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2.黎明-レイメイ-

 

 月が彼方へ沈み、太陽が顔を出す少し前。

 空は群青に染まり、彼方から淡いオレンジ色が侵食している。

 少年はあの後少女に連れられるがままに、静かになった街の中を歩いていた。

「現世と常世の狭間に生きる者。それが私」

「ウツヨとトコヨ?」

 聞きなれない言葉に少年は少女の言葉を繰り返した。

「簡単に言えばあの世とこの世」

「あの世と、この世…」

 少年の少ない知識でも、あの世とこの世が何を指すかは分かっていた。

 生を受けた者たちがいる世界。

 死を与えられた者たちが行く世界。

「私は生きながらにして、死者と同じでもあるの」

「生きてるけど死んでいる…?」

 少年はなんとか理解しようとするも、段々訳が分からなくなっていた。

「例えばそうね…私が誰かに挨拶したとするわ」

 前を歩く少女は指を立てて喋り始める。

「挨拶した"その時"は私は見えているのだけれど、一度でも気をそらすと私はそこにいないのよ」

 実際はいるのだけれどね、と付け足しくるりと振り向いた。

「普段の私はそこら辺にいる幽霊と同じように、普通の人には見えないの」

「じゃあ、僕は?」

 それは単純であり、ずっと知りたかった疑問だ。

 普段見えないはずの彼女を、少年はあの夜見つけていたのだから。

「言ったでしょ。あなたも、私と同じ半端者なのよ。だから私が見えたのよ」

 半端者。生きながらにして死者と同じ存在。

 彼女は自分をそういう存在だと言った。そして少年のことも。

 少年は足を止め、自分の両手を見つめた。

「どうかしたの?」

「僕も、キミみたいに光を集められるのかな」

「…アレは、私にしかできないわ」

 少女の表情は途端に曇り、表情を隠すようにクルリと前を向く。

「それより、アナタあそこで何してたの?」

 少女は空を見上げながら聞いてきた。

 太陽が顔をだし、あんなにも輝いていた星たちは見えなくなっていた。

「えっと、母さん探してて…」

「はぐれたの?」

「うん…それでフラフラ歩いていたら綺麗な光が見えたんだ」

 そっか、とひとこと呟き、少女は何か考えるしぐさをしていた。

「家は?」

「戦火から逃れてきたから多分…」

 今でも鮮明に覚えている光景。

 赤い炎と、燃え盛る家、逃げ惑う人々の悲鳴。

 それはまさに地獄とも呼べる光景に近かった。

「…ぇ!ねえってば!」

「…あ、うん?」

「大丈夫?」

 少女の大声にハッと我に返り、少年は自分がしゃがんでいることに気が付いた。

 脳裏に蘇った記憶に、少年は知らずの内に肩を抱いて蹲っていたらしい。

「ははは…ちょっと、思い出しちゃって…」

「立てる?」

「うん、もう平気」

 少女は手を差し伸べ、少年はその手を取り立ち上がる。

「ねぇ」

 そして少女は少年を真っ直ぐ見据えながら問いかけた。

「よかったら私の家にくる?」

「え…?」

「キミを見ているとなんだか放っておけなくて」

 少年は急な誘いに戸惑いを隠せなかった。

 今の今まで毎日外を歩き、そこら辺で寝ていた自分にとって、家に招かれるというのは思いもよらぬことであった。

 だから少年は迷っていたのだ。少女の誘いに頷くべきかどうかを。

「嫌?」

「そんなことないよ…キミがいいなら」

 反射的とはいえ否定した自分に後悔はなかった。

 一人で過ごすよりも誰かといた方がいいと、母親を探す中で十分に痛感していた。

 少年の手にはしっかりと少女の手が握られている。

 嬉しそうに微笑む少女に手を引かれ、少年は朝日に照らされながら歩いて行った。







 少年は少女に連れられ、やがて古びた民家へと招かれた。

 朝日がまぶしく、朝の香りが辺り一体を埋め尽くしている。

 戦後だというのに、辺りの民家は瓦葺の屋根も壁も綺麗なままだった。

「戦争があったとは思えないぐらい綺麗な場所だね」

「ここらへん一帯は空襲を免れたのよ」

「へー…」

 家の中に入り居間へ案内されると、座って待っているように言われた。

 居間には小さな丸テーブルと黒漆の鮮やかな箪笥が置かれており、箪笥の上には小さな写真が飾られている。

 少し落ち着かないようで、少女に言われたこともきかずに少年は箪笥の上の写真を手に取ってみていた。

 写真には、少女の父親と思わしき男性と手をつなぐ少女の姿が映っている。

 

 しばらく眺めていると、さっきとは違う色のワンピースを着た少女が戻って来た。

「おまたせ。そんなに面白いものでもないでしょ?」

「あ、うん…あんまり変わってないね」

 リボンの柄に合わせたかのような赤と白のチェック柄のワンピース。

 白いワンピースが大人びた雰囲気に対して、チェック柄のワンピースはどこか子供っぽさが出ている。

「その写真は私がここで暮らし始めた時に撮ったものよ。撮ったのは1年ぐらい前だったかしら」

「お父さん?」

 違う、というように少女は首を横に振った。

「私の父は私が生まれた時にはいなかった。死んでしまったとかではなく、私と母を置いて行ったの。その人は親戚みたいなものよ」

 少女は箪笥の引き出しを開けると、その中から日に焼けて色あせてしまった一枚の写真を取り出した。

「私の父はこの人。それで母親がこの人」

 色あせた写真には、どことなく少女に似た長い髪の女の人と、その人の方に手を置く男の人の写真だった。

 結婚する時にでも撮ったのだろうか、二人とも着飾っていてとても幸せそうな表情だ。

「じゃあ、お母さんと住んでいるの?」

「母は私が1歳になる前に亡くなったわ。それからはそこに映ってる人に育てられたの」

 少女は色あせた写真を箪笥にしまい、窓の近くまで行って外を眺めていた。

「もしかして…一人で住んでるの?」

 少女は悲しそうに笑い、静かに頷く。

 手にしていた写真立てを元に戻し、少年は口をつぐんだ。

 何か聞いてはいけないことを聞いてしまった罪悪感にかられ、少年はかける言葉が見つからなかったのだ。

「私が一人で暮らすって言い出したの。キミが気にするようなことじゃないわよ」

「ボクも…一人でいる時の寂しさは分かるんだ…」

 今まで一人で母親を探してきてたからこそ分かるものだった。

「そうね…けれど今はキミがいるわ」

 その言葉に少年はどこか照れくさく感じていた。

「さ、こんな湿っぽいは話はやめて、楽しい話でもしましょ?」

 少女は窓から離れ丸テーブルに座ると、少年を隣に座るよう促す。

「何かおもしろい話でもあるの?」

「ふふっ、色々あるのよ?実はね…」

 二人は時間も忘れ、他愛ない会話は尽きることなくただ時間だけが過ぎて行った。



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