102 230年の修行~澄狐編~
澄狐が東門に到達する。
東門の周囲はなぜかしんと静まり返っている。
しかし、地面が土というのはいいものである。
コンクリートで舗装された道や石畳の道。
様々な道を歩いたが、土でできた踏み固められた道というのは非