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2-1.チュートリアル_1

 俺は森の中の広場で丸太に座っていた。

 木々に囲われたサッカーくらいできそうな広さの平地には、まばらに草が生えている。一番奥には「水場はこちら」と書かれた看板まで立てられている。

 この呑気な広場は、オーソン村と王都の間に3つあると言うキャンプ地のひとつだ。

 俺は王都に一番近いキャンプ地で人を待っている。

 相手はミホークこと鷹野君である。

 オーソン村を出立した後、リアルの方で身も心も解剖(ばらばらに)されて(?)疲れ果て、週末は死んでいた。週明けの今日、あまり復活できていないが、リアルよりはましとヒロモンの世界に逃げ込んできたのだ。

 その話をどこからか聞きつけてきたのか、鷹野君が突然、俺に対してチュートリアルをすると言ってきた。かなり今更であるが、未だに分からないことだらけだったので、ありがたく教えを乞うことにした。

 鷹野君いわく、迎えに行くからログイン地点で待ってろとのこと。

 ヒロモンの世界では、ログアウトした後、次回ログイン時に同じ場所に居られるポイントは決まっている。街中であれば宿屋等の特定の個室、野外であればキャンプ地やテントの中だ。街路などでログアウトすると、近場のホームポイントと呼ばれる場所に飛ばされてしまうらしい。

 俺は、前回、このキャンプ地でログアウトしたため、再びこの場所から始められたわけだ。

 このキャンプ地は街道のすぐ脇にあり、夜道でも見逃さずに済むほど開けている。周りが森だったのが、急に視界が開けるほど手入れが行き届いている。

 街道は街道で、森の中を突っ切っているにしては整備されており、さすがに石畳ではないが、整地され、幅も馬車がすれ違えるんじゃないかくらいに広い。馬車が車程度の幅と仮定してだが。

 ところどころに、オーソン村で見かけた魔除けの杭が立てられており、森の中と言うシチュエーションにも関わらず、一切、魔獣や動物と遭遇することはなかった。

 観光地化した低山の登山コースのようだった。

 ヒロモン時間で言えば丸2日の行程分の距離を整備するのに、どれくらいの時間と人工(にんく)を使ったのだろうか。思わず計算しそうになった。

 俺は時間つぶしに適当なことを考えながら、木々や空を眺めて過ごしていた。


 しばらく周りをながめていたら、突然、上から声が降ってきた。

「何を呆けているんだ。」

「え。」

 見上げると、目の前に幌馬車(ほろばしゃ)が止まっており、御者台の男が声を掛けてきたのだった。

 男は、ジーンズ風の濃い紺のズボンを穿()き、麻だろうか、白っぽいTシャツを着ている。肌の色は白く、黒目黒髪だが目鼻立ちがくっきりとした西欧人風の容貌をしている。

「早く乗れ、王都に行くぞ。」

「もしかして、ミホークか。」

「もしかしなくてもミホークだ。」

 良く見ればミホークの顔には鷹野君っぽさがある。黒目黒髪だがあくまでも西洋人。

 俺はミホークに(うなが)されるまま、幌馬車の荷台に乗った。幌馬車は、1頭の馬が四輪の荷台を()く馬車で、荷台の一番前に御者台がある。馬も脚の太い駄馬である。

 荷台は狭いが、乗るのが俺だけなのと、今は幌をかけていないので景色も見えて開放的だ。

「声を掛けられるまで気づかなかったよ。」

「だろうな。隠形(おんぎょう)系の技を重ね掛けしているからな。」

 なんだって?

 隠形って、身を隠すための技のはずだ。

 鷹野君には、こっそりと人に近づいて驚かす趣味でもあるのだろうか。

「隠形系の技って何故に?」

「便利だからだよ。モンスターに襲われることもないし、町にいるときも変な奴に絡まれることもない。」

「隠形を使っていると、馬車ごと気配が消えるのか?」

「ああ、そうだ。ケージさん、あんたもスキル持ちだからできるはずだ。隠形系の技は複数あるんで、スキルの並行起動によって効果が高められる。さらに、スキルを常時起動しておくことで、スキルレベルも自然に上昇する。」

 ミホークと言うキャラクターは、町では身を隠さないとならない生活を送っているのだろうか。

 そんな俺の疑念をよそに、馬車はかなりのスピードで街道を進んでいく。

 俺の中で馬車は、かっぽかっぽとのんびりと進んでいくイメージだったのだが。

「結構、速いね、これ。」

「街道魔法がかかった馬車だからな。王都内に戻ればゆっくりとした速度になる。」

 これが噂の倍速ってやつか。

「その割りには振動が少ないね。」

 ミホークが少しこちらを振り向いて、またすぐに前を向く。

「そうか、ケージさんはカプセルからだったな。私は馬車の揺れなど気にしたことはなかった。この馬車は教団仕様だからな、お偉いさん用に工夫がしてあるのかも知れないな。」

 俺もなるほどと思った。

 揺れが少ないとは言え、馬車である。車ではない。さっそくだが、やはり揺れは有り、少しずつだが俺のお尻はダメージを受けている気がする。長時間は耐えられない自信が芽生えてきた。

