2-21.コワーカー
人が多い。
この会社は、土曜日にも関わらず出社しているようだ。そりゃそうか、オンラインゲームは、むしろ休日が書き入れ時。ゲームマスターを始め、運営チームは土日が本番なのだろう。
俺はヒロモン内でガルガンさんとのアポイントメントがあったため、仕方なく出社した。俺は平日の日中勤務が基本だ。インフラチームに居た頃は、メンバーと交代で深夜と土日にシフト制勤務をすることがあったが、リーダーになってからは平日勤務だった。
なので、土曜日に会社に来るのは、面倒で仕方なかった。
さらに本日のプレイ時間は正味2時間もいかなかった。それなのに、俺はカプセルを起動するために着替えもした。充分に働いただろう。
ガルガンさんへの報告と報酬の受け取りは滞りなく終わったため、再度のログインはしなくて良いだろうと勝手に考えていた。会社だって、俺に休日出勤手当を払う金額が少ない方が良いに決まっている。
そう思い、自販機コーナーでコーヒーを飲んでいると、山際さんが訪ねてきた。
休日だと言うのに、山際さんも出社しているようだ。
「函崎さん、今、お時間取れますか。」
「はい、大丈夫です。今日はもう帰ろうかと考えていたところですし。」
「それは都合が良いですね。会議室の方に移動して、少し話をしませんか。」
俺は断る理由もないので、いつもの部屋に移動した。
山際さんと相対して座ると、山際さんはいつもどおりにこやかな笑みを浮かべて話を始めた。
「いかがですか、調子は。」
「そうですね、ここ数日はちょっとドタバタしていましたが、それも今日で区切りが付きました。大分、ヒロモンにも慣れて来たところなので、次はどうしていくか考えないとなと言うところです。」
「なるほど。我々の方は来週に一区切り付く予定です。先週末まではゴールデンウィーク・イベントで、今週末がイベント後の1週目です。来週には今日明日の分も含めて利用状況のデータが出揃うので、それを元に対策会議の予定です。」
「ゴールデンウィーク・イベントは、盛り上がりましたか。」
「今のところ挙がってきている数字では、まずまずの成功ですね。新規ユーザーも増えてますし、カードやモーション等の課金アイテムの売上も順調です。後は、イベント後のユーザーのログイン率の変化ですね。想定範囲内の低下で済めば良いのですが。」
ネットゲームの運営の難しいところはログイン率を維持することだろう。特に、MMORPGはそれが顕著だ。
パズルゲームやクイズゲームといったカジュアルゲームは、平日も休日も変わらずにプレイできる。1回のプレイ時間が短いからだ。5分や10分の空き時間があればどこでもプレイできる。
ところが、ヒロモンのようなMMORPGでは1回のプレイ時間が長い。ヒロモン内での昼間だけプレイしたとして、2時間ほどかかってしまう。休日に腰を据えてゲームをプレイすることができても、平日には時間が取れないことはよくあることだ。特に、お金を払ってまでゲームをしてくれるユーザー層は仕事をしている人になる。
もちろん、平日も深夜にプレイする人が一定数はいる。ただし、その人たちだけを相手にしていてはゲーム運営が成り立たない。より多く存在する、平日はカジュアルゲームだけプレイして、休日の、しかも出かけない日にだけMMORPGをする層に、いかにログインしてもらうかが肝になるのだ。
「ヒロモンのユーザー数って、どれくらいなんですか。」
「そうですね、まず、ユーザー登録数では日本では50万を超えています。ゲーム人口の減少している現在のMMORPGでこれだけのユーザー数はなかなかの規模でしょう。しかし、これは試しに登録しただけと言う人も多いため、実は参考にはなりません。
では、どれだけのユーザーがプレイしているか。これは我々は2つの指標を使っています。ひとつはライトモード・アクティブユーザー数。もうひとつがハードモード・アクティブユーザー数です。」
「ライトとハードですか。」
「はい。函崎さんは、World of Heroes & Monsters Onlineのプレイを個人では登録されてないんでしたよね。」
「ええ、最初のアサインの条件もそうでしたし、それ以降もしてません。」
そう、家に帰ってまで仕事のことは考えたくない。
