新米騎士と一匹の竜
ラルside
「ひぃっ!!!うぁっ!!!!」
僕は、飛竜の背中に必死に捕まりながらヴィスタと残ってしまった事を深く後悔していた。シーナを強く引き止めて飛行技術を教えてもらっていれば、現状の様な事は起こらなかっただろう。
(陛下・・・僕は、お役に立てる前に・・・命つきてしまうかもしれません・・・!!)
シーナとアクリアが僕達を残して去ってしまった後、剣を引き抜いたヴィスタは口頭で「来たときの様にやってごらんよ」と言い始めた。僕がシーナに乗せてきてもらった事をヴィスタも知っているはずだったのだが、それを口にすることは鋭い刃を輝かせたヴィスタの前では出来そうにない。
中々実行に移さない僕にしびれを切らしたヴィスタは僕の手を引いて飛竜に無理やり乗せると、横から腹を蹴り上げた。その衝撃を勘違いした飛竜は翼を大きく広げて飛び上がり、僕は飛竜の首にしがみつく事しか出来ず、不安定な体勢と高さのお陰で村に来る時は綺麗に見えていた景色も恐怖にしか感じない。
皆が言っていた通り、頭が良いらしい飛竜はヴィスタの乗った飛竜が現れると指示など何も出来ていないのに付いていく様に飛行してくれた。僕にとっては救いのはずだったのだが、荒々しい飛竜の飛行に振り回されて有難い、なんて思う余裕はなかった。
(っ、来るときは、こんなに荒々しくなかったのにっ・・!!)
何故、と考えれば今と違う点はシーナが居るか居ないかだ。来る時の飛行は穏やかで、会話も普通に交わしていた。それが今はどうだろうか、飛竜の首にしがみつく事しか出来ず、周りを見る余裕もない。ヴィスタが前に居るかさえわからない今の状況に、あの時見た綺麗な景色が異世界の様な気がしてくる。
そんな現状を体験しているおかげで、僕はシーナが乗り手としても優れているのだとやっと答えを出すことが出来た。さすがは騎士、それも団長と名乗るだけあるのかもしれない。
今更ながら思い返せば、彼女の優れた部分は剣の腕前だけでは無い。相手の先まで予測する洞察力、考慮された的確な指示。物言いはぶっきらぼうだが、確実に自信と結果を与えてくれていた。
(今更気が付くなんてっ、僕は勿体無いことをしていたのかもしれません・・・!)
これからも教わるのはシーナが良いな、なんて事を再確認しながらも放って帰っていった事には絶対文句を言おうと心に決めた瞬間、僕の運命は再び下降を始めてしまう。
「・・っ、あ、ひっ!!ヴィスタ、あ、うわああああああああああああああああああ!!!」
飛竜の飛行に翻弄されながらも、なんとか距離を伸ばして城の姿も見え、後少しだと思った矢先の事だった。気が緩んでしまったのか、飛竜にしがみついていた腕が滑り、元から無かった様なものだが少しでもバランスを取り戻そうと手を伸ばした先が、飛竜の翼だった。
急に体重が掛り、驚いた飛竜は翼を大きく動かした反動で飛竜自身もバランスを崩してしまう。僕は更に荒くなった飛行にバランスをとることは愚か、掴まっていることも出来なくなり、背から放り出されてしまった。
「ッぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
見る見る内に近づいてくる地面に、僕は歯を食いしばって身を縮めた。人間死ぬ間際には走馬灯が見えると良く言うが、今の僕には迫り来る森の緑しか見えそうにない。
「ッ、うぁっ、がっ!ぐっ!」
視界いっぱいに広がった緑に体をぶつけ、時折バキッと折れる音が聞こえるのは小さな枝だろう。体の彼方此方に痛みを感じながら呻き声をあげていると、大きく黒い影が僕よりも下へ降りたのが見えた気がする。と、同時に起きた、鈍い衝撃。
「ッぁが!!!」
肩や腰に響いた衝撃に目を瞑ると、感じるのは下降感では無く浮遊感だった。恐る恐る瞼を開き、辺りを確認すると地面直前に衝撃を吸収してくれたのは少し弾力のある分厚い皮膚だった。
「・・・はっ、・・・あ・・」
厚い皮膚の正体は、長い間僕の運命を左右していた飛竜の背中だった。飛竜はふわり、ふわりと浮いていた状態から、ゆっくりと足を付けて地面に降り立つ。背を逸らし、翼を傾ける事で僕は上を滑って地面へと腰を付けた。柔らかくもない土のその感触に、心から安堵した。
「・・・・い、い、いきて・・・る・・・・」
今起きていた事が、夢かと思える程僕は現状を理解する事に時間がかかった。頭はぼーっとするし、心臓が耳で動いているかのように、大きくて、早い。手足は震えて、顔を伝う汗までもが、僕をもう一度夢の世界へと引き込んで行くように意識までも朦朧とさせる。
そんな僕の手に、不意に何かが触れた。
「っ!」
驚いて手を引くと、それは衝撃を吸収してくれた飛竜の皮膚、飛竜の頭だった。僕の震える指先を心配するように頭の先を押し付けてきた飛竜に、酷い体験をした原因を作ったのは確かにこの大きな生物だが、そんな僕の命を救ってくれたのもこの大きな生物だと思うと何だか複雑な気分になってしまった。
言葉が通じるのかはわからないが、道徳心ある人間として言っておかなければいけない、と押し付けてくる頭をゆっくりと撫でながら僕は小さく呟いた。
「・・・その・・・あ、ありがとう・・・」
言葉を理解しているのか、気持ちよさそうに瞳を閉じた飛竜を撫でていると、僕は落ち着きを取り戻していることに気づいた。激しかった動悸も落ち着き、意識を朦朧とさせる事も無くなっている。凶暴な生物だと思っていた飛竜と触れ合う事で、まさか自分が穏な気持ちになり、命を助けてもらうだなんて想像もしていなかった。
(・・・経験してみないと・・・か。確かに僕はまだまだ未熟だ・・・)
また思い知らされる、無知の未熟さ。シーナが飛竜を可愛いと言って撫でていた気持ちがやっと理解できた僕は、少しだけでもそんなシーナに近づけた気がした。
密かにそう思いながら甘えてくる飛竜の長い首も撫でていると手の先にポツ、と雫が出来てくる。やがてその雫はポツ、ポツと数を増やし雨が降ってきたと僕達に知らせてくれた。
「・・・まさか雨が降るなんて・・・雨宿りをしたほうが良さそうですね」
幸い大きな木が側にあり、飛竜の翼を少しだけ引くと飛竜はゆっくりと体を上げて付いてきてくれた。どんどんと強まる雨だが、飛竜が大きな翼で雨避けをしてくれるおかげで僕に降りかかる水はほとんど無かった。大きな木の根まで来ると、まずは飛竜が手足と腹を地面に付けて、片翼だけ広げてくれた。
(・・・胴に背を付けて座れと言う事なのだろうか・・・・?)
先程まで雨避けをしてくれていた翼を考えると、広げた片翼は雨よけに使えと予測するのが妥当だ。
どこまでも忠実にしてくれる飛竜を少し嬉しく感じて、僕は腹を撫でてゆっくり腰をつけ、少し温かみのある飛竜の皮膚に体を預けると不慣れな出来事からの疲れと安心からの居心地の良さに誘われて直ぐに眠ってしまっていた。