1.陽の光-ヒノヒカリ-
太陽が照りつける中、人々は汗を拭いながら歩いていた。
昼の活気は熱さを加速させ、より一層汗を流させる要因となっている。
ここはとある敗戦国。
敵国との戦争に負けても尚、この国の人々は生き生きとしていた。
暑い日差しの下で、人が流れる屋台通りを一人の少年が暗い顔をしながら歩いていた。
肩がぶつかったところで、彼を咎める者もいない。
少年は喧騒と人ごみから離れるように大通りの脇道に入ると、打って変って静かな路地裏へと腰を下ろす。
「母さん…」
膝を抱えた少年はそう呟くと、その目に涙を浮かべた。
少年と母親は戦争が終わる少し前に離れ離れになってしまったのだ。
それは死別した訳ではなく、戦火から逃げ惑う人ごみに押されはぐれてしまったのだ。
少年の父親は、戦争が始まって以来、兵士として戦場に赴き、それ以後少年と母親の前に姿を見せることはなかった。
それでも少年は心のどこかで、父親がフラッと帰ってくるのではと願っていた。
同時に少年は幾度も母親との再会を願った。
母親の姿を探して、配給すら受け取らず探し続けた日々。
しかし待てどもその時は訪れず、ただ時が過ぎるばかりだ。
「神様…」
信じるものは救われる。お天道様はいつでも私たちを見ているのだから。
いつだったか母親が少年に言い聞かせていた言葉。
少年はその言葉を胸に、膝に顔を埋める。
こうしていれば次に顔を上げたとき、目の前に母親がいてくれるような気がするからだ。
「……」
やがて少年はそのままゆっくりと、深く眠りこけてしまったようだった。
カラン、カラン――。
丁度その時、路地裏の向こうから誰かが歩いてきていた。
下駄の音が響き、足音は眠っている少年の目の前で止まる。
立ち止まった人影の正体は白いワンピースを着た幼い少女だった。
薄暗い路地裏なのに、その少女は幽かに輝いているように見える。
少女は少年をチラりと見ると、やがてまた歩き始め路地裏を抜けていった。
眠った少年が次に目覚めたのは、辺りがオレンジ色の空が藍色に染まり始める頃。
時になると、大通りはまた違った騒がしさがあった。
仕事終わりの男たちが大通りに椅子と机を並べ、互いに安酒を持ち寄ってはねぎらいの乾杯を交わしていた。
「かんぱぁぁぁい!!」
「くぅー!仕事終わりの酒はうめぇな!!」
街灯代わりとして店前に吊るされた提灯が、昼間の大通りとは違った雰囲気を造り出している。
戦争の爪痕により街中のあらゆるものは壊れ、未だに修復される気配はない。
「今日も疲れただろう、寄ってきなよ!」
「すまねぇな、今日は嫁さんが待ってるんでな!」
しかしそんなことを気にすることもなく、人々は沈みゆく夕日を背に、ひと時の休息を味わっていた。
大通りを歩く少年は誰に声をかけられることもなく、やがて市街地へとたどり着く。
「ここは…?」
太陽はいつの間にか沈み、彼方には月が顔を出している。
打ってかわった雰囲気に少しの恐怖を覚えながらも、少年は歩みをやめなかった。
大通りとは違い、瓦礫だらけのその場所は提灯すらも置かれておらず、妙に肌寒く思えた。
しばらくすると、少年は瓦礫の向こうに真っ白に輝く何かを見つける。
「なんだろう?」
瓦礫を避けながら白く光る何かに近づいていく。
やがてそれはヒトであることに気付いた。
少し長めの黒髪、、頭にはウサギの耳の様に結ばれた赤と白のチェック柄のリボン。
光の正体は白いワンピースを着た少女だったのだ。
その真っ白なワンピースが月明かりを受けて、輝いているように見えたのだ。
少女は瓦礫の上に座り込み、その掌で水の雫を受け取るようにして、月に向かって腕を伸ばしていた。
「何か用?」
「えっ…」
チラとでも見た気配がなかったのに、その少女はこちらに気づいていた。
少年はそのことに驚き、狼狽えたまま何も言えなかった。
「あの、えっと…」
言葉に詰まっていると、少女は少年の顔を見て驚いていた。
「あなた、昼間の」
「え?」
なぜか少女は自分のことを知っているようだ。
今初めて会ったばかりなのに、なぜ自分のことを知っているのだろう。
少年は過去に会ったことがあるのではないかと思って記憶を辿ってみるも、彼女が誰かは分からなかった。
「僕を知っているの?」
「アナタが"誰"かなんて知らないわ。昼間路地裏にいたのを見かけただけだもの」
「あ、そうなんだ…」
やはりこの少女は自分の知っている人物ではない。
安堵にも似た感情を感じているのも束の間、少女は少年の顔をジッと見つめ首をかしげた。
「やっぱり、アナタは半端者なのね」
「え?はんぱ…?」
「アナタに言ってもきっと分からないと思うわ」
そういって少女は下駄を履いたまま瓦礫の上から地面に降り立ち、ゆっくりと少年に近づいた。
少女の身長は少年と大差ない程だった。
「動いちゃダメよ」
「え?え…?」
少女が少年の肩に手を置いた瞬間、まるで景色が変わったかのように少年の視界は一変する。
虚ろな目、半透明で真っ黒な体、そしてフラフラとした足取り。
"それ"は確かにそこにいた。
今の今までなぜ気付かなかったのか、まるで自分がここに来る前から居たかのように"それ"は無数に存在していたのだ。
「な、なに、これ…」
「怨霊や悪霊。害をなす死に損ない共よ」
少女が死に損ないと呼んだ"それ"らは口を開けたままただフラフラと歩いていた。
「ここら辺はまだ"片付け"が済んでないからあちこちに出て回るのよ」
「ひっ…!」
少年は改めて周りを見渡し、そして小さく悲鳴を上げた。
瓦礫しかないと思っていたのに、実際は瓦礫の間から死体の一部がはみ出していたのだ。
焼け焦げた足、傷だらけで血まみれの腕、瞳孔が開き虚無を見つめる顔。
湧き上がる吐き気をなんとか抑え込み、少年はその場でうずくまった。
「動いちゃダメって言ったのに、動くから気付かれたわ」
「うっ…はぁっはぁっ…だ、誰かいるの?」
「そこらへんをうろついてるでしょ?」
少女の言った通り、先ほどまでこちらに見向きもしなかった霊たちが少年の方に歩いてきている。
少年は恐怖のあまり、身体が震えだし、今にも逃げ出したい気持ちにかられていた。
「ジッとしてなさい。すぐ終わるから」
言葉の意味はわからなかったが、少女がこの状況を変えてくれるということだけは理解できた。
「ここはアンタたちがいるべき世界じゃないのよ。さっさと向こうへおかえり」
そう言い放った少女は夜空へと両手を伸ばし、その掌には蛍のように光が集まり始めていた。
また一つ、また一つとあちこちから光が飛び交い、頭上に集まって行く。
「さあ行きなさい。向こうできっと待っている人がいるわ」
驚いたことに、少女が両手一杯の光を集めると、その光たちはやがて天へと昇って行ったのだ。
「アレは…?」
「ヤツらの魂よ」
「魂…」
光を追いながら空を見上げると、夜空に吸い込まれるように光たちは消えて行った。
視線を戻し周りを見ると、辺りにいた霊たちは姿を消していた。
「キミは一体…」
「私は私。アナタと似たような存在よ」
不思議な雰囲気を纏った少女は、夜風に黒髪をなびかせはにかんでいた。




