3-1.エブン港町
「絶景かな絶景かな。」
俺は、目前に広がる風景を満遍なく見渡しながら言った。
「この眺めは価千金なんかより、よほど価値が高い、100万ドルの夜景よりも上だよな。」
俺は、崖の先端に建てられた灯台の最上階に居た。
灯台のため人が3人も立てない狭さだが、目の前には水と緑と空の青がどこまでも広がって見える。視界が開けているため狭さなどまるで感じない。
俺の目の前には大きな河口、左手には塩湖、右手には雄大に流れゆく河と見渡す限りの草原と、遠くに見える山々がある。
塩湖は、湖と言いつつ、まるで大海の様である。いくつもの島が見え、その向こう岸は霞んで見えない。俺の持っている地図では、横が100km以上、縦は40数kmの横長の湖として表記されている。日本の琵琶湖よりも大きい。さすがに、カスピ海や黒海ほどの存在感はないが、俺が居る大陸の中に目立って虫食いの穴が空いているのが分かるほどだ。これほどの大きさなら、湖だと思わずに海と呼ぶ人が多いのも当然だろう。
塩湖から北東に伸びる河も幅100メートルは超えている。草原の果ての森や山へと続いているのだろう。
河の脇には並行して走る線がある。運河だ。
このオービニ王国は運河が発展している国なのだそうだ。商隊長のリンドガルドさんに聞いた。
王都からエブンまでは、高低差があまりなく、流れが緩やかなため川そのものを物資の運搬の手段として使っている。しかし、デリストア領へは山を目指して行くことになるため、川を遡ることは難しい。
そこで、運河を作ってしまったらしい。なんと壮大な水の道だろうか。地図にも河とは別に運河の線が走っていて、長さにして200kmはあるようだ。塩湖の長さよりも長い。
俺は灯台のぐるりを見渡しながら、とても開放的な気分になっていた。
「ファンタジーだねぇ、来てよかったよ。」
ヒロモンの世界に来てから、こんなに高い所に上ったことはなかった。
今までは森の中だったり、街の中だったりと、周りを見渡せる場所に出たことがなかった。
それが、灯台の上と言う高みに上ることで、一気に視界が開けたのだ。
リアルでは滅多に見られない広大さと言うのを満喫していた。
もちろん、東京にだって空はある。しかし、東京の高層階から見える景色はコンクリートジャングルで、この一面の青と緑の世界とは得られる感動に雲泥の差がある。
俺が一人で景色を満喫していると、背後から退屈そうな声が掛けられた。
「ケージさん、もう降りようよ。」
連れだ。
「チャロ、まだ来たばかりじゃないか。この良い眺めを楽しませろよ。」
振り返ると犬顔の少年が立っている。狼の獣人のチャロである。獣人と言っても、顔には毛は生えておらず、犬耳が頭部に見られるくらいだ。あと、人によっては尻尾を服の外に出している。チャロも灰色のふさふさとした尻尾が垂れ下がっている。
獣人を間近に見る機会は少なかった。オーソン村のグワドルジさんは熊の獣人だったが、訓練の時以外では接点はなかった。それでも、グワドルジさんを思い返してみたり、チャロを見ると、ヒロモンの獣人は人間よりの見た目のようだ。
チャロは俺の世話係だ。歳が14とまだ若く、本人は護衛団のつもりだが見習い扱いだ。いつもなら船の積み荷を運んだり、出航の準備を手伝わされているようだが、今回は俺と言うゲストの案内係に任命されていた。
「リンドガルドさんからも、今日一日は俺に付き合うように言われただろ。」
本人は、大人たちとは別行動なのが不満であると、顔や態度からありありと見て取れる。
「それよりさ、あのバウムクウヘンの切れ端っぽいのは何だ?」
俺は塩湖にある出島のような扇形の地区を指さした。
「あれは王宮の別荘だよ。一般人は立ち入り禁止さ。塩湖から近づくのも禁止されているんだ。」
気の乗らない仕事であっても、質問には律儀に答えてくれるようだ。
「じゃあさ、こっちの船とこっちの船で見た目違うけど、何でだ?」
今度は出島より灯台よりの、左側の港を指さした。
船が停泊所に並んでいるが、出島寄りの停泊所には喫水の高そうないわゆる船が並び、灯台寄りの停泊所には喫水の低い、扁平な箱のような船が並んでいる。
「背の高い方が塩湖を行く船で、背の低い方が河を上るための船だよ。」
チャロの不満そうな顔を視界の端におきながら、俺は次々と質問をする。
目の前にあるもの全てが面白い。
「あのでかい怪獣は何だ?」
