148『サイン会』
弁当を食べ終わったあと、真希は静かに文庫本を読みはじめた。
俺はオフィスを出て新宿駅の近くにある大型書店に向かった。
文字を読むといえばネットでばかりで、ひさしぶりに俺も紙の本で読書をするかな、と真希を見て思ったからだ。
そしていざ書店に入ってはみたが、どんな本を買おうか迷っている。
やっぱり、小説だよな。
話題の新作にするか、タイトルは知っているけど読んだことのない名作にするか。
プロジェクト・ヘイル……なんだっけな、真希が面白いって言ってた気がするし、それにしようかな?
そんな感じで書店内をブラブラしていると一冊の本が目に入り、思わず二度見した。
『ギルド稼業の闇・魔王と魔王軍の真実』
……ちょっと待てぃ、なんぞこれぇ!
俺はその本を手に取った。
帯に書かれている文字を見る限り、あきらかに俺や西新宿ギルドについて書かれているらしかった。
こんな本が勝手に出版されてたのか? 連絡なんてなかったぞ。
パラパラとめくって中身を読む。
うん、ひどい。
ちょっと見ただけでも妄想7割、ネットからの転載2割、真実1割で作られているというのがすぐにわかった。
抗議したり、発売禁止を訴えたりした方がいいのだろうか。
……だけどそういうことをすると「そんなに都合が悪いのか?」って却って売れたりするって聞いたこともある。たしか「ストライサンド効果」とかいうやつだ。
その本の近くには同じように神威連合の考察本も積まれていた。
俺は……そうか、そういうものなのか、とそのコーナーから離れた。
別の階に移動すると何やら長蛇の列ができていて、その列の先は人だかりになっていた。気になった俺は並んでいる20歳くらいの青年に声をかけた。
「ちょっといい? これって何の列なの?」
「雪奈さんの写真集発売記念サイン会の順番待ちです。ダンジョンマスターの三法師雪奈さんってご存知ですか?」
「え? 雪奈? ああ……まあ……」
「僕は生雪奈さんに会いたくてわざわざ北海道から来たんですよ」
青年の瞳は雪まつりの雪像みたいに、きらきらと輝いていた。
雪奈のサイン会か……もし目が合ったりしたらなんか気まずいので俺は逃げるようにさっきの階に戻った。
本探しを再開していると、さっきの青年が写真集を抱えながらやってきた。
幸せそうな笑顔をしている。
「握手までしてもらっちゃいました……はぁ、雪奈さんは強くて、綺麗で、優しくて……今回の写真集も最高です」
青年は写真集をめくって中身を見せてきた。
それはどこか外国のような景色の中で風に髪をなびかせている写真だったり、ケーキを頬張っている連続写真だったり……そして水着姿の写真もあった。
俺は雪奈の写真集はあえて見ないようにしていたので今回はじめて見たのだが、その姿は自分の知っている雪奈とはまた違った印象だった。
しかし雪奈ファンを増やしたいだけなのだとは思うけど、初対面の人間に写真集を見せるのもどうかと思うぞ、青年。
「でも雪奈さん、写真集はこれで最後っぽいこと言ってるんですよ。寂しいなぁ、まさか結婚とか……」
そうなのか。
まあ、芸能活動は彼女の本業ではないしな。
結局その日は本は買わずにオフィスに戻り、そして翌日。
俺はルーシェルとハチ公の鞍について相談していた。
やはり鞍があったほうが背中に乗りやすくなるようだ。
「よし、じゃあ鞍の材料にするモンスターの死骸を“ハズレ穴”に探しにいこう。本人がこないとぴったりのサイズは作れないから、ルーシェルも来てくれ」
「はい!」
「……勇人くん、お願いがあるんだけど」
知らぬ間にオフィスにきていた雪奈が俺とルーシェルのところにきた。
俺は目の前の雪奈を見て固まってしまった。
なんだか妙にドキドキしている。
昨日の写真集の印象が、とくに水着姿がまだ頭に残っているのかもしれない。
「どうしたの?」
「いや……なんでも……ないです」
なんか変な感じになっていたのだろうか、まったくイイ歳してなさけない……。
すると雪奈は雪奈で、少しモジモジした変な感じで言った。
「それでね、お願いなんだけど……私も“魔王軍装備”が欲しいなって……」




