかんをアクアスの口に放り込みつつ、本題をぶつけた。


「先輩さっき隔てを超えるの手伝ってくれるって言ったわよね。実際にどんなことをするの?」


「海里華ちゃんのやってた水の中で互いを意識するって言うのはすっごくよかったんだけど、効率が悪いからね。もっと簡単な方法は常に一体化してることだよ」


「常に一体化って……もしかして脳と体に一体化してる状態が本来の状態だって覚えさせるってこと?」


「流石、察しがいいね。その通りだよ。まずは何をするにも一体化してアクアスちゃんとのシンクロ率を上げるの」


 結局はずっと一体化しておかなければならないと言うことだ。

 海里華はこたつに足を突っ込んだまま、アクアスと一体化した。

 ……が、足が魚の尾に戻ったせいで、こたつの熱を必要以上に受けてこんがりといい匂いが──


「いやあっ!? 尾が焼けるっ!? 焼き魚になるっ!?」


 神界に来た時は必ずこたつにみかんをセットにしてくつろぐのがお決まりだったのに、この時だけはこたつを封じられた。


「神界にいながらこたつに入れない日が二週間……辛い……」


「まあ神界にいる時は一体化を解除しないのが当たり前だから」


 だが逆に言えばただ一体化しているだけで、隔てを超えることに近づけるのだ。


「ねえ先輩、ちょっと手合わせしましょ。このまま休んでるんじゃ体が鈍っちゃうわ」


「そうだね、いいよ。今の海里華ちゃんが相手なら、封印を一つ解除しないとね」


 やはり結衣も六芒星封印を施しているのだ。

 結衣がたった一つ封印を解除しただけで、内臓に直接のし掛かるような重圧が何倍にも膨れ上がった。


「それじゃやろうか。本気でいいよ、私がちゃんと合わせるからね」


「合わせるとは言ってくれるわね……絶対にもう一つ封印を解除させてやるんだから」


 和式の空間が神殿の端に移動させられ、神殿の真ん中に巨大な闘技場が現れる。

 所々に水柱が吹き出しており、少しばかり海里華に有利なフィールドだ。

 しかし結衣は九つの属性、水属性も扱える。

 結衣にとって不利な属性などは存在しないのだ。


「それでは行くぞ。集中しろよ」


 今梓乃と律子がいる場所は、澄み渡る川とそよ風を浴びた木々の葉が擦れて自然の音色を響かせる渓流だ。

 木漏れ日の下で、梓乃は座禅を組んでいる。

 心地よい日差しの温もりが眠気を誘う平穏な空間で、律子は鞘に収めた日本刀、紅椿を手に梓乃の背後にいた。


「これから私は前起きなく攻撃する。無論鞘に収めたままだ。お前は目隠しをした状態で、気配だけで私の攻撃を避けろ」


「わ、分かったよ……」


 心眼は視覚や聴覚のような感覚器で知覚出来ない状況や相手の動きを、経験と想像により予測して把握するものだ。

 幸い梓乃は幼いからこその想像力も、魔神フェンリルと積み上げてきた経験もある。

 心眼を開くには条件が十二分に揃っている。

 唯一の問題は、心眼を開くまで集中力が持つかどうかだ。


(……何故私は見ず知らずの契約者の修行に付き合っている……今ならば簡単に切り捨てられる……だが……)


 揺らぐ、どうしても出来ない。

 武士として、それ以前に人として。

 敵に背を向けるのは剣を携える者として、絶対にしてはならない行為だ。

 だがこの少女は自分のことを信じきって背中を預けてくれているのだ。

 ……いや、もっと簡単な話だ。

 無口で無表情、常に腰に日本刀をぶら下げた自分に対して、恐れる所か羨望の目を向けて教えを乞うてくれたことが嬉しくて仕方ない。

 ただそれだけの話なのだ。


(弟子か……悪くない、なっ……!!)


 頭の中で思考を完結すると同時、律子は手始めに紅椿を真横に振り切った。

 梓乃は音と気配で日本刀がどちらから来るか予想し、思わず手が出そうになるのを堪えて上体を反らした。

 しかし一撃を避けた瞬間、まったく違う方向から第二の太刀が襲ってきた。


「ったいっ!? えっ、聞いてないよ!? いきなりこんな連続で来るなんて!?」


「馬鹿者、お前を殺そうと向かってくる相手が攻撃の仕方をお前に合わせてくれるのか? 相手が一人とも限らんぞ」


 言葉に詰まった梓乃は、鞘が当たった脳天を擦る。

 律子は紅椿の鞘を撫でながら、


「私は毎回タイミングもスピードも気配も変える。殺気だって真逆から襲ってくるかもしれん。すべてに備えて警戒しろ」


 それらにすべて対応出来た時、梓乃は始めて完全な心眼を開眼することが出来る。

 第六感を引き出すなど、心眼が開けなければ夢のまた夢だ。


「お、お願いします師匠っ……!」


「し、師匠……そうか、私は師匠か……」


 恐らく梓乃以外には絶対と言っていいほどいないだろう。

 元英雄の一人、リュッカ・エヴァンスと最強者の一人、竜童寺 律子の二人にしごいてもらえた契約者など。

 新旧最強者の修行を受けた霆の神童。


「いったっ!? こんなの本当に避け切れる日が来るの……?」


「無駄口を叩くな。九日間しか時間はないんだぞ」


 例え黒音と焔の決闘を終えて梓乃が再びドラゴンエンパイアに戻ってきたとしても、もう律子は元の場所に帰っている。

 たった九日間で、数年もかけて身につけるはずの心眼を開き、超能力とも言われるような第六感を引き出さなければならない。

 ──と、律子も無謀と思って薄々諦めていた。

 ドラゴンエンパイアの時間で二日を迎えるまでは。


「はぁッ……何なのよ、この力はッ……!?」


「仕方ないよ。私だって一応〈strongestr〉だし」


 海里華とアクアスの神殿が、見るも無惨なほどに崩れ去っていた。

 海里華が指を鳴らすだけでそれは瞬時に元に戻るが、まさかそうならない為に用意した闘技場が十分もしないうちに崩壊するとは思わなかった。

 遥香と互角に並ぶまでの力を持っていた海里華は、たった一つの封印を解除しただけの結衣に、面白いほどに弄ばれていた。


「六芒星封印ってのはね、海里華ちゃんが自分に施してたような通常型の封印の十倍近い効力があるの。私達は通常封印だと解除する時数が多過ぎて面倒だから六芒星封印にしてるんだ」


