交わらない思惑
僕が泊まっている家に辿り着く前に、シーナは泣き疲れて眠ってしまっていた。
(安心してくれてるって・・・思ってもいいのかな)
野性的な生活をしていたシーナがぐっすりと眠っている事に嬉しさを感じながら僕はシーナが起きてしまわない様、大きな音をたてずに泊まっている家の扉を開いた。
「ッ!!!!クレスタ軍士、今までどちらに!」
せっかく注意をしていた事が台無しになる程の大きな声を部屋に響かせたのは部屋の奥の椅子から立ち上がった付き人。机を叩く姿は僕に苛立ちを感じていると理解できるが、あまりの大きい音に腕の中のシーナが少しだけ動いた。
(忘れてた・・・)
付き人の存在を頭の中から忘れていた僕は片方の腕でシーナを抱えて、もう一方の手の人差し指を口元に持っていった。
「静かにしてくれないか・・・今せっかく寝てるのに、あ」
「・・・ぁ・・・クレス・・・・・?」
もぞもぞと動き出したシーナは薄らと瞳を開いて、朧気な瞳に僕を移すと不思議そうな顔で目をこすりながら体を起こしていく。
「おはよう、シーナ。でもまだ夜だから寝てていいよ」
「んー・・・」
バランスを取るためにぎゅっと僕の服を掴むシーナに僕を必要としてくれてる様に思えて愛しさが増してしまう。付き人の前だとわかっていても頬が緩んでしまい、気が付けばシーナの可愛らしい仕草に目を細めて頭を撫でている自分がいた。
「眠いだろう?」
ボサボサだった髪の毛を溶かすように撫でているとシーナの瞳がパッと開き、覚醒したのがひと目でわかった。
(起きちゃったか・・・)
初めて見た無防備に寝ている姿をもう少し見ていたかったけれど意識がハッキリして首をキョロキョロと動かすシーナにもう眠気はないのだろう。
「・・・ここ、どこ?」
興味心身に体を動かすシーナは僕の腕を解いて飛び降りると僕の周りをぐるぐると回りながら部屋の中を見渡している。
「ここは僕が泊まっているところさ。明日、住んでいるところへいこう」
そんなシーナを止める為に手を取って意識を僕に向かせると、シーナも大きく頷いて笑ってくれた。
「うん!シーナ一緒にいく!やっぱりお部屋のなかはあったかい・・・ね・・・」
触れた冷たい手に、連れて来る事が出来て良かったと心から思えた。暖かい布を早く掛けてあげたいと思ったが、シーナの語尾が止まる同時に視線までもが一人の男へと向いて止まった。
視線の先には、まるで事件でも見つけた様に驚いて目を見開いた付き人の姿。真面目で応用が効かない印象を受けていた付き人は、シーナを連れてきた事態にまだ頭が追いつかないのだろう。
「・・・シーナ、この男は」
僕がそう言いかけた瞬間、シーナは好奇心で瞳を輝かせて言葉を遮る様に男の側へと走り出してしまった。
「クレスタのおともだち?あのね、シーナ、シーナっていうの。お名前は?」
付き人に興味を示したシーナは小さな手で裾を引っ張りながら付き人に声をかけた。付き人の男はおろおろと僕を伺いながら手を上げて降参の意を表していたが、シーナにその思いは伝わっていない。
僕はシーナが人と触れ合うの事に飢えているのはわかっていたけれど、興味を引いたのが自分で無くなった事が少しだけ面白くない。僕は無意識のうちにいつもより無機質な声音で、付き人へと八つ当たりをぶつけた。
「名前くらい言えないの?」
付き人はシーナの存在を不思議に思いながらも僕の傲慢な言葉にも従ってシーナへと向き合い始めた。
「私は・・・その、リリアと申します。シーナ様とおっしゃいましたが、貴女はいったい・・・」
「リリア!あのね、シーナはねぇ・・・森にいたの!でね、クレスタとね、一緒にいくの!」
「そ、そうですか・・・」
元気に伝えるシーナの言葉に、成り立っていない丁寧な付き人の不自然な会話が少しだけ笑いを誘うが、それよりも早く小さな温もりが帰って来て欲しくて僕は声をかけた。
「シーナ、こっちにおいでよ」
両手を広げて迎えると、シーナは僕の方へと走ってきて勢い良く抱きついてくる。
(・・・っか、かわいい・・・!)
素直な行動に、思わず感動して口元が緩んでしまう。驚いた拍子できっと目も見開いていて僕は今とんでもなくみっともない顔をしているだろう。だが、誰に見られる訳でもなく気にする事もないだろう、そう思った瞬間に付き人と目があってしまった。
「・・・・」
付き人の少しだけ軽蔑の様な嫌悪感を示した視線に、有頂天まで昇った僕の気持ちが一気に急降下していく。
「・・・その、クレスタ軍士。・・・理解しました・・・が、差し出がましい様ですが、その」
「変な勘違いしないで」
図星を否定する妙な気持ちで思わずシーナを抱きとめた腕に力を込めると腕の中で苦しそうにシーナが顔をあげた。
「クレスタ、くるしいよ・・・あれ?どうしたの?リリアもクレスタもなんだか変なお顔してる」
僕と付き人はきっと互いに複雑な気持ちが顔に現れてしまっているんだろう。僕は付き人から視線を逸すとシーナが不思議そうに僕を見つめていた。
シーナから見られる視線は嬉しい様な恥ずかしい様な不思議な気分になって、僕は複雑な気分を一瞬で忘れて、ゆるゆるにした口元でシーナの方へと視線を向け様としたが、視線が交わる前に付き人の言葉で遮られてしまう。
「・・・シーナ様、ひとまず体を綺麗になさいませんか?ずっと森にいらっしゃったのでしょう?泥などが服にも付いていらっしゃいます、よろしければご案内致しますので」
「・・・・きれいきれい?」
シーナの注意を付き人の方に向けられてしまっては視線が交わる事もなくなってしまう。だが、付き人に苛立つ前にシーナへの提案は確かに一理ある事だった。シーナと出会った時程は気にならなくなっていたが、きっと綺麗に洗えばシーナの長い髪も肌も触り心地が良くなるだろう。
「不安であれば私がお手伝いさせていただきますので、さぁ、こちらへ」
「・・・うん!」
手をシーナに差し伸ばして告げた付き人の言葉に驚いてしまった。
「なっ!!君、ダメに決まってるだろう!」
慌てて付き人の腕を掴むが、僕を捕らえた冷たい視線に思わず力が緩んでしまう。
「・・・大変失礼ながら・・・今は安全性を考えて私がさせていただきます。この方の事は後程お伺いさせていただきますので・・・・その、ご趣味に関して言う訳ではありませんが、どうぞ場所は考えていただけると」
「ちがっ、僕はそんな」
「行かないのー?」
僕の訂正を遮ったのはシーナの無垢な表情で、思わずぐっと黙ってしまう。それ幸いにと付き人がシーナの手を取り直す。
「お待たせして申し訳ありません。では、こちらにどうぞ」
手を引いてシーナを連れた付き人が扉へと近付いていく。
「ちょっと、待ってってば」
慌てて手を伸ばすけれど、強く閉められた扉によって僕の手と言葉は行き場を無くしてしまった。
「うそ・・・え?僕の趣味って・・・違うから!」
部屋に木霊した僕の否定の言葉を聞いているのは、悲しい事に僕の耳だけだった。