塩湖に流れ込む河口の向こう側に、桟橋のようなもので池が作られている。そして、池の中には巨大生物が何頭も泳いでいる。
「あれはただの亀だよ。河を上るとき、あいつらに船を曳かせるんだ。」
「あいつら泳げるのか。どんな脚してるんだ?」
水の上に見えているのは、亀の頭と甲羅だけである。それも、首の長い恐竜の背中に甲羅を載せましたと言う風情の見た目で、言われなければ亀だとは思わない。
そうなると気になるのは胴体で、ウミガメの様なひれっぽい足なのか、陸ガメの様な象の脚なのかだ。
「ぶっとい、でっかい脚だよ。船を曳いて河の脇の道を歩くんだぜ、ぶっとくなきゃ駄目だろ。」
陸ガメのような亀の首を長くしたような生物らしい。
そんな脚しているのに、泳いでいるのだから不思議だ。いや、象だって泳ぐんだから、太い脚でも問題ないのか。
すいすいと泳いでいる。
「塩湖の向こう側に行くにも、亀に船を曳かせるのか?」
「ちげーよ。塩湖の方は、普通に船だけで行くんだよ。」
チャロは不機嫌そうに、言葉遣いも荒く答える。
雰囲気、何でそんなことも分からないのかと言ったところか。
まあ、俺も想像で分かっていることも聞いている。
気分がハイになっているため、チャロの不満なんて気にならないと言うのが本当のところだ。
「チャロは塩湖の向こうは行ったことあるのか。」
「あったりまえだろ。ドドルガの港だって、ベオブルグの港だって行ったことあるさ。」
「そいつは凄いな。ベテランなんだな。」
「あ、あったりまえだ。俺はセト商会の商隊を何度も護衛したことあるベテランなんだからな。」
ちょっとお世辞を言っただけで、チャロの尻尾は機嫌よく揺れている。
獣人って、感情が見た目で分かりやすい。
「そう言えば、亀って何を食べるんだ。あんなにでかいと餌代かかるだろ。」
「魔獣だから、そんなに餌は食べないよ。それに、あいつら草を食べるし。」
「草か、そりゃ、いくらでも生えてるな。」
運河は草原を突っ切っている。草を食べて生きていけるのなら、食べ放題だな。
「そういや、運河とは言え、流れが急なところはないのか。亀がいくらでっかくても、限界があるだろう。」
しかも、川は上流に行けば行くほど流れが急になる。
船で行くと聞いたときは、荷馬車よりも効率良さそうだくらいにしか思わなかったが、下りのことしか考えていなかったな。
「ケージさんは、そんなことも知らないのか。川の先には水の階段があって、そこを昇るんだよ。」
「なんだ、それ。」
水の階段なんて、ますます上れないだろ。
亀が船を担いで上るのか。
謎だ。
俺がきょとんとした顔をしていたのか、チャロは呆れたように溜め息をついた。
「ケージさんにも行けば分かるよ。それより、下りて町へ行こうよ。」
チャロはそう言うと、俺の返事を待たずに梯子を降り始めてしまった。
よほど退屈していたらしい。
俺は最後にもう一度ぐるりを見渡してからチャロの後を付いていった。
チャロは軽やかにと言うか、落ちるように梯子を下りていく。4階部分までは通常の建物のように階段で上るのだが、そこから上は梯子でしか行き来できない。
この灯台は崖の上に建っていながらやたらと背が高い。遠くの船と光で通信をするため、灯台の高さは高い方が良い。とは言え、上部が細長くのびている様は今にも折れそうで怖い。
まあ、ゲームの世界だから折れそうだけど折れないだろう。建築技法は中性ヨーロッパ風なだけあって昔のもののようなのに、建材そのものが現代科学でも作れない素材でできているのだ。折れようがない。
見た目、普通の木とか石なんだが。
王都からエブンに来る途中、炊事を手伝っていた時のことだ。火に薪をくべるのに、細い枝を手で折ろうとして折れなかった。一緒に調理をしていた商隊コックのトルティーヤさんが言うに、それは良く燃えるがやたらと固い木だから、力任せに折ることはできないとのこと。
本当、細い枝で、こちとら(肉体)レベルが高いキャラクターなので力は並み以上あるはずだ。なのに枝が折れない。
色々と納得いかなかったので、その日の夜、こっそりとログアウトして鷹野君を捕まえて聞いてみた。
「ケージさん、ヒロモンの世界はゲームの世界なんだ。木の固さはパラメーターのさじ加減ひとつで決まっている。作ろうと思えば、鉄より固いH2Oだって作れる世界だ。折れない枝があっても可笑しな話じゃない。きっと、女神さまは、良く燃えるのならば固くないとならないと考えたのだろう。」
