皇族の男、想いを知る
(どうしてこんなに足場が悪いんだ・・・!)
僕は何度通っても苦戦してしまう大きく成長した草に文句を付けながら何とか進んで行くとやっと木の生い茂る森、シーナと出会った森へと戻る事が出来た。先程までは足場が悪くとも月明かりで辺が見えていたが、森に入ると葉の隙間からしか光が獲れず、簡単に動くことが出来なくなってしまった。
(右だったか・・・いや、左・・・くそっ、早く行きたい時に限って・・!!)
思い出せない苛立ちを抑えきれずに力任せに地面を蹴ろうとした時、低く威嚇する様な獣の喉を鳴らす音が聞こえた。
「っ!」
僕は急いで身を低くし、周りを見渡すと丁度木の葉の隙間から月明かりで照らされている場所を見つけた。まるで雲の切れ間に太陽の光で出来る天使の道の様に輝いたその場所には、あの二人の遺体が横たわっていた。
(・・・っ、見えやすいように・・・シーナはわかってあの場所を・・・?)
まるで天国へと続くように美しく光るその場所に安らかに眠る二人と、光の中に入るか入らないかの瀬戸際で見える獰猛な獣の牙や爪。
(やっぱり・・・。シーナは?まさか、もう・・・)
最悪の予想に僕は焦りで慌てて剣を抜いて立ち上がると、獣の怯える様な声が小さく聞こえた気がして、僕の集中力は視覚から聴覚へと移った。その一瞬の隙が僕の行動を遅らせ、鳴き声を合図に一匹の獣が遺体へと涎を垂らして飛び上がった事に反応が遅れてしまう。
(ダメだ、間に合わない!)
瞬間、暗闇から現れた一筋の細い金属が獣の腹に下から強く食い込む。
「ギャンッ!」
振り上げる力に遠心力を足して威力を増した細い剣を繰り出したのは、柄をいっぱいいっぱいに持つ小さな手の持ち主、シーナ。腹に強く受けた衝撃で獣は嘔吐いて手足を痙攣させるが、一匹では行動しない獣は次々と襲いかかってくる。シーナは光の中に顔を出さず、暗闇に身を潜めたまま遺体に噛み付こうと明るみに出てくる獣に焦点を合わせて剣を振り続けていた。
女性の遺体に噛み付こうとする獣の開いた口に剣を挟み、両手で強く握り締めた剣を大きく振るうと獣は勢い良く吹き飛び、男性の遺体へと近づく獣にぶつかった。骨まで響きそうな衝撃音に獣は情けない声を出しながら尻尾を萎えさせて奥へと逃げていく。少し離れた場所から遺体を狙った獣には地面を蹴って砂を散らして威嚇すると、大きめの石を叩きつけていた。どれもこれもが獣を弱らせ、奥へと追いやっていく。
(嘘だろう・・・?あの、小さな体で・・・?)
目の前で起きている出来事はどう考えても奇跡が起こしているものではない。武器は剣、その根底を覆す様に、シーナの戦いは斬れない剣でも、地面の砂でも、向かってくる獣でさえ戦う為の武器の様に見える。
(こんな動き、数日で出来るものなんかじゃない・・・ましてや偶然なんてありえない)
辿り着く答えはシーナの強さと経験が本物だということ。暗闇に姿を隠していたシーナが両親の無事を確かめる様にゆっくりと剣を引きずりながら月明かりの中へ入っていく、その姿は雄々しくもあり、同時に儚く、美しいと思った。
握っていた力も忘れて剣を地面へと落とすと、金属の振動が音となって辺りに響く。シーナは警戒を示して錆びた剣を素早くこちらに向けた。光の中にいると周りの暗い所は見えないのだろう、神経を研ぎ澄まして剣を構えるその姿は立派な戦士だった。
「・・・シー・・・ナ」
僕は恐る恐るシーナの緊迫した神経を和らげるように声をかけると、人の声がするとは思わなかったのか、シーナは驚いて目を丸くした。
「・・・?クレ・・スタ?いるの?」
キョロキョロと辺りを見渡す姿は先程までとは比べ物にならない程子供らしくて、僕もホッと緊張を解した。僕の姿が見えないシーナは不安そうで、安心させる為に近づいて行くがシーナにとってはその足音が誰ものかはっきりせず、怖がらせてしまった。
「だれ?だれ・・・?」
「ごめん、返事をしなくて・・・。僕だ、クレスタだよ」
そっと光の中に足を踏み入れると幻想的なシーナと一緒に、別世界にでも居る様な気分だった。驚いているシーナに僕は膝を曲げて目線を合わせる。
「驚かしてごめんね」
真ん丸に見開いた綺麗な瞳が、言葉を理解したと表す様に弧を描いていく。
「クレスタ!びっくりした!どうしたの!帰っちゃったと思ってた!」
剣を放り投げて飛びついてきたシーナに今度は僕が驚いて、慌てて受け止めるとシーナの手がきゅっと力強くなった。
「もうね、会うことないって。クレスタ言ってね、でも、会えたね!シーナ、嬉しい!」
当たる素肌の冷たさに、胸が苦しくなる。少し詰まった言い方には抑えきれないシーナの嬉しさと寂しさが伝わってきた。
「僕も、嬉しいよ。君にまた会えて・・・嬉しい」
シーナから伝わってくる気持ちと同じぐらい僕の中でも色んな気持ちが溢れていく。こんな感情、こんな感覚知らない。
(散々悩んで、否定して・・・でも・・・一番、言葉にするとしっくりする・・・)
「とっても愛おしい」
君の笑顔が、君の体温が、君の感情が、君の行動が、僕の思考を狂わせていく。その感覚が不安定で、不完全で、不確かなのにとても心地いい。
「?いとおしーってなーに?あ、クレスタ笑ってる!」
満面の笑みで僕の笑った顔を喜んでくれる君。僕はどんな顔で笑っているんだろう、笑おうと思っていないのに勝手に頬が上がって口角が上がる、目尻が下がってきっとみっともない顔をしているけれど、心が軽くなるこの感覚は病みつきになりそうだった。
「シーナも笑ってるよ」
「うん!嬉しいもん!クレスタと一緒!」
「そうだね」
(もっともっと、僕を君で狂わせて)
そう思った時から、僕はずっと君に恋をしているんだ。