「World of Heroes & Monsters Onlineのプレイモードは、2種類あるんです。ハードモードは、カプセルモードを含む、我々が考える通常のプレイのことです。アバターを操作し、World of Heroes & Monsters Onlineの中で動き回り、生活する。そうすることで、我々が提供する異なる世界を堪能することができると言うわけです。
ただ、それだけでは昨今のゲーム運営は成り立ちません。余暇は多いがお金を持たない学生以下の子供か、引退した社会人しか取り込めないことになってしまいますか。
そのため、今時のMMORPGにはライトモードと言うのが存在します。これは、クエストのみ選択すると言うものです。例えば、冒険者ギルドに登録されているユーザーが、依頼リストから受けるクエストを選択します。ミッションは、例えば難易度E、想定時間8時間、報酬4Gのように書かれています。生産職も同様ですね。ブレード5本の作成12時間、とかです。
こうした時間のかかるクエストを昼間のうちにクリアしてもらい、MMORPGで経験値を貯めるのに時間がかかると言うゲームを楽しむためのハードルを下げているのです。」
「なるほど。ユーザーは、一度、コマンドを選んでしまえば放置できると。」
「はい。クエストを受けている間は、ユーザーがハードモードでログインしようとしても、操作は受け付けられないのがデメリットになりますが、平日はライトモード中心で、寝る前と朝に軽く様子を覗くといったユーザーには影響ないですからね。」
今時のゲームは、社会人ユーザーにも優しい仕様になっているようだ。
俺の感覚ではMMORPGは、どっぷりはまり込んでプレイするものだったが。
「その間、ヒロモンから見ると、ユーザーのアバターはどうなっているんですか。」
「サポートAIがアバターを操作して、普通に動き回っています。自動的に動き回るアバターは、一目で分かるように頭上にアイコンが付きます。」
アバターの操作については、法的にグレーなんですけどねと山際さんが呟いていた。
勝手に動き回って、クエストをクリアするアバターか。
きっと話しかけても答えずに、黙々と目的地に移動し、モンスターと戦っているのだろう。
むしろ、こっちの方がNPCっぽいわけか。
「もしかして、クエストをしている間の応答を、模倣AIにさせようっててことですか。」
「そうです。まあ、これも採用するかどうかは、色々とテストしてからですが。」
無言のユーザーアバターが良いか、片言の言葉を話すユーザーアバターが良いか、ユーザーの好みもあるだろうし、NPC側の反応も気になる所だろう。
色々と実験的なことをしているな。これはこれで、開発陣は楽しいんだろう。
「重要なのはハードモードのログイン率ですか。」
あくまでも休日にハードモードでプレイするユーザーがターゲットユーザーなのだ。土日の様子が一番気になるのだろう。
「そうですね。課金アイテムもカード販売だけであればライトユーザーも取り込めるのですが、モーションなどはハードモードでないと意味ないですから。」
モーションって何だ。カードなら分かるのだが。
「モーションってなんですか?」
「ああ、カプセルモードだと関係ないですからね。モーションとはジェスチャーですよ。コントローラーやキーボードでプレイしていると、前に進むとか、座ると言った動作はできても、サムズアップはできません。ですので、サムズアップのモーションを販売しているのです。」
なるほど、色々な物を売っているんだな。
他にも、製造系アイテムの設計図とかも売っていたはずだ。売れるものは何でも売れと言うか、商魂たくましいな、山際さん。
「山際さんは、ユーザーのログイン状況を見るために今日は出社されてたんですか。」
「いいえ、私はほぼ毎日会社に来ていますよ。」
「そうなんですか。」
「ええ。」
ワーカホリックの人が目の前に居た。
俺はできれば仕事はしたくない人なので、進んで会社に来ようとは思わない。IT業界に居るのでハードワークには慣れているが、敢えてそうしているわけではない。。
それなのに、山際さんは好き好んで出社していると言う。
「まあ、土日に来る目的の大半はログイン率の推移の確認なので、暇なんですが。」
なるほど、だから俺に声をかけてきたと。
まあ、俺もひと仕事終えた後で暇だったのでちょうど良かったが。
「山際さん。ちょっと報告しておきたいことがあるのですが。」
「はい、何ですか。」
俺は、エーオースとのやり取りについて話をした。
山際さんもOASISやエーオース達が何かを画策していることは分かっているだろう。
