1-20.ファントム・ダメージ
「いててて。」
カプセルのドアに手をかけようとして、右わき腹が痛いことに気付いた。
それだけではない、前腕も痛いし、胸の辺りも鈍く痛む。
先ほどの戦闘で?
いやいやはやはや、カプセルはたかだかゲーム機である。カプセルがゲームから肉体的なフィードバックを得られる装置だとは言え、怪我をするほど強い衝撃があるはずもない。プレイヤーに怪我をさせるような機械であれば、合法的に販売などできなくなってしまう。
俺は、カプセル専用の全身スーツを上半身だけ脱いでみた。
すると、腕の方は何もなかったのだが、胸の真ん中と右わき腹は、うっすらと赤い痣のようなものができていた。
指でつついてみると痛い。
赤い痣はヒロモンでの戦闘中に打撃を受けたところである。
右わき腹は言うまでもなく団長さんに斬られたところである。胸の方は、恐らくだがグワドルジさんにぶちかましをくらったものだろう。腕でガードはしていたが、押し切られたため胸に衝撃を感じ、体ごと吹き飛ばされたのだった。
まさかゲームなのに痛い思いをするとは。
フィードバックの設定を弱めに変更してもらわないとならないだろう。今回は、体だったから良かったものの、頭などに強い衝撃を受けるようなら洒落にならない。
俺は、ボディスーツを着直すと、最近ではカウンセリングルームと名前を変えた方が良いんじゃないかと思っている、俺たち専用と化したいつものミーティングルームに向かった。
ミーティングルームに入ると、いつものように山際さんがにこやかに座っていた。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。いかがですか、調子は。」
「良いと言いたいところなんですがね、いまいちですね。」
「それはどうしてですか。」
「俺が使っているカプセルなんですけど、いじってませんよね?」
「大したことはしていませんけど、何か気になりますか?」
「今日はヒロモンで対人戦をしてみたのですが、リアルに痛かったものですから。」
俺は赤い痣の様なものができたことと、ヒロモンでの戦闘の様子を説明した。
山際さんは、少し考えてから答えた。
「函崎さんが使用されているカプセルですが、確かに一部の設定をいじっています。しかし、函崎さんが懸念されるようなフィードバックの設定ではありません。」
「何の設定ですか?」
「カプセルの制限設定を解除しています。利用時間に関するものです。市販のカプセルは、一日の使用時間及び連続使用時間に上限が設定されています。テスト用に使用することを考えると、時間制限があるのは具合が悪いので解除しています。幸いにも、World of Heroes & Monsters Onlineの協賛ベンダーにカプセルの製造メーカーも入っていますので、テスト用のカプセルでは制限設定を解除したものを用意させたのです。」
「時間の上限って、どれくらいですか?」
「一日の使用時間が8時間、連続使用時間が4時間です。連続使用時間を超えると1時間の利用停止、8時間の使用時間を超えると12時間は停止します。」
なるほど、それはテストには向かなさそうである。
カプセルを使うとバーチャルの世界にどっぷりと浸かれてしまう。リアルの時間感覚はなくなり、いつまでも浸って居たくなってしまうのも分かる。
人間は生きていくためには食事が必要だし、トイレにも行く必要がある。どこかで切り上げなければならない。なので、カプセルには強制的にリアルに引き戻すための仕組みが組み込んであるのだろう。
そう言えば、昔、引きこもってPCゲームをし過ぎて死んだ人が出たことがあるそうだ。都市伝説の類だと思っていたが、某アジアの国で起こった現実の事件だそうだ。
PCですらそう言うことが起こるのだ、カプセルだったら尚更だろう。
「自宅ならともかく、テストルームなら誰かが居ますからね。」
「はい、それに、函崎さんの生体情報(※)はモニタリングしていますから、異常があればすぐに気が付きます。」
「まるで病院ですね。」
俺は自分が病院のベッドで寝たきりになっているイメージを思い浮かべてしまった。
