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2-2.チュートリアル_2

 教団の建物の2階にある事務室で、俺は若い女性と向き合って立っていた。

 お互いにどうしたら良いか分からなくて、突っ立っている状態だ。

 女性は、ハンナと言う名前らしい。

「えっと、ケージ様、何から説明しましょうか。」

 そんなことを聞かれても困る。

 しかし、俺に質問をした女性も困っている様子だ。見るからに戸惑いと緊張を感じる。

 そりゃそうだ、初対面の男と二人っきりで放置されたのだ、誰だってそうなる。

 俺は必死に頭を働かせて考える。

「では、ハンナさんが日常されている作業を見せていただけませんか。もちろん、お見せできる範囲でですが。」

「分かりました。ミホーク様は全てをお教えしろと仰られていましたので、すべて説明させていただきます。では、ご案内いたします。」

 ハンナさんは、そう言うと、建物の奥へと俺を案内してくれた。

 ハンナさんの目の色は茶色く、栗色の髪を三つ編みのお下げにしている。俺の彼女である詩織が26歳で、それよりも下に見えるので二十の前半だろうか。女性の年齢はよく分からない、特に西欧の風貌だと上に見えると言うから、実はもっと下なのか。ほっそりとした体つきと詩織よりも小柄で、子供っぽく感じられる。

 チュニック(注)と言うのだろうか、丈が(もも)くらいまである上着に、下はゆったりとしたズボンを穿いている。特に生地に染色をしていないのか、薄茶と言うか、自然な亜麻(あま)色の服を着ているため、全身茶色に見える。

 ハンナさんが部屋の奥の扉の鍵を開けると、長い廊下が現れた。

 建物は表から見えた印象と違い、とても広くできているようだ。

 俺がきょろきょろと周りを見ているのを察したのか、ハンナさんが説明してくれる。

「教団の建物は、実は、外層と内層を跨って建っているのです。この廊下は、城壁を通り抜けているのです。どちらかと言うと、内層の方が主に使われている建物になるんです。」

 内層に行くには門番チェックを受けると聞いたが、良いのか。

 俺のそんな疑問を感じ取ったか、ハンナさんが説明してくれる。

「本来、内層に入るためには町にいくつかある門を通らなければならないのですが、教団の関係者は内層と外層を行き来が許されています。ケージ様の場合は大丈夫です。」

 どうやら、俺は教団関係者扱いのようだ。

「ミホークは教団では偉い方なんですか?」

 俺が問いかけると、ハンナさんは、ちょっとだけ困った顔をした。

「ミホーク様は、オービニ王国の幸運の光教団では、教団長様と同格の権限を持たれております。」

 何だ、その偉さは。

「教団長様が精霊様よりご神託をお受けになり、ミホーク様がお越しになられたと伺っております。」

 運営にもなると、ご神託も授けることができるのか。

「ご神託は、よくあるのですか?」

「いえ、滅多にありません。聖光教会ではよくあると聞きます。しかし、幸運の光教団ではご神託を受けるなど数えるほどしかなかったと聞いております。オービニ王国の幸運の光教団では、もしかしたら初めてのことかも知れません。」

 オーソン村での時の停止や早送りもそうだが、テスト環境だからといって強引なことばかりしているな。

「こちらで少々お待ちください。私の準備をしてまいります。」

 ハンナさんと話ながら、長い廊下を抜け、さらにいくつかの扉と廊下を通り、いかにも工房と言う部屋に辿りついた。

 ハンナさんは、俺にそう言うと、部屋の外へと出て行った。

 俺は仕方なしに入口で突っ立って、部屋をぐるりと見渡した。

 部屋には窓がなく、天井にシーリングライトのようなものが取り付けられており、部屋全体を明るく照らしている。

 中央にはピザを焼く窯のよなドーム状の覆いを持つ謎の金属製の装置が置いてあった。

 なぜ装置かと言うと、窯の斜め前に、闘技場にあったような石の台が置かれており、コントロールパネルのようだからだ。明らかに魔力を使って動かす装置だ。

 装置の両脇の壁は、床から天井までの高さの棚が一面に備え付けられており、金属板のようなものから木箱から、所狭しと並べられている。

 なかなか綺麗に片づけられている。女性が作業者だと、工房も片付くものなのか、散らかった部屋を想像していた俺は肩透かしをくらった気分だった。


 それにしても、ミホークこと鷹野君は勝手な奴である。

 拠点だと言う幸運の光教団の建物に着いたとたん、自分はどこかへと行ってしまったのだ。

「ハンナ、この人はケージさん。学者の称号を持っている。ハンナから魔道の秘儀を教えておいてくれ。聞かれたことは、できるだけ説明するように。それと、しばらくここに住んでもらうので部屋の用意も頼む。私は急用で出かけなければならなくなった。では、後は頼んだ。」