 お偉いさんも同様だろうから、衝撃を和らげる処置が施されていてもおかしくない。

「ケージさん、密偵スキルか忍術スキルを起動してみてくれないか。密談系の技があるので、それを使って欲しい。」

「何か聞かれるとまずいことでもあるのか?」

「いや、これらの技は会話に指向性をもたせられるんだ。ケージさんに背を向けているので会話がしずらいんだ。一応、聞き耳を使ってケージさんの声は聞き取れるが、こっちから話すのが大声になる。」

「なるほど。」

 俺は言われた通りにスキルを使ってみる。

「これで良いかな。それと、ヒロモンにあるチャット機能とはどうちがうんだ?」

 俺が聞くと、ミホークはちょっとだけため息をついた。

「まあ、色々と教えてやると言ってしまったからな。チャット機能は、パーティを組んだときしか使えない。密談系の技は誰とでも使えると言う違いだ。」

 それくらい自分で調べろと暗に言われているようだ。

 だが、聞かぬは一時の恥、と言うか、今まで聞く相手すらいなかったのだから、俺の知りたい欲求はかなり高まっている。高野くんには悪いが、しばらくとことん付き合ってもらおう。

「さっき、隠形系のスキルと言っていたけど、具体的には何になるんだ?」

「忍術スキルの隠形、密偵スキルと暗殺スキルの潜伏、狩猟スキルの環境同化あたりだ。他に、町中(まちなか)で使えるものとしてダンススキルの壁の花がある。」

 ずいぶんとたくさんあるようだ。そして、壁の花って。どちらかと言うと、構ってもらえないと言うスキルなんじゃなかろうか。

「ちなみに、気配を消している者を探知する技も、大抵は同じスキル内にある。パッシブの技として存在するので、スキルは常時起動しておいた方が良い。」

今教わった隠形系のスキルと技をメニューから探していると、ミホークが言った。

そっちの理由ならば、まだ納得できる。最初からそういえば良いのに、気配を消すと便利ってのは怪しい理由すぎる。それでも、襲われる理由があるんだろうかと言う新たな疑問も湧くわけだが。

「それと、王都に入る前に称号を学者にしてくれ。デフォルトだと何が設定されているか分からないからな。まあ、学者も色々あるが、すごくなさそうなのでな。」

 言われて初めて称号の欄を見てみた。

 千のスキルの熟練者サウザント・スキル・エクスパートとなっていた。

 確かに、これは恥ずかしい。

 俺は称号の変更をしようとして驚いた。

 称号の数が半端ない。

 そんな俺の驚きを感じ取ったかどうか、鷹野君が言った。

「スキル持ちは必然的に凄い数の称号を持つことになる。上位スキルのほとんどは、レベルが上がると称号が手に入るものだからな。」

「ありがとう、学者に設定しておいた。」

 俺は、単なる”学者”と言うのを選んでおいた。言語学者のように何とか学者と付くのは会話でボロが出そうだし、”百識の学者”などは、恐れ多くて選べなかった。

「称号は無難なものにしておかないと、他人に見られると厄介だ。王都の外層に入るだけなら問題ないが、内層に入る際にステータスを門番に調べられることがあるんでな。」

「それに、ケージさんはあちこちの町を回って歩く予定だろ?何らかの立場が必要だ。」

「最初の村では、旅人って言っていたな。」

 俺がそう答えると少しの間が開いた。

「ケージさんはコミュニケーション能力が高く、最初の村では問題なく過ごせたようだ。本来、この世界において旅人と言う職業も称号もない。普通なら旅人ですなどと言おうものなら、自警団に怪しまれて牢屋に入れられて終わるぞ。」

 確かに、ロイスさんには怪しまれていたはずだ。

 いや、しかし、旅人設定は俺が作ったわけじゃないぞ。

「この世界の住人は、普通の職業に就いていれば町を出ることなど滅多にない。町から町へ移動するのは行商人か冒険者くらいなものだ。下手に色々な町に出入りしていることを公言すると、怪しい人物としてマークされるだろう。」

「学者なら良いのか。」

「学者なら言い訳が成り立つ。ただし、対象についてそれなりの知識がないと、どこかでボロが出るがな。」

 そりゃそうだろう。知ったかぶりで学者は名乗れない。

「王都についたら私の下で、しばらくKT(ケーティー)(注)を受けてもらう。」

KT(ケーティー)?」

「ケージさんには、今後、教団関係者としての地位を持ってもらおうと思っている。良く言えば教団の秘儀に関わる重要な役割であり、簡単に言えばメンテナンス人員だ。」

 話の途中で何だが、言っていることが分からない。

「具体的には魔道具の状態確認と修繕と言う任務を極秘に持った、教団に籍を置く魔道具を調べる学者だな。」

 分かったような、分からないような。

「魔道具は、ちょっとした工夫で作れるものと作れないものがある。NPCが使う魔道具やプレイヤーがそのうち身に付けるだろう魔法武器作成などが作れる方だ。作れないものの代表は、カードの作製機や魔法武器を作成するための道具だ。そして、作れないものの多くは、教団や国が管理していることになっている。」

