2-14.オーソン村攻防記④
「任せてください。ばっちりと案内しますよ。」
食堂の前まで来たら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
中に入ると、パーンがどうやら騒いでいるようだ。
ロイスさんとオリバーさん、そしてパーン、後は騎士志望の若者2人、ドグとロックだったかな。
昼前の会議で決まったことを、若者達に話しているようだ。
「あ、ケージさん。お久しぶりです。」
パーンが俺に気付いて近寄ってくる。
「誰だっけ?」
「嫌だなぁ、冗談なんて。今日からケージさんと組むことになりました、よろしくお願いします。」
俺の一言をスルーし、目の前で礼儀正しく挨拶してきた。
「ああ、よろしく頼む。」
「へへ、やっぱり重要な役目にはオレっすよね。」
少しはちゃんとしてきたかと思ったが、すぐににへらっと笑うあたり、成長が見られない。
「一番、居なくても良いから選ばれたんだろ。」
「ええ~、そんなことないっすよ。」
パーンが言い終わるか終らないか、ゴンと言う音がしてパーンが蹲る。
「パーン、ケージさんに迷惑かけるなって言っただろ。」
オリバーさんがパーンの頭を小突いたようだ。
「ドグとロックはお留守番ですか?」
「いや、新人だからと言って遊ばせている暇はないさ。あいつらは引き続き破られた結界周辺の警備だ。」
「私とオリバーは偵察組です。しばらく村を離れることになります。ケージさん、パーンはこう見えても結界の巡回任務もこなしてますから、案内は任せられますよ。」
オリバーさんの後ろからロイスさんがご安心くださいといった風情でパーンをフォローした。
「村の中ですしね、そんなに心配はしてません。それより、どこの結界から見た方が良いとか、不安な箇所とかありますか?」
「特にこれといって。結界は、基本的に村を囲う柵の内側に設置してます。村の中ですし、お好きな順番で見て回ってください。」
「村全体なんですよね、結界は何個くらいあるんですか?」
「120です。普段の巡回では6日に分けて見て回っています。結界に魔力を注がないとならないので。」
結界の範囲は確か直径100mくらいだったな。単純計算で12kmの距離を歩かないとならないのか。道が舗装されているわけでもないだろうし、1km30分とみておくか。リアルで6時間、ヒロモン時間で36時間。
巡回と同じに6日に分けるのが無難だな。
「では、巡回と同じように回りますよ。巡回と同じにしないとパーンが間違えるかも知れない。」
「そうですね、巡回と異なった回り方をすると、パーンのことですから間違えるかも知れない。」
俺とロイスさんがパーンの方を見ると、パーンは怒ってみせた。
「ちょっと、何を言ってるんですか、村を1周回るくらい、俺だってできますよ。」
俺は笑いながらパーンに言った。
「分かってるよ。しばらくの間、よろしくな。」
「はい、任せてください。こちらこそ、よろしくお願いします。」
なんか素直な反応だ。俺、この体育会系のノリ、好きかも。会社では新入社員と言えども、こんなにはきはきと喋らないもんな。
その日は、もう午後だと言うこともあり、準備だけすることにした。
村の中を回るだけと言っても、それなりに準備が必要である。
結界をチェックするのだから、メモを取るための紙とペン、携行用の食料や手袋等のちょっとした探索セット、そして、結界を調整する可能性を考慮して魔石や木工の道具を用意した。
もしものためにと、補給物資の中から俺用にプロテクターのような軽鎧とショートソードを貰っておいた。
俺が大変だったと言うより、パーンに頼んで走り回ってもらっただけなんだが。意外と役に立ったので驚きである。
翌日から俺とパーンは村を回り始めた。
俺たちは、村の東から時計回りに見て回ることにした。
ヤーゴンさんの家の少し先が村の東の端である。そこから南東にあるらしい水門までが一日目のコースだ。
距離的には6分の1以下であるが、森を通らなければならないため、結界の数にして16らしい。その内、2つは水門用らしいので、行程としては一番短くなるだろう。
俺にとっては行き慣れたヤーゴンさんの家を通りすぎ、村の名前が彫られた道端の結界から始める。
ここも、街道と言うことで、以前はなかった簡易な門が作られており、村人が警備をしている。
「皆様、お疲れさまです。」
パーンが真っ先に挨拶する。
「おう、パーンか。こんな所をうろついているってことは、とうとう自警団を首になったか。」
「違いますよ、立派な任務中ですよ。」
パーンはここでもからかいの対象のようだ。