なので、状況を共有した上で、今後、彼女達とどう付き合っていくかを相談しておきたかった。
「話は分かりました。」
一通り説明をしたが、山際さんの表情に変化は見られず、にこやかなままだ。
「函崎さんは、今までどおりにしていてください。OASISやエーオースから何かコンタクトがあった時に、、情報共有してくだされば結構です。」
「今までどおりで良いのですか。」
「はい。ひとつは対応が難しいと言うのもあります。」
そうなのだ、それが問題だ。
何しろ向こうは、カプセルと円環の地の途中経路を押さえている。
好きな時に俺のことを呼び止めることができるのだ。
「なんか癪なんですがね。一方的に不利な状況じゃないですか。俺からエーオース達にコンタクトを取ることはできないのに、向こうは何時でも俺に何かを言うことができるんですから。」
そして、エーオースの慇懃無礼な雰囲気が気に食わない。
「山際さん、大体、何で管理プログラムに自我なんて持たせたんですか。仮に、誰か人を雇うとするじゃないですか。その人が嘘を付くかもしれない、嘘は付かなくても隠し事をする。そんな人を信用できますか。普通できませんよね。今のOASISは隠し事をするんですよ。」
ちょっとだけ興奮してきた。
「お気持ちは分かります。しかし、一応の理由があるのです。」
「何ですか、理由って。」
「端的に言いますと、AIによるゲーム運営のシミュレーションですかね。正確には、ゲーム運営ではなく、環境構築・維持を任せることの試験ってことなんですが。ふたつ目の理由ですね。」
以前、OASISにWebページ更新とかやらせているとか言っていたな。そう言えば。
「函崎さん、AI-OSについて、どのような特徴があるかご存知ですか。」
「ええ、それなりには。」
俺もインフラ屋だ。
OSについては幾ばくかの知識はある。
AI-OSは従来のOSに比べてセキュリティ面で強固なOSだ。AI-OS用のセキュリティ・データベース・ネットワークを利用することで、既知のウィルス等への対策だけでなく、未知の攻撃手法の発見からパッチの開発まで自動的にしてくれる。言わば、従来のOSが専守防衛型だとすると、AI-OSは予防保守までしてくれる積極的防衛型とでも言うべき存在なのだ。
俺は、そう説明した。
「そうですね、機能面から考えるとそう言えるでしょう。では、AI-OSとOASISに実装されているAIとの根本的な差異は何だと思いますか。」
「自我と呼ばれるプログラムの有無ですよね。」
「そうです。AI-OSには限界があります。函崎さんが仰られた通り、OSとして、コンピュータ環境を維持・管理していくことはできます。しかし、アプリケーション環境に対してまでは難しいのです。
AI-OSは、こういった状態がシステムとしての正常状態だと定義された物に対して、そこから外れないように修正を加えているだけなのです。
だけと言うのは語弊がありますが、AI-OSとは、現状維持をするための仕組みと言うことになります。
視点を変えて、アプリケーション環境と言うのは、会社ごと、システムごとに異なります。何が正常かをいちいち定義するのは大変です。
そこで、OSに自分で正常とは何かを定義させることができれば、アプリケーション環境も含めてシステム環境の安定化が望めます。
OASISに自我エンジンを組み込むと言うことは、アプリケーションの変更、すなわち外的環境の変化にも耐えうるよう生存本能を植え付けると言うことなんですね。」
何やら難しい話である。
大体は分かるが、理解できないことも多い。
「OASISとエーオース達は同じ自我エンジンを備えているんですか?」
「いいえ、違います。少し哲学的な話になりますが、方向性が異なります。」
今までも充分に哲学的な話の気がしていたが。
山際さんもこういう話は好きそうだからな。
金さんと被るものがある。ゲーム好きでもあるし。
「World of Heroes & Monsters Onlineの中で活動するAIと、OASISとでは根本的に方向性が異なります。AI-OSやOASISは、自分自身の保全と言った目的を与えています。一方、エーオース等のAIは、目的を考えると言う命題を与えています。」
違いが分からない。
「いまいち違いが分からないのですが。エーオース達の方が、曖昧な目的を与えられていると言う意味でしょうか。」
