93『ニューヨークダンジョン』
ニューヨークダンジョンに入ってすぐに、日本から持ってきたり現地で購入した食料や水などの荷物を《幻界収蔵》に詰め込んだ。
攻略の歴史が長くてすでに多くのボスが倒されているこのダンジョンは、現在は地下50階層のボスまでは倒されていた。
そして60階層にいるという複数の頭を持つドラゴン(ティアマットとかヒドラとか八岐大蛇とかキングギドラとかそんな感じなのだろう)が未討伐状態らしい。
階段を先頭で降りる五郎が、すぐ後ろの雪奈に話しかける。
「60階層か……深いな。だけどあんたの理想は新記録達成じゃないんだろ?」
「うん。できれば最下層に到達したいの。研究者は巨石のサイズから60から70階層のどこかが最下層だって推測してるみたいだけど」
地下60階層というのはベテランの五郎と雪奈でも経験がなかった。そもそもそこまで深いダンジョンというのは世界中でも限られている。
10階層潜るのに丸1日使うとして6日目に59階層まで到達して体力回復し、7日目に60階層のティアマットと戦う……という予定だ。
これまでは60階層ボスを倒してすぐに帰路についたとしても、そこに辿り着くまでにかかったのと同じくらいの日数がダンジョンから出るのに必要だった。
だが俺たちには久留里が新しく覚醒した「転移魔法」がある。
日本から出国する前に西新宿から近いダンジョンでテストもしているので、問題なく使えることは確認済みだ。
「私は治癒士だけどー、転移魔法と羅針盤係の踏破管理者でもあるから! みんなルートで困ったことがあったら相談してねー!」
「その羅針盤の針は階段の方向は教えてくれるけど、壁とか迷路とか無視しちゃうから、そんなに役には立たないんだよな。それにこのダンジョンは分岐や行き止まりもあるけど基本一本道だし……必要なのだろうか」
「こんなに可愛いデザインしてるんだし、絶対にこれが役に立つときもあるから!」
可愛いデザインと役に立つが久留里の頭の中でどうつながっているのかは謎だが、久留里の指示に従いながら我々は下の階層へと進んでいった。
ニューヨークダンジョンは鍾乳洞タイプで、探窟家を迷わすというよりも、だんだん強くなっていくモンスターと戦わされる造りだった。
モンスターたちとのバトルの流れはパターン化している。
まず、《千里眼》で遠くにいる敵を発見した真希が矢を射る(無言で急にやるとビックリするから一声かけてほしい)。そして五郎と雪奈が前に出て剣で戦う。
雪奈は敵から認識されづらくなる《霧中歩行》を持っているので、前衛で、かつモンスターへ与えるダメージ量が多い五郎が比較的ヘイトを集めやすく、久留里は五郎に回復魔法をかけることが多い。
俺はパーティーの最後尾で背後からの攻撃への対応と全体への指揮を行う。
鯨山さんは……応援係だ!
そしてニューヨークダンジョンに潜ってから6−7時間くらいで地下10階層のフロアに到達した。
10の倍数階層は過去にボスモンスターがいたフロアで、討伐済の階層は野営用の安全なフロアとなっている。それは富士山ダンジョンと似ていた。
俺たちが地下10階層フロアにつながる階段から出てくると、そこで休んでいた五人の男たちが一斉に立ち上がって、剣を構えた。
「あれは……俺たちより1時間前に潜った「ダンジョン・アベンジャーズ」か。俺たちのことを知らないから思いっきり警戒されてるな」
「勇人くん、私が説明してくるね」
雪奈はひとりで「ダンジョン・アベンジャーズ」の元に向かった。
彼らは雪奈のことを知っていたようですぐに剣を下ろして、俺たちが敵ではないと理解してくれたようだ。
西新宿ギルドは《幻界収蔵》から食材を出して夕飯の準備をはじめた。
今夜の調理担当は五郎だ。
アメリカなんだからハンバーガーを作らねばという謎の情熱に燃えた彼は、楽しいニューヨーク観光もしないで肉やバンズを買いに出ていた。
五郎はフライ返しでハンバーグをひっくり返し、バンズに軽い焦げ目をつける。炭に肉の脂が落ちるたびにジュワっと音がして食欲をそそる匂いが漂う。
マッチョで髭面の五郎はハンバーガー屋が天職なのではと思うほど、その調理姿が似合っていた。
「ダディ、クール!」って感じだ。
俺たちの調理の様子を見た「ダンジョン・アベンジャーズ」の連中は驚きを隠せない様子だ。
そりゃダンジョンの中でハンバーガーを作るやつになんて出会ったことはないよな。
彼らはビニールパックに入っているドロドロしたものをストローで吸い、缶詰を食べているようだ。
アメリカのギルドではNASAの宇宙食や米軍のレーションを応用した「ダンジョンフード」が主流だと、バンズに肉を挟みながら五郎が説明をした。
俺たちはパティが2枚でその上でチーズが溶けている「五郎チーズバーガー」にかぶりついた。
「う、うまっ! すげえうまいぞ! だけどヘルシー志向で栄養バランス重視の真希はこのハンバーガーってありなのか?」
「適当にしか思えない大雑把な味付け、ギルティなチーズの量、口も手もベトつくオイリーさ……こんな“足し算”だけで作られている料理は私には作れない……そしてとても美味しい……」もぐもぐ
「付け合わせのベーコン入りマッシュポトテも用意してあるからよ。ハンバーガーも追加で作ってるからどんどん食ってくれ!」
うちのパーティーは女性が多いということなど考えないで五郎は大量に作っていた。
さすがにこのハンバーガーは俺でも1個で満足だ。
久留里がお盆に、新しく出来上がったハンバーガーを乗せていく。
「余っちゃいそうだし、あの人たちにこれあげてくるねー!」
久留里は「ダンジョン・アベンジャーズ」のところにハンバーガーを持っていった。歓声のような声が聞こえる。
彼らがこっちに向かって手を振ってきたので、俺たちも手を振り返した。
次回
エピソード94『パスタを茹でる水がない』