「病院以上だと思います。函崎さんのデータはテストデータとして長期間保管されていますから。」
山際さんは、相変わらず冗談にならないことを冗談のように言うので対応に困る。
「函崎さんのデータは週末にでもチェックさせておきます。特に、フィードバックの強度に関しては念入りに確認しておきます。」
「お願いします。俺もゲーム中に大けがなんてしたくないですから。」
「うちとしても死者は出したくないですからね。」
山際さんは冗談が得意ではないのだと思う。
「さすがにゲームで死ぬことはないですよね。」
山際さんはにこやかにしている。
俺の呟きに対して、一拍置いてから答えた。
「これは未確認事項です。都市伝説の類だと思って聞いてください。」
「はぁ。」
「カプセルに制限設定もなく、脳波コントロールの範囲も試行錯誤をしていた頃は、死亡事故が多数発生したと言う噂があります。」
「やはり物理的なフィードバックが強すぎたとかですか。」
「それも含まれていますが、私が気になるのはショック死です。」
どう違うのだろう。
俺は訝しげな表情をしていたのだろう、山際さんは丁寧に説明してくれる。
「物理的なフィードバックが強すぎると言うのは物理的な衝撃の話です。ショック死と言うのは、どちらかと言うと心理的な衝撃によるものの話です。物理的な衝撃で言えば、頭部への打撃等、カプセル開発当初はやり過ぎてしまったことによる事故があったと言うのも理解できます。実際、カプセルメーカーの人と話をしていても、骨折させてしまったことがあるらしいと言うような話を冗談で聞くことがあります。」
IT業界もそうだが、ゲーム業界の人間も冗談と言うものを学んだ方が良いと思う。
「実際、痣のひとつやふたつ、作ることはあったのではないでしょうか。この辺までは理解できます。」
俺としても、そう言うことがあったかもとは思う。
男性が痛くなくても、女性や子供はとか、お年寄りはとか、衝撃に対する耐性も異なるだろうから、プレイヤーに合わせたちょうど良い刺激の強さを探っていく上で、多少の事故はありそうな話だ。
それに、開発者と言うのは大抵、やり過ぎてしまう人種である。とりわけ小さな会社では、開発者の管理も甘いだろうから、ゲーム内の衝撃を100パーセントフィードバックしてみるとか、やっていたとしても不思議はない。
「そこまでは理解できます。心理的な方はどういった話なのですか?」
「キャラクターが死んだ際に、プレイヤーも死んでしまうと言う話です。」
「まさか。」
「ですから都市伝説の類だと言ったのです。」
うん、オカルトだ。
「マンガや小説で、こういう話を聞いたことはありませんか。催眠術で何でもない鉄の棒をとても熱いと思い込まされた人間は、その棒を手に押し付けられると実際に火傷を負ってしまうと言う話を。」
「ありますよ。だから、人間思い込みを強くすれば色々なことが出来ると話は続くわけですよね。」
「そうです。私は心理学者ではないので、その話の出典となる論文の有無は知りません。なので、それも真偽は定かではない話ですが、死亡事故の話は新聞記事レベルでは見かける話です。」
山際さんは学者ではないと思っていたのだが、意外と細かいことに拘るタイプのようだ。
普通の人は論文と新聞記事の信ぴょう性について区別しない。
俺は学生時代は理系だったので、実験とデータ整理を卒業論文として書いたタイプだ。文系の友人は、引用で新聞記事を使ったら指導教官に怒られたと愚痴っていた。
一般的に論文と言われるものは、他の学者が内容に粗がないかをチェックしているので信ぴょう性があることになっている。それでも、実験結果の再現性がある理系の論文に比べると、文系の論文の方が信頼性の点で劣るのだが。
論文に比べて、新聞記事と言うのはまるで信ぴょう性に欠ける。まるでと言うのは語弊があるかも知れないが、記者が勝手に書いているだけの内容である。誰にも検証できないと言う点で、信頼度はないと言っても良いだろう。所詮は、伝聞を文章化したに過ぎないと言うことだ。
まあ、新聞に書いてあることにも間違いがあることは、世間一般でも常識だろうが。
