深海魚のリスト
【主な登場人物】
主人公:寛人 通称ピーくん
主人公の嫁:見知明 通称みっちー(通称みみっちぃーではない)
【*前編*】
俺たちは、昨日結婚した。今日は新居に沢山の荷物が運ばれてきて、荷物が運ばれる少し前に、嫁も運ばれてきた。
「ふたたか者ですが、よろしくお願いします。あれ? なんか違うな。したたか者ですが。あれ? これも違うな。なんか性格悪そうじゃん」
た、から離れて、二つ下がって。そう心で思いながらも、せっかく考えているのに答えを言うのも悪いかなと思って待っていた。
「ん〜」
ちょっとの沈黙が流れた後、
「まぁいっか!」
という嫁の号令と共に、俺たちの新婚生活が幕を開けた。こうして俺の、問題が有りそうで無さそうな生活が始まった。しかし実際は、問題が有りそうで無さそうで、でも出てくる、そんな結婚生活になる。しかし、この時点で一体誰がそのことを知りえただろうか。
四月の今週末に、嫁は自分の両親と、祖母の家に行くと言っていたので、俺も付いていくことにした。嫁は車で始終はしゃいでおり、数時間かけて辿り着いたころにはどっと疲れが出たようだった。義祖母の家に着いておやつを食べ始めた頃には、嫁の目がだんだんと開かなくなってきていた。それを見ていた義祖母が、
「弱いからねぇ」
と言ったところ、すかさず
「頭が」
と義母がふざけてぼそっと言って、
「誰だ。今頭がと言った奴は」
と言った嫁が、開いていなかったはずの目をカッと見開いて、阿形のような顔をしながら俺を見た。どう考えても男の声ではなかっただろう。完全に濡れ衣だ。生憎、義父は席を外している。いや、だからそもそも男の声ではなかったじゃないか。義祖母は、嫁が体が弱いことを知っていたのでそう言い始めたが、やり取りの末、結局
「自分で言ったんじゃない?」
との、義祖母の一声で終了したかのように見えた。その後、
「弱いのは、瞼を上に上げる筋肉だよ」
という結論に、嫁自ら至らせて、納得していた。そうしたら今度は、寒い地域で少し季節外れの半袖を着ている嫁を見た祖母が、
「バカに薄い服を着てるじゃん」
と言ったのに対して、ボソッと嫁が
「バカで薄い服を着ているじゃん」
と言って (後々聞いたところ聞き間違えたらしく) 、爆笑して転げ回っていた。
「違うよ。バカに薄着だねって言ったんだよ」
と祖母が一生懸命言っていたが、ツボに入ってしまったようで嫁は笑い転げていた。
どこにでもあるドアをくぐると、そこにはどこにでもありそうでなさそうな、そんな空間が今日も存在している。
「ただいま~」
「お風呂にする? ご飯にする? それともお味噌汁にする?」
「え? ご飯かお味噌汁かの選択制なの?」
「うん。そんな感じかなと」
だってその方が楽じゃんとボソッと言った声が聞こえたような気もしたが、
「じゃあご飯とお味噌汁で」
そう俺が告げると、
「へい! 注文入りましたーー。ご飯とお味噌汁ですーー!」
くるっと後ろを向いて、口の横に手を当てながら嫁はそう言った。
「誰かいるの?」
と気になって聞いてみると、
「いないよ! 気合い入れるため」
そう言った嫁が、キッチンへと消えていった。
「君にジュースを買ってあげる フ~!」(グループ魂「君にジュースを買ってあげる」より引用)
今日も嫁は、ノリノリで歌っている。
「ジュース買ってくれるの?」
とコメントしてみたら、嫁は聞こえなかったふりをして、別の部屋に行ってしまった。部屋から戻って来た時には、
「私ケーキを買って欲しいッ!」
と変わっていたので、先程無視されたのと同様に、俺も聞こえないふりをした。やたら絡んできたが、聞こえないふりをした。
何を思ったか、その日の夕飯は、普段よりふんだんに水分を含んだベチャベチャご飯と、ししゃも一匹だけだった。なにこれ? 悲しい。サタデーナイト。
家ではぶっ飛んでいる嫁だが、外ではまともな一般人のふりをするのが得意である。久々に会った時や、嫁とかなり親しくなる前は、正直こんなぶっ飛んだ人だとは思わなかった。そのくらいうまく隠せていた。変な人と言うよりはむしろ感じが良い、人当たりのいい人だなと思っていた俺は、まんまと騙されていた。
「家では異常人だけど、外では普通の人っぽく見せてるよね」
とある時嫁に言ったところ、
「そりゃぁ外では、ニャン人も被るようにしていますから」
キリッとどや顔で言われた。
「前は対応する人に合わせてバージョンを変えていたんだけど、もう誰にどのバージョンだったか覚えられないわ、どれが自分かわからなくなるわで、結果、人に飲まれるようになっちゃったんだよね。だからその後、外向きは統一するようになったわ。笑顔で、優しく、褒めまくる」
なんだその、「清く 正しく 美しく」(小泉今日子「なんてったってアイドル」より引用)という、昔のアイドルソングみたいな文言は。ていうか、嫁、褒めまくるって適当だな。
「褒めまくるとか、心に思っていない感が出ないの」