一番若い団員で、かつ雰囲気が軽いと言うか、便り無さそうだからな、構いたくなる気持ちは良くわかる。
「こちらは、結界師のケージさんです。壊された結界を直してくれた偉いお方です。」
パーンが俺のことを紹介してくれる。
「そして、俺はケージさんに村じゅうの結界の場所に案内すると言う重要な任務中です。」
ふんぞり返るように胸をはるパーン。
「ケージさん、こちらは、その他の村人の方々です。」
「誰がその他だ。」
門の警備をしていた村人がパーンの頭をごちんと小突いた。
パーンが調子にのり、誰かに頭を殴られると言うのがお約束のようだ。
今度、俺もパーンの頭を小突いてみよう。
「初めまして、ケージです。結界師ではなく、多少、分かる程度なのですがお役にたてるならばと協力させてもらってます。」
「バインだ。本職は川で漁師をしている。あんたのことは聞いているよ。壊れた結界のことも聞いているし、感謝しているよ。」
俺はバインさんと握手を交わした。
「そう言うわけで、結界を見せてもらいます。」
パーンに連れられて、俺が最初、村の標識だと思っていた結界を見に行く。
「俺の仕事をさっさと終えてしまいます。」
パーンが杭を捻るように動かすと先端が外れた。上部が入れ物のようになっている。それをさらに上から下に引き開くと、B級と思われる魔石が現れた。
「消耗はなし。魔力を補給します。」
パーンは普段から同じことをしているのだろう、ちゃんと指差し確認しながら作業をこなしていく。
パーンは魔石に手をかざすと魔力を注ぎ込んだ。
俺は魔道具作成スキルをセットし、魔力の流れを追った。
結界は、蓋が開かれていても、魔石から魔力が供給され、稼働しているようだ。
パーンから魔力を補給しつつも、結界は停止しない。
こうしたギミックは精霊語や壊れた結界からは分からなかったので興味深い。
ふと街道の奥に目をやると、とても薄い膜のようなものに気づいた。戦闘装置よりも薄くて見え難い膜だ。
俺が目を凝らしている間に、パーンの魔力の補給作業も終わっていた。
「ケージさん、ひとつ目の結界はこれで終わりです。次に行って良いですか。」
「ああ、頼む。」
結界の構造を見てみたい気もしたが、全部の結界を見て終わってからだな。
「では、バインさん、お邪魔しました。」
「おう、パーン、しっかりやれよ。」
パーンは礼儀作法も叩き込まれているのだろう、任務中はとてもしっかりしているように見える。
二言目を口に出すと破綻するところは愛嬌なんだろう。
俺は、パーンの案内で森の中に入って行く。
俺がヤーゴンさんの家を越えて山に入ったのは一度しかない。だから気づかなかったが、村の入り口の森にはロープが張られていた。木の幹と幹を繋ぐようにロープが結ばれている。
「森のなかに柵を設置するのは大変ですし、小動物が行き来できないと猟師が困りますから。」
猟師の人が云々はさておき、現実的に柵は無理だったんだろう。かといって、目印がないと村人が知らずの内に結界の外に出てしまう。
結界の巡回とは、魔石に魔力を補給するとともに、こうしたロープの点検も行うことなのだ。
「こりゃあ、大変な仕事だ。」
俺とパーンはロープ沿いに森を進みながら次の結界を目指しては、魔力を補給しをしていった。巡回では交互に魔力の補給をするとのことなので、俺も魔力の補給をした。止め時がわからなかったのでパーンに聞いてみたが要領を得なかった。なのでパーンが補給をしていた時間と同じ時間補給することにした。
森の中に設置されていた結界はC級の魔石を使っていた。結界と一口に言っても、色々とタイプがあるようだ。
結界そのものの差は俺には分からなかった。どの結界からも薄い膜が張られているのは分かるのだが、色味が違うのかどうかとか、良くわからなかった。
気を付けて目を凝らしていないと結界に気づかず、一度、前の結界方面に引き返すこともした。それだけ薄いということだ。
森の中の結界はうまい具合に重なっており、問題はなさそうだった。
ゴールの水門の結界は、今までに見た結界の中で一番強力そうであった。使用されていた魔石はB級と街道のものと同じであったが、膜の不透明度が高く、色々と通れないようになっているようだった。
結界は水の中にも延びていたので、川から変なものが入り込まないようにしているのだろう。
水門のところで、水門の門番とパーンのお約束のやり取りがあった。
パーンは村の中で、愛すべきお調子者として地位を確立しているようだ。
2日目と3日目は何事もなく巡回を終えた。
両日とも壊された結界の場所を通ったが、 俺が作った結界も問題なく動いていた。