燃えるのと固いのとの関係が分からずにさらに聞いてみると。
「炭は固い方が高温になる。有名な備長炭は固い事でも有名だろ。炭もダイヤモンドも組成は炭素だから、炭も突き詰めればダイヤモンド並みの固さになる。ケージさん、ダイヤモンドって、とてもよく燃えるんだよ。」
俺が話をしているのは、炭ではなく生木だったんだがな。
この世界は、ダイヤモンド並みの固さの木のテーブルとか柱とか、そう言うのがあるようだ。
よって、灯台の上部は人が3人も立てない程のスペースしかないが、何階分もの高さであっても倒れない程、丈夫なのである。
閑話休題。
余計なことを考えているうちに、チャロは灯台から飛び出てしまったらしい。
一所懸命に追いかけると、出口の外からチャロがこちらを見ている。
「ケージさん、足遅いね。」
ちょっと小ばかにされている。
「無茶言うなよ、こっちはいい年なんだ。精一杯、急いでんだよ。それより、あまり先に行かないでくれよ。俺は町に慣れていないんだ。」
本当のところ、キャラクターの能力は、もう少し早く走れそうだったが、俺自身が転びそうで怖かったので速度をセーブしたのだ。
「ちゃんと待ってるじゃん。ケージさんが迷子にならないようにさ。」
やれやれ。
チャロは、俺のことをあまり尊敬してはいない。何しろ、チャロは自分が一人前として護衛の仕事をしたいのに、俺のお守をするためにそれもできず、何より、俺は強そうじゃないと思っているのだ。
チャロは獣人だからか、それとも男の子だからか、肉体的な強さに憧れているようだ。その点、俺は単なる人族な上に、現実の俺の外見をもとにアバターを作っているものだから、見た目が貧相だ。
言い訳をさせてもらうなら、俺は普段、自転車を乗り回しているし、軽い運動なら習慣的にしているので、普通の体型は維持している。体重だって、学生の頃から変わっていない。しかし、ヒロモンの世界の住人は、モンスターと戦って生活している筋肉むきむきの戦士ばかりなのだ。都会のサラリーマンの体格なんて、貧相すぎてお話にならない。
中身はと言うと、戦闘系スキルのレベルが高いため戦うと強い。オーソン村で自警団の皆さんと戦っても簡単に負けることはなかった。しかし、俺が戦う姿をチャロが見たことはない。なにせ俺は、護衛される側の非戦闘員=魔道具師ときどき調理師なのだから。
すると、チャロの評価として俺は弱く、尊敬を得られないのである。
俺は苦笑いをして、チャロの後を付いて行く。
エブンの町は、水路と土の道が縦横に入り組んだ立体的な町並みを持つ。建物も石造りで3階建てや4階建てがほとんどだ。
道を歩いていたと思えば橋に当たり、橋の向こうは建物の入り口だったり、水路からしか行けない場所があったりと、迷路のようである。
オートマッピングにより自分の通ってきた道は分かるのだが、地図を見たからと言って、行きたいところに行けるかというと、そうでもないと、つくづく思い知らされる町である。
俺はチャロの後を何とか着いていく。
しかし、14くらいの男の子か。
目的地へ移動するのに、どうして、こうも無駄に走るのだろうか。歩くと言う体の使い方を知らないのだろうか。
俺は迷路のような町を常に走りながら移動する。
灯台のあった崖の上から目的の場所まで5分以上は走り続けただろうか。
かなり開けた場所に出た。
港だ。
水辺と倉庫が道を挟んで向かい合っているのだが、その距離が結構、離れている。
停泊する船に大勢が荷物を積んでいる。船は間隔を空けて、縦に6隻並んでいるのが見える。
その船がまた、ゲームならではのデザインだ。
運河を行くために喫水が低く平べったいのは良い。特徴的なのは、船の両脇に水車のようなものが取り付けられていることだ。一見すると外輪船なのだが、何となくだが推進装置以外の役目を持っていそうである。雰囲気、車輪。
ちょっとだけ圧倒されて立ち止まっていると、チャロが一番前の船の手前から叫んでるのが聞こえた。
「ケージさん、何やってるんだ。こっちこっち。」
「今行く。」
俺は大声で返事をすると、チャロの居る方へと走って向かう。
チャロではないが、出航前の活気に当てられたのか、俺もちょっと興奮気味らしい。
意外と走るくらいの移動でちょうど良かったのかも知れない。
長い旅に出ると言うので不安な部分も多かったけど、ようやく楽しみの方が勝ってきたようだった。