「出ないよ。だって思ってないことは言わないもん。特にまだそんな仲良くない人に関しては、1%くらいいいなと思ったことを99%思った、くらいの熱量で褒める」
適当だなぁ。まぁ、外で普通っぽく振舞ってくれているので、関係値が低い人に合わせるのに不安がないところは、まぁ良かった。のか? 嫁の本当の生態を知る人間は、数少ない。
休日に家の前を嫁と歩いていたら、お隣さんと会った。こんにちはとあいさつをすると、お庭で飼っている鶏の卵をもらった。その鶏は、とうもろこしじゃなくて玄米やゴマを食べていると聞いた嫁が、
「すごい! 私と同じような物を食べてるじゃないですか!」
と何とも返答し難いコメントをしながら、感動していた。嫁よ。俺は、もう少し君にまともに食べさせているはずだぞ。そう思いながら、
「大切にされてますね」
と、俺のコメントで事なきを得た、はずだ。始終にこやかに対応してくれた。
嫁がその卵で、目玉焼きを作った。とても美味しかったし、なにより何と表現したら良いかわからないくらいふわっふわっな羽を触らせてもらった後でもらった卵は、なんだかとても貴重なものだと感じた。あの子達が産んだ卵をいただいたんだなと、そう噛み締めながら食べていたら、
「私も産めればよかったのにな」
と嫁がボソッと呟いた。何のことかと思っていたら、
「私も卵を産めるタイプだったら、自分も食べられるし、多ければ分けられるのに」
そう言い始めた。
「あ、でも自分で産んだ卵を自分で食べるとか、ただ作る時にエネルギーロスが発生するだけなのかな?」
と頭を捻ってかなり真剣に悩んでいたが、卵を産めるタイプにするかどうかは、少なくとも選択制にはなっていないぞ、嫁よ。
「男女ごっこしよ?」
休日の午後、そう言ってきた嫁に、
「なにそれ?」
そうそっけなく言いながらも、名前から若干の期待感を持って疲れて寝ころんでいたソファーから起きがり、嫁を見た。
「ルールは簡単! 男女男男女男女の曲に合わせて、間違えずに高速で一列に並びまくるゲームだよ!」
「なんだそれ」
思ったのと違った。
「今、私が考えた! ほら、この音楽」
そう言って音楽を流し始める。
「この男男とか、連続するときは一歩分動かないと負けだからね」
そう言って、嫁は早速部屋の隅へと向かい、
「ここがスタートね」
と場所を指定してきた。聞いてしまった以上やらないとも言えず、仕方なく起き上がって指定の位置についた。
「男女男男女男女」(太郎「男女」より引用)
「っフーフー♪」
音楽とともにゲームは開始された。くっ……意外と速い。ミスらないように、でも急いで動いていたところ、終わりは突然、嫁の悲鳴と共にあっけなくやってきた。男女の歌の間に、嫁はフーフーと右腕を上げながら相槌を入れていたが、その手で壁が見えなくて、壁に激突していた。
「いったぁーー」
そう言ってうずくまる嫁に、日ごろの行いの賜物だなどとは一ミリも思わずに、素直に可哀想だなと思った。
「大丈夫?」
そう言って心配してのぞき込むと、むくっと立ち上がった嫁が、
「もう一回同じ場所からスタートして、男女の担当を逆バージョンでしよう」
とほざいたため、可哀想と思った俺の気持ちは、紙が細かく破れて砂のように遠くに飛んでいくかの如く、遥か彼方へと消え去った。
俺が大事にとっておいたコレクションを嫁が勝手に食べてしまったことで喧嘩をしていたら、嫁が突然歌い出した。何かと思って驚いていると、その後に、
「実家では、私が父と喧嘩をすると、
『けんかをやめて〜二人をとめて〜私〜のために〜争〜わないで〜』(竹内まりや「けんかをやめて」より引用)
って、母が竹内まりやの曲を歌い出したんだよね。それで笑ってしまって喧嘩を終えることもよくあったんだよね」
そう楽しそうに話し始めた。
「別に母を巡って喧嘩をしていたわけではないんだけど」
そう言いながら、嫁も
「けんかをやめて〜二人をとめて〜私〜のために〜争〜わないで〜」(竹内まりや「けんかをやめて」より引用)
と歌い出して、もはや俺と謎の誰かの喧嘩を嫁が止めに入っているような謎の構図になり、よくわからなくなったので、今回は義母の喧嘩中のテーマソングのおかげで引き分けに終わった。というかうやむやにされた。
「今日は友達と話すんだ」
そう言って嫁がオンライン通話の支度をしていた。
「誰?」
「ひまりちゃん」
「昔モデルしてたっていう?」
「そうそう。超可愛いの。よくパソコンでドラマとか見るけど、ドラマで出てる人より可愛いから、オンラインで喋ってると時々脳がバグる。よくメッセージでLINEはするけど、オンラインで顔見て話すのは超久々だから楽しみ!」
そういってルンルンしている。よかったな。
嫁が自室に引きこもってしばらくしてから、俺は自分の部屋に行こうと廊下を通った時、その言葉は聞こえた。
「ミッションコンプリーート!」
大きな声で嫁がそう言っていた。なんだミッションって。そう思いながらも、その後は何も聞こえなくなったので、俺はそのまま自室へと向かった。