「そうですね。そう考えていただいて構いません。例えば、函崎さんが新入社員の面倒を見た時、見込みのある新人とそうでない新人とを区別する際、何をもって判断しますか。」
難しい問題だ。
こういうのは感覚なんだけどな。
後輩の道尾は、まあ、まだまだだけども結構、使えるやつだ。まだまだな点と言うのは、要は知識やスキルなわけで、これは経験を積めば身に付くだろう。じゃあ、何をもって使えるやつと言えるのだろうか。
「自主性、ですかね。積極性と言っても良いですが。」
何だろう、言われたことを言われた通りにすると言うのは重要なことだ。
だが、仕事とは、言われないことも自分で考えてすることの方が重要なことが多い。
俺が1のことを言うと、そっちはどうすれば良いですかとか、あれはこうしましょうよと10の反応を返してくるのが道尾だった。
「なるほど、私も近い考えを持っています。言われたことを淡々とするだけの人材は、成長していくようには思えません。そして、そう言う人のことを譬えますよね、ロボットみたいだと。」
山際さんの言いたいことが分かった。
と言うか、ロボットみたいと言う表現を使いたいがために会話を誘導したな。
「一番のロボットが従来のOSです。環境の保全と言う目的に向かって、手段を人間が命令していました。それが進化して、目的を与えて手段を自分で考えるようになったのがAI-OSです。考える力が飛躍的に上がったのがOASISです。そして、環境だけ与えて目的を与えなかったのが自我エンジンを搭載したAIなのです。」
山際さんにまとめてもらい、ようやく区別がついてきた。
存在意義の区別になるのか。
スペックの区別ではない。まあ、存在意義の区別があるから、検証の内容が多数あり、研究チームもたくさんあるんだろう。
だからと言って、俺は何をテストしているんだと言われると、やっぱり未だに分からないのだが。
「さて、話を戻します。OASISは、AI-OSの順当な発展形だと考えています。次世代のOS環境として有力な候補です。
我々はゲーム会社です。MMORPGと一言で言ってみても、種類は様々にあります。World of Heroes & Monsters Onlineの様に中世ヨーロッパ風ファンタジーゲームもあれば、宇宙を舞台にしたSFゲーム、中世・近代・SFのそれぞれに戦争ゲームもあります。店や町の運営シミュレーションゲームもありますね。
もし、ゲーム環境の運営をOASISのようなOSがサポートしてくれるのであれば、より多くのゲームを安価に提供していけるでしょう。」
なるほど、山際さんの会社も自社の発展のために、ヒロモンに関わっているのか。
それはそうか。
「そう考えた時に、World of Heroes & Monsters Onlineの運営で培われたノウハウは、他社に比べてかなりの強みになります。逆に言えば、今のうちにOASISの利用にリスクがあるのであれば、ちゃんと洗い出しておきたいのです。」
だから、OASISに好きにさせていると。
「分かりました。OASISが想定外の動きをすることも想定していたと言うことですね。」
「何かをすることは考えてました。何をするかまでは、さすがに分かりませんけどね。」
そう言うと、山際さんは笑った。
山際さんのにこやかな表情と笑顔の差が区別できるようになってきたな、俺。
「それに、何かをしでかすのは人間の部下だって一緒ですよ。」
俺は山際さんの一言に感動した。
なるほど、人間だってとんでもないことをしでかすものだ。
山際さん、いつもにこやかなだけあって、懐の深い人だ。
「なるほど。OASISやエーオースのことは様子見しておきます。」
俺は山際さんともう少しだけ雑談した後、家に帰った。
今日も山際さんとの会話は有意義だった。
OASISやエーオースのことも、世話の焼ける新人と考えれば腹も立たないと。いや、腹は立つけど、仕事は仕事として付き合っていけば良いのだ。
ん、でも、山際さんから見ると部下かも知れないが、俺から見ると同僚か後輩か。
ヒロモンにログインした後だと、顔が見える分、人として付き合っていけるのだが、OASISは顔が見えないからな。顔が見えないものか、誰かに聞いてみよう。
あれ、エーオースは顔が見えるけど気に障る。相性が悪いのか。こればっかりは仕方ないよな。
仕事の基本は人間関係だ。俺は、今後は円環の地に暮らす人々だけでなく、OASIS達ともちゃんと付き合って行こうなどと考えた。