「なるほど、その作れない方のものをメンテする係になれと。」

「2点ほど正確じゃない。まず、メンテナンスをする係と言う地位を与えるだけであって、実際にメンテナンスをする必要はない。その係を持った者は既にNPCに居る。二つ目、魔道具は作れないことはなく、作ろうと思えば作れてしまう。だからこそ、メンテナンスもできるということだ。」

「作れちゃうのか?」

「作れないものが世界に存在できるわけもないだろう?」

 おっしゃる通りです。

 が、釈然としない。

「メンテ係の地位に意味があるのか?」

「教団関係の地位を持っていることで、各町で困ったときに便宜を図ってもらえる利点がある。学者と言う、一般人からしたら冒険者以上に何をしているか分からない人種より、教団関係者だと言った方が通りの良い場合もある。」

 なるほど、教団に所属することで社会的地位を確保しつつ、KTによって地位にふさわしい知識を教えてくれると言うわけだ。

 俺のためを思っての処遇なわけだ。

 やはり鷹野君は根が良い人のようだ。

「それは助かる。ありがとう。」

「どういたしまして。」

 俺たちがそんな話をしていると、馬車の速度が徐々にだが落ちてきた。

「ケージさん、王都が近付いてきた。」

 俺が周りを見ると、村で見た結界を張る杭が後ろに見えた。

 遠くの方に丘のように盛り上がる町が見えた。

 まだまだ距離があるようだ。今居る場所の周りは畑とまばらに建つ家である。

「王都は、城を中心に拡大していった町で、最初は城壁で囲われていたようだ。町の拡大に応じて城壁を作っていたようだが、拡大スピードが速く、城壁が柵になり、一番外側のこの辺りだと、柵すらもない状態だ。」

 おーそん村のヤーゴンさんも町は今でも拡大中と言っていたからな。

 土地はまだまだありそうだし、大きくなるのは可能のようだ。

「壁の数は6か7あるが、大まかに3階層に分かれていると理解して欲しい。今居るところが外だ。見ての通り、農業や酪農を始めとした食料の生産地区と言う位置づけだ。スラムもあるけどな。一番外側の城壁を超えると外層と言われる場所で、庶民から下級貴族まで住む場所になる。私たちが向かうのも外層だ。その内側に内層と呼ばれる中級以上の貴族、王族が住む地区がある。滅多に行くこともないだろう。」

「そうなんだ。せっかくなら城とか見て見たかったけどね。」

「そのうちだな。我々もこちらの世界に来て日が浅い。政治的に上層部と関わりを深めないとな。いくらここが小国とは言え、城に自由には出入りできないな。」

 ファンタジーな世界とは言え、そこはシビアにできているようだ。

 日本だって、民間人が首相官邸に自由に出入りできるはずもないので、当たり前と言えば当たり前だが。

「中世ヨーロッパ風の世界を堪能するにも金や権力が必要か。」

 俺は、自分の社会的地位の低さを思い、何気なく言った。

 すると、何かが鷹野君の琴線に触れたようだ。

 何かのスイッチが入ってしまった。

「そもそも、中世ヨーロッパ風などと言うが、中世って西暦何年から何年のことを言うか知っているか?」

「いや、知らない。」

「中世とは、西洋史における時代区分では5世紀から15世紀、西ローマ帝国滅亡の476年から東ローマ帝国滅亡の1453年まで、約千年もの間の時代のことを言う。日本では古墳時代から室町時代までに相当する。あまりにも幅がある時代設定だ。しかもだ、制度やデザインは近代が混じっている。例えばメイドだ。この世界では下級貴族や商人の家にまでメイドが居る。それは世界観を作る際に、そう言うものだとしたからだが、本来メイドは18世紀に一般化し、英国ヴィクトリア朝時代(1837年から1901年頃)に現在の形に発展した職業で近代のものだ。メイド服を着たメイドは中世ヨーロッパには存在しなかった。一方で、近代では当たり前の火器の存在は禁じられているし、かと思えば花火は存在する。こちらの世界は、文化も科学も千年以上隔たりのある時代が入り混じっているのだ。その上、この世界には魔法まである。中世ヨーロッパ風と言うが、中世でもヨーロッパでもない。」

 俺は半分は聞き流していたが、鷹野君は一気に喋り終えた。

 ヒロモンの世界観に対して、何か思うところがあるらしい。それともメイドにか。

「まあ、いい。この世界についての話は、おいおいとしよう。」

 鷹野君には、まだまだ溜め込んだものがあるようだ。

 馬車に乗る身としては、どこにも逃げ場がないのが難点だ。

 のどかな風景の中、俺にはまだ王都に来たと言う実感はなかった。



注:KTケーティー

 ナレッジ・トランスファーの略と言われているが、本当のところ定かではない。

 引継ぎとか、教えるとか、そんな感じで使われる言葉。

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