 それだけ言うと、俺たちを置き去りにどこかへ行ってしまったのだ。

 残されたのは俺とハンナさん。

 微妙な空気にもなると言うものだ。

 それに、魔道の秘儀ときたものだ。そんな御大層なものを、教えておいての一言で教えて良いものなのか。

 ハンナさんはハンナさんで普通に俺に教える気でいるようだ。

 だとすると、そんなことを命じるミホークはどれだけ偉いんだ。教団長と同じ権限って、かなり凄いんじゃないか。

 第一、俺を放り出して出かけるなんて、どんな急用だよ、後でちゃんとした説明を求めないと。


「お待たせしました。」

 俺が先ほどのことを思い出しながら、ミホークこと鷹野君に半分腹を立てていると、ハンナさんが戻ってきた。

 手には本とノートを一冊ずつ持っている。

「ケージ様、私の日々の作業の説明をさせていただきます。」

 無理もないが、かなり緊張気味である。

 ミホークが教団の権力者だとすると、俺も同様に偉そうに思われているのだろう。会社の新人がお偉いさんと二人っきりで居るようなものか。緊張するなと言う方が無理と言うものだ。

「ありがとう、ハンナさん。俺は素人なんだ。子供にでも話す様に、気軽な感じで教えてくれれば良いから。」

「は、はい。学者様にちゃんと説明できるか分かりませんが、精一杯務めさせていただきます。」

 緊張をほぐしてあげようと少しくだけた口調に変えてみたが、効果は少ないようだ。

 会社でも最近は新人の面倒を見ることもなかったからな、若い子の扱い方が分からない。

「私のお役目は、カードを作成することです。」

「カード?」

「はい、魔法カード及びモンスターカードの基となるカードそのものです。オービニ王国では、当教団と聖光教会の本部でのみ作成しております。」

 俺は結構、驚いた。

 山際さんの話から、幸運の光教団がカードを販売しているのは知っていた。確かに、カードは誰かが作らなければ売ることもできない。だから作る人が必要、理屈ではある。しかし、こんな家庭内手工業みたいな生産で供給が間に合うのか?

「では、実際に作成してみます。」

 ハンナさんは、部屋の中央に置かれたピザ窯に、棚から取り出した金属の板と魔石、半透明の円形状のものを入れた。

 ハンナさん自身はコントロールパネルの前に立ち、両手を(かざ)した。

「今、入れたのは何ですか?」

「今から作成するのは一般的なカードになります。そのため、銅を魔石と共に精製した魔銅(まどう)と、Dランクの魔晶石(ましょうせき)、それとDランクの魔石を素材としています。」

 分からない単語がたくさん出てきた。

 魔銅は何となく分かった。もしかして、魔銀(まぎん)はミスリルとか言う名前だったりするのか。

 ハンナさんがコントロールパネルに魔力を注ぎ込み始めたようなので、質問するのは後にする。

 ピザ釜の中が光を放つが、数秒で収まる。

 ハンナさんがピザ釜の中からカードを一枚取り出した。

 ARによると、空カード(C)らしい。

 それにしても、素材を釜に入れると合成された新しいアイテムが作成されるとは、久々にゲームっぽい現象を見たな。

 ハンナさんは、いつもやっているそうなので失敗はしないのだと思うが、あからさまにほっとした様子である。

「色々と質問して良いですか。」

 だが、俺がそう言うと、またちょっと緊張した面持ちになる。

「まず、魔晶石って何ですか。」

 ハンナさんは微妙な表情を浮かべる。

 きっと社会常識に近いことを聞いてしまったのだろう。

「魔晶石は魔石を精製したものです。ランクがAからEまで有りますが、Eランクのものは小さいのでカードには向かず、魔道具に使われます。」

「魔晶石の精製は、ハンナさんがするのですか。」

「いいえ、私も魔晶石の精製はできますが、工房から購入しています。私一人で魔石の精製からカード作成まですると、魔力が枯渇して作成できるカードの枚数が少なくなってしまいます。」