「十倍近い効力があるのは知ってたわよ。ねえ先輩、アンタは何個六芒星封印を施してるの?」


「一応先輩なのにアンタって……まいっか。六個だよ。だから普段は六十分の一の戦闘力だね」


「な、嘘でしょ……? 六十分の一の戦闘力で私の七割の戦闘力と互角だったわけ……!?」


「今は五十分の一だよ。普通の契約者だったらこのパンチ一発で複雑骨折してもおかしくないパワーなのに、海里華ちゃんはやっぱり凄いよ」


 六十分の一まで手加減されてやっと互角の戦いにしかならない海里華に対してやっぱり凄い?

 本当に褒めているのか、やはりバカにしているのか。


「って、アンタは人をバカにするような性格じゃないか……続きをお願い。アンタから大きな攻撃を受ける度、アクアスと一体感が増してるような気がするのよ。だから手加減なしでお願い」


「なら本気で行くよ。アテナ、お願いね」


『任せてくだせー』


 たった一撃でも受ければ死に至る。

 そんな特大の攻撃を前にする度、アクアスとの感覚が同調していくように感じる。

 恐らく大きな攻撃に危機感を覚えて余計な思考が省かれるからだろう。

 心を無心にすればその分、意識を同調しやすくなる。


「アルテミスもお願いね」


 剣の形態に変形したアルテミス・プローリの柄を握りしめ、結衣は純白の翼を翻した。


「トリアイナ、神機奥義よ。トライデントはレプンと一緒に!」


「「了解っ!」」


 人の姿に変化したトライデントはレプンの背中に乗り、自ら奥義を発動する。

 海里華はトリアイナを槍の状態に戻し、奥義を発動した。

 左右から同時に放たれる奥義を、結衣はいとも簡単に切り裂いた。

 それに加え切り裂いた刃はアルテミスの刃。

 あまりの威力に、激突したトライデントとトリアイナの切っ先に大きな亀裂が入ってしまった。


「っ……神機同士だから壊せるのね……だったら、二人とも休んでて。これ以上は危険よ」


「す、すまぬ……」


「ごめんなさい……」


「いいの、元々負け覚悟の勝負なんだから」


 二人を神殿のこたつエリアに戻し、海里華は素手で結衣と向き合った。


「……え、まさか素手で今の私と戦うの?」


「そのまさかよ。武器がなくなったんだから当然でしょ」


 この勝負にはサレンダーなど存在しない。

 海里華の戦闘力を遥かに凌駕する結衣を相手に、海里華はアクアスとの隔てを超えなければならないから。


「じゃあアルテミス、あなたはもう休んでて」


「別に条件を合わせてくれる必要なんてないのよ?」


「でも私はフェアな勝負が好きだから」


 戦の女神と取っ組み合い。

 手の骨を木っ端微塵にされなければいいが……。

 海里華は左腕に抱えた水瓶から水の龍を呼び出し、結衣へ突撃させた。

 素手同士で戦うならば、遠距離から攻撃出来る海里華の方がまだ優位に立てる。


「甘いよ。私のトップスピードを捉えられない海里華ちゃんじゃ、私の接近を防ぐことは出来ない」


 別に素手でも構わない。別に遠距離でも構わない。

 結衣がトップスピードになった瞬間、海里華はもう結衣を捉えることは不可能。

 だから海里華の瞬き一回で、結衣は海里華の懐に入り込めるのだ。

 そして目視不可能のスピードから放たれる結衣の拳は、的確に海里華の腹をえぐった。


「かはッ……!? バカな、流体の私に、打撃は……っ」


「火属性や水属性みたいな実体のない体に物理的なダメージを与える方法……簡単だよ。〈無属性の可能性〉ってスキルは知ってる?」


「え、ええ……けほっ……なるほど、そう言うことね……」


 あの時黒音の峰打ちが海里華に効いたのは、黒音の持つ〈無属性の可能性〉の力で海里華の水属性の力を打ち消したからだ。

 結衣も同じく自分の無属性の力を高めて海里華の属性を打ち消した。


「流体だからって油断してると痛い目見るよ。堕天使は全員が無属性持ちなんだから。その全員が他の属性を打ち消せるほどのパワーを持ってるわけじゃないけど」


 悪魔と死神の共通属性は闇属性、天使と女神は真逆の光属性。

 その中間に存在している堕天使は無属性と言うわけだ。


「まだまだ漓斗に負ける可能性もあるってことね……説明ありがとう。続きをお願いするわ」


「やる気だね。じゃあ私も張り切っちゃうよ!」


 流石にこれ以上力を込められると致命傷になりかねないのだが、海里華の感覚では強い攻撃を受ける度にアクアスとの一体感を感じるのだから仕方ない。


「怒りで隔てを超えるにも、まずは隔てに到達出来るまで強くならないとね」


 結衣が仲間の元に帰るまで後三日しかない。

 神界の時間ではその五倍、経過した時間を差し引けば二週間弱だ。

 それまでに海里華は隔てを超えられるのか。

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