村の南側は広大な畑が広がっており、とてものどかに感じられた。川から水を引き込んで畑に水路を巡らせているようで、なかなか立派な灌漑技術を持っているようだ。
俺のスキルに開拓師と言うのがあり、森や荒野に町を作るためのものらしい。試しにこれをセットして水路を眺めてみると、水路の設計が取り込めた。
調子に乗って、色々なスキルをセットしては設計を取り込んでいると、パーンに遅いと注意を受けてしまった。
パーンから見ると、俺はぼうっとどこかを眺めているように見えるらしい。
パーンに注意をされると言うのは納得いかないものがあるが、俺がよそ事をしていたのは確かなので大人しく従う。
農作物は麦が大半を占めていたが、他にもトマト等の野菜も大がかりに作っている。
パーンによると、作った農作物の大半は王都に運ぶらしい。収穫の季節は王都から馬車隊が来て、収穫物を運び出していくようだ。
村長や代理の者に付いていく形で、自警団からも何人か王都に行くらしい。
パーンはまだ王都に行ったことがなく、早く行きたいと言っていた。
俺に王都の話を聞きたがったが、俺は王都では引きこもりだったので大した話はできない。それでも多少、見たことを話してやると、思った以上に喜ばれて、俺としては申し訳ない気分になってしまった。
パーンにぼうっとするなと注意されたり、申し訳ない気分を味わったりと、釈然としない2日間であった。
4日目からは村の北側だ。
村の北側も畑は畑なのだが、森に面している。南側が草原だったところに畑を作ったとしたら、北側は森を開墾して作った畑だ。
南側に草原があるのだから、わざわざ森を切り開かなくてもと思ったが、家を建てたり、柵を作ったり、木材を入手する過程で自然と森が開かれていったんだろう。
再び、初日のように森の中をロープつたいに歩くことになった。森の中といっても、ロープの周りは獣道のようになんとなくの道ができている。
では、なんで森の中かと言うと、ブタが放し飼いになっていた。ブタを飼うために森に少し入ったところにロープを伝わせているらしい。
「ブタがいるな。」
「ブタは勝手に増えるから楽ですよね。」
俺のつぶやきにパーンが答える。
「あんなロープじゃブタを囲い込めないんじゃないか。」
「意外と大丈夫ですよ。ブタの鼻の高さにロープを張ってあるので、ブタは嫌がって向こう側に行かないんですよ。それに、結界の外が危険だと分かっているのか、森の奥には行かないみたいですよ。」
「パーン、ブタに詳しいな。」
「うちは農家で、割り当てられている畑が森のそばですから。ブタの管理も家の仕事なんですよ。」
農家の息子か、農家を継がなくて良いのだろうか。
「オレは三男ですから、家は継ぐ義務はないです。」
俺の疑問を感じ取ったか、聞く前に答えた。
「農家をするには畑を開墾するしかないですから。それよりも冒険者になって、もっと色々できるようになりたいです。オーソン村のような開拓村では、周りを魔獣に囲まれています。あいつらに対抗できる力をつけるのも村への貢献だと思いませんか?」
パーンは凄く立派なことを考えている。
「ああ、立派な志だと思う。」
俺がそう言うと、とても良い笑顔になった。パーン、思っていた以上に良い奴のようだ。
本日の行程の半分くらい来たタイミングでお昼を摂ることにした。地べたに座り込む。
自警団で用意してくるお昼は、フランスパンのようなパンとゴーダーチーズ、水筒の水である。
ヒロモンの世界にゴーダー地方がないのにゴーダーチーズとはこれいかに?とは、突っ込んではいかないんだろうな。
ビルさんの宿屋で作って貰っていたお弁当と比べると、非常に質素である。そのことをパーンに指摘すると、とんでもないと言う風情に言われてしまった。
「宿屋のお弁当なんて高嶺の花ですよ。そもそも、1日3食を食べるのだって贅沢なんです。俺なんて、自警団に入る前までは1日2食が普通で、お祝いの日だけ3食でした。自警団に入って、美味しいパンとチーズを貰えるだけで、満足です。」
現代の日本人の感覚で、中世ヨーロッパ風を語るなってことか。
今更だけど、ヤーゴンさんは金持ちだったんだな。
そして、カプセルでは味覚が体験できないのでなんだが、美味しいパンとチーズらしい。あ、そう言えば、料理人スキルで味の判定ができたんじゃなかったか。試してみるか。パンが67点でチーズが73点か。比較対象がないから美味しいかどうかが分からない…。
などと、俺がしていると、危機察知が反応した。視界に、次の結界方面、上方に赤い矢印が現れた。
「パーン、何か居るぞ、気を付けろ。」
俺が声をかけるとパーンはすぐさま剣を抜き、立ち上がって身構えた。




