皇族の男、希望を腕に抱いて
「ねぇ、シーナ。やっぱり僕と一緒に行こう」
抱きついてくる小さな体を少し離して、綺麗な瞳を見ながらそう伝えるとシーナの頬がぷくっと膨らんだ。
「いかない。シーナはここにいる」
何度もした同じ問いかけに拗ねているのが見てわかる。けれど、理由がわからないまま苛立っていた時とは違う。
「シーナ。知ってるよ、両親を守ってるんだろう?」
シーナの奥に横たわる遺体を見ながら伝えるとゆっくり頷いた。僕はシーナと同じ目線にする為に地面に腰を付けてそっと隣を叩くとシーナも座ってくれた。
「君がいないとぼろぼろ、になってしまうんだろう?だからシーナはここから離れない。獣が活発になる夜なんて特にね」
「・・・・お父さんとお母さんと一緒にいるの」
足を縮こまらせて座るシーナは両親を見つめていた。考えてみればシーナが両親から急に離れると言うのも難しい話だった。ずっと支えに生きてきた両親を無くす事は怖い。それは自分がよく分かっていた。
(僕だって同じだ・・・・嫌だと思いながら見捨てられるのが怖くて、道を踏み外すのが怖くて・・・けど、この道じゃない。そう思えてきたよ)
シーナがここに居る事を望んでいるのはわかる。けれどそれは、一時の幸せだ。
両親が朽ちてしまったらどうする?
獣に喰われてしまったらどうする?
(縋り付く一時の幸せか・・・自分の手で、掴むこれからの希望か・・・)
シーナを見ていてやっとその事に気が付く事が出来た。流されて、嫌だと嘆いていても現状など何も変わらないのだ。
(僕の為に、希望を掴む為に・・・僕は・・・シーナと共にいたい・・・)
「ねぇ、シーナ。本当はもうわかってるんだろう?何時までも守っていられないこと」
僕は精一杯の穏やかな声で伝えるが、シーナは目の色を変えて立ち上がった。
「守れるもん!!!シーナ、強くなったんだもん!」
出会った当初と変わらないくらいの強い瞳で僕を睨むシーナの手は、握られた力で血管を止め、肌を白くさせながら震えていた。それ程の反応を示す程、両親の存在は大きいし、シーナの過去だって計り知れない。
「シーナ。君が強いことも僕は知ってるよ。さっき見ていたんだ、両親を立派に守っていたのを知ってる」
少しでも力が抜ける様にそっと手をとると、僕の触れた肌に気付いたシーナの手はゆっくりと開いていった。血の巡りが良くなり赤みを取り戻した手を優しく握る。
「それでも、時間までは止められない。君が守って、綺麗にしていたのもわかっているよ。それでもボロボロになっていく両親に、シーナも気づいているのだろう?」
どれだけ手を施しても朽ちる時間は止められない。日に日に変わっていく両親をずっと見ているシーナが一番分かっているはずだ。
理解してもらおうと穏な声と言葉で遺体の行く末を伝えていくと、シーナの瞳からぽろっと一筋の涙が頬を伝った。
「・・・ボロボロになったら・・・お父さんもお母さんもどうなっちゃうの?」
一つの筋を切欠にぽろぽろと零し始めたシーナの涙と一緒に聞けたその言葉が、シーナにとっての一番の不安だったのかもしれない。僕は小さなシーナの体を抱きしめて、大丈夫、という思いを伝える様に背中を撫でた。
「死んだ人はね、土に埋めて大地へと還すんだ」
「かえす・・?うめちゃうの?」
「そうだよ。お顔は見れなくなってしまうけれど、獣に食べられる事もないし、そうすれば魂も廻って再びまた出会うだろうって言われているんだ」
「?・・・また会えるの?」
「きっとね」
ただの古い言い伝えだけれど今のシーナを説得するには一番いい解釈だと思った。肉体が滅びた後など滅びてない僕にはわからない。それでも、ここにいてシーナを危険に晒すより安全な場所へと連れていく事が、両親も喜ぶかもしれないと考えた結果だ。
もう顔も見れなくなると悩むシーナの背中を押す様に僕は言葉を続けた。
「ねぇシーナ。両親を地に還して、僕と一緒にいこう。還した両親と出会うかもしれないよ?あぁ、それとも・・・僕と一緒は嫌かな」
僕はあえて抱きしめていた腕を離して下を向いた。すると小さな手が僕の手を直ぐに繋いで、必死に顔を横に振るシーナが目に映る。
「いやなんかじゃないよ!シーナ・・・行く、クレスタと一緒に行く!」
予想した通りの反応に少しだけ心の中で謝りながらもホッと安堵した。
「ありがとうシーナ。いっぱいお顔を見た後、一緒に・・・埋めよう」
「・・・・・うん」
悲しげなシーナの背中をもう一度摩った後、シーナが両親の顔を見続けている間に石や枝を使って大きめの穴を掘っていった。丁度大人二人分、並んで入れる様に掘り続けていく。
「・・・辛いかい?」
何時までも顔を見つめるシーナに、当たり前の事だけれど聞いてしまった。穴を掘り終えて、両親を一緒に移し、顔以外を埋めた後でもシーナの視線が外れる事はなかった。
「あのね、お父さんもお母さんも大好き。でもね、色んなこと教えてくれたクレスタも好きだから、シーナ、悲しいけどうれしい。これからはクレスタといっしょだもん」
そう言って優しく微笑んだシーナは自ら両親の顔に土を乗せた。瞬間、ぎゅっと心臓がしまって息が詰まる。
哀しさが伝わって、それでもシーナの言葉に歓喜して、そして愛おしいと感じたこの気持ちは・・・誰にも、伝えきれない程複雑な気持ちだった。
「・・・一緒にいるよ・・・ずっと一緒にいる」
シーナの両親を一緒に埋めながら、僕は小さく「ありがとう、そしてごめんなさい」と呟いた。
娘であるシーナとの出会いを与えてくれてありがとう。そして、僕が貴方達に残酷な最期を与え、シーナに悲しい思いをさせてしまった人間達の一人である事にごめんなさい。
(生きていたら、許してもらえるとは思わないけれど・・・どうか今は、シーナの幸せを願う気持ちを受け取ってください・・・・)
少し時間をかけて顔も埋めると、シーナの瞳から再び涙が溢れていた。僕はそんなシーナを優しく抱きかかえて、埋めた穴に一礼をすると足を動かし始める。場所を離れる事に比例してシーナの腕の力が強くなった。
「シーナ、別れは悲しいね」
思ったよりも随分と軽いシーナの体が心配になりながら、頭を撫でるがシーナは小さく首を振った。
「・・・またきっと会えるんだ」
震える声でそう伝えてきたシーナの背を摩って、僕が答えれる言葉は一つだけだった。
「・・そうだね、きっとまた会えるよ」
輝く月夜の下でシーナは再び出会える夢を信じて、僕は腕の中の小さな少女を守ると誓って、森を後にした――――