 そうか、何をするにも魔力が必要なんだな。

 そして魔晶石は店で売っていると。

「入れる素材によって、できるカードは異なりますか。」

「はい、Cランク以上の高級素材を使うことで、カードの質が高いものが作成できます。」

 恐らく、レアカードなどのことだろう。この辺は予想通りだ。

 それにしても、いかん。ハンナさんとの信頼関係が築けてないからか、会話が一問一答になってしまっている。

「その装置を使うと、誰でもカードを作れますか。」

「いえ、作れません。カードを作成するこの魔道具が極めて貴重なものでして、精霊時代の遺物だそうです。現代では同じものを作ることができないと聞いています。それに、この装置の操作手順は教団の秘儀として知るものが限られています。」

「その操作をもう一度、見せてもらえませんか。」

「あ、はい。そうですね。えっと、その前にケージ様は魔素の流れを見ることはできるでしょうか。」

「魔素の流れですか。」

「はい。魔道具に魔力を注ぎ込むと、魔素が一定の形を取ったり、流れていくのが見えるのですが。」

「それは誰にでも見えるものですか。」

「いえ、見える人と見えない人が居ます。」

 もしかして、魔眼持ちかどうかとかか。

「見えないと困りますよね。」

「それは大丈夫です。魔素を見るための魔道具もありますから。」

 道具で解決できてしまうらしい。何でも魔道具で解決なんだな、ヒロモンの世界は。

「魔素は訓練で見えるようになるのですか、それとも生まれつきのものですか。」

「訓練です。金属を加工する職人や魔道具を作成する職人に見える人が多いのですが、誰しも最初から見えるわけではありません。何年か修行すると見えるようになるようです。」

 そうすると、何かスキルを使うと見えそうだ。

 俺は、メニューからスキルを開く。今は技は発動していないが、暗殺スキルとか密偵スキルとか物騒なスキルを設定していた。

 とりあえず、暗殺スキルを外して、魔道具作成と言うスキルを選んでみる。

 ヘルプを見ると、ハンナさんの言う魔素を見るのに必要な技をみつけた。レベル20で獲得できる「魔力観」がそれだろう。パッシブ系のスキルっぽいので、必要に応じて自動で起動するだろう。

「たぶん、魔素は見られます。」

 俺がそう言うと、ハンナさんがまた微妙な顔をする。

 何かあれだ、俺が常識的なことばかり聞くので、馬鹿にされているとか思っているんじゃないだろうか。

 本当に知らないことを聞いているだけなのだが、不信感を抱かれても困るんだよな。

「そうですか、では、私の隣にいらしてください。もう一度、カードを作成しますから、石板を見ていてください。」

 俺は素直にハンナさんの左手に立ち、石板を覗き込む。

「では、行きます。まず、魔力を注ぎ込むと、石板に図形が現れます。」

 ハンナさんの言う通り、複雑な図形が現れた。

 どこかで見たことあるなと思ったら、オーソン村の魔除けの杭に刻んであったものと似ている。

 そして、ARが図形を翻訳しだした。

 2つの画像は、それぞれ「構築」と「解析」とある。

「こちらの図形をまず選びます。」

 ハンナさんは左手を石板に翳したまま、右手の人指し指で「作成」を選んだ。

 すると、別の2つの図形に切り替わる。

 「新規作成」と「読み込み」だ。

「次はこちらの図形を選びます。」

 ハンナさんが選んだのは「読み込み」の方だ。

 図形が切り替わり、「空カード」のみが現れる。

 ハンナさんがその図形を選ぶと、また次の図形に切り替わる。

 「実行」と「編集」だ。

 ハンナさんは「実行」を選ぶと、先ほどと同じようにピザ釜が光り、カードが作成された。

 なんとも気になる文言だ。

「手順を間違えたらどうなります。」

「何も起こりません。素材もそのままですし。また、この装置を動かすのに魔力が必要ですので、長時間、装置を動かすと魔力切れで倒れてしまいます。」

「ハンナさんは、毎日、こうやってカードを作成しているのですか。」

「はい。当教団では私ともう一人が交代でカードを作っています。魔力に限界がありますから、休み休みで1日に20枚ほど作成しています。」

 一人20枚なら、二人で40枚か。毎日、作成したとして月800枚か。年でも9600枚、人口が何万人とかいう単位だろ、聖光協会で作れる量にもよるが、カードは1人1枚行き渡らないんじゃないだろうか。