「ほんの稀にあるそうなのですが、交通事故の死亡事故では、外傷のない死者と言うのがあるらしいです。」
「交通事故なのに外傷がないのですか。」
「それほど軽い事故だと言うことです。事故自体はとても軽いのですが、交通事故を起こしてしまっただけで重大な事故だと勘違いし、自分が死んだと思い込んでしまうらしいです。」
「よほど事故を起こしたことがショックだったんですね。」
「本人にとっては、重大なことだったのでしょう。それと同様のことがカプセルでも起こったと言う話があるのです。」
眉唾だ。
「この手の話は新しいデバイスが生み出される度に出てくるのです。私が知っている話ですと、3Dディスプレイが普及し始めた頃は、ホラー映画を観た人がショック死をしたと言う話があります。」
「さすがにそれは嘘ですよね。」
「私も事実ではないと思っています。しかし、リアルさで言えばカプセルは3D映像よりも上です。リアル感溢れる死の体験をしてしまったプレイヤーがショック死してしまうと言う話は、理解できなくもないとは思いませんか。」
「あり得そうと言う気持ちはしてきますね。」
「あり得そうと思える話なので、都市伝説としてあるのでしょう。」
あり得そうだけど、事実が確認できないから都市伝説と言うことだ。
「カプセルでの死亡とは言わないまでも、事故はなかったのですか。」
「詳しくは知りませんが、カプセルによる事故は何件かは実際に起こっていたでしょう。物理的なフィードバックも、強い衝撃を与える設定と言うよりも、制御が効かないで暴走してしまうと言う事故は考えられますし、カプセルの外で起こった事故に気付かずに巻き込まれてしまうと言うのはあることだと考えます。」
「長時間プレイの話とかですか。」
「プレイ時間の制御は、PCゲームの時代の事故に起因するようです。私が知っている話では、カプセルを使っている際に停電が起こり、閉じ込められてしまったと言うのがあります。カプセルに入ってしまうと外の情報と隔離されてしまいますからね、火事でも起こったらと考えると恐ろしいです。」
閉所恐怖症でなくてもカプセルを使うのが怖くなりそうな話だ。
「冗談です。カプセルの扉は手動で開きますし、火事など、カプセルの外にもセンサーが付いていて安全機構が組み込まれているので、事故が起こることはないです。」
だから、冗談が分かりにくいって。
「それでも今回、俺の体はリアルに痛い。」
「明日から週末ですが、カプセルベンダーには働いてもらいます。それと、函崎さんの生体情報の分析もスタッフにさせます。」
毎度のことながら、俺が何かを言う度に山際さん配下の人たちが時間外労働をすることになるので申し訳なくなってくる。
「よろしくお願いします。」
「函崎さんにも来週、協力してもらう可能性があります。」
「何をですか。」
「再現です。インシデントの発生の際は、再現できるものは再現してみるのが一般的です。既存のデータ分析だけで済む話かはしてみないと分かりませんが、スタッフからは再現を求められることが予測されます。」
「つまりは、もう一度、ヒロモンの中で戦ってみろという訳ですね。」
俺は先ほど、戦わないプレイヤーで居ようと心に決めたばかりなのに、そうは問屋が卸さないらしい。世の中ままならない。
「そのつもりで居てください。」
来週の月曜日は、文字通り憂鬱な月曜日になりそうである。
「そう言えば、山際さんはヒロモンのプレイは始めたのですか?」
「まだです。準備はしています。カプセルは先週発注しましたし、キャラクターメイキングは進めています。」
山際さんが本気だったとは想定外だ。
「では、ヒロモンの中で戦ってみますか?」
「良いですよ。私は昔は格闘ゲームが好きでした。腕は衰えたと思いますが、昔はなかなかのものでした。」
藪蛇だった。
山際さんがゲーム好きだとは思っていたが、まさか格闘ゲームの方だったとは。
俺と山際さんは、しばらくゲーム談義をした。
相変わらず、ミーティングと言いつつ、好きなことを話しているだけなのである。
※バイタルサインは、一般的に心拍数・呼吸(数)・血圧・体温を指す。作中では、バイタルサインに加えて脳波を取得しているため、バイタルデータとしている。