「俺もやってみて良いですか。」

 ハンナさんはちょっとの間を置いて頷いてくれた。

「はい、隣で私が指示しますので、その通りにしていただければ。」

 ハンナさんがそう言ってくれたが、俺はちょっと気になることがあったのでお断りすることにした。

「一人でやらしてください。現れる図形で気になることがあるので、見てみたいのです。」

「そう、ですか。」

 ハンナさんには色々と葛藤があるだろうが、俺はさっさと石板の前に立ち、魔力を注ぎ込み始めた。

「あ、待ってください、まだ素材を。」

 ハンナさんが焦って棚の方に向かう。ピザ釜は空っぽだ。

「大丈夫ですよ、別にカードを作りたいわけじゃないので、空のままで。」

 ハンナさんが驚いた顔をして、その後、どうしたら良いのか分からないといった感じでおろおろとし始めた。棚とピザ釜と俺の顔をそれぞれ何度も見る。まさにおろおろだ。

 俺は、「読み込み」「空カード」「編集」の順番で図形を押してみる。

 すると、一段階細かい図形の羅列が現れた。

 ARの翻訳を見て予想が当たったことに満足する。

 現れた図形の羅列は、プログラミング言語であった。

 ファンクションごとにひとつの図形となっているらしく、図形の中の細かい模様のひとつひとつがコードになっているようだ。

 俺はアプリ屋ではないし、詳しく解析するのは時間がかかるが、図形がプログラミング言語であることは間違いない。そもそも、ARが翻訳できること自体、言語であるとも言えるわけだし。

 俺が図形をこねくり回している姿を見て、ハンナさんが恐る恐る聞いて来た。

「ケージ様、もしや、ケージ様は精霊語が読めるのでしょうか。」

「この図形のこと?大体は分かりますよ。」

 ハンナさんが俺を見る目が、緊張と不信感から、ちょっとだけ尊敬のまなざしに変わった気がする。

「さすがは学者の称号をお持ちの方ですね。そ、それでは、この本の意味も分かるのでしょうか。当協会に伝わる本で、魔道の秘儀について書かれた本だと言われています。」

 ハンナさんは、手に持っていた本を差し出してきた。

 表紙に「精霊語プログラミング」とまんま書いてある。

 ぱらぱらと(めく)ると、プログラミング言語の辞書そのものであった。

「これは辞書…と言うか、カードを作る装置を動かすためのものと言うか。そもそも、精霊語だっけ、これは会話をするための言葉ではないようですね。」

 ハンナさんには伝わらなかったようだ。

 俺も、プログラミング言語とは何ぞやと言うのを人に説明できないでもどかしく思うよ。

「俺も上手く説明できないので、また今度説明しますよ。」

「はい、是非、お願いします。」

 ハンナさんが結構、真剣な目で俺を見る。

「この本は借りていて良いかな。それと、ちょっと休みたいんだけど。」

「分かりました。本はお持ちください。今からケージ様のお部屋にご案内します。」

 俺は本を借り受け、俺の部屋とやらに案内してもらった。

 ベッドと机のある宿屋のような一人部屋だった。

 ハンナさんは、本日分のノルマをこなしにいくとかで、作業部屋に戻って行った。まだまだ、俺と一緒にいると緊張してしまうようだ。

 特別に仲良くなる必要はないが、緊張されると一緒に居るこっちが居心地悪くなるんだよな。


 俺は、ミホークこと鷹野君をリアルで探すため、ログアウトした。



注:チュニックとは、門前の小僧習わぬ経を読むと言うやつだ。彼女の買い物に何度も付き合えば、洋服や靴の種別から化粧品の名前まで覚えるようになる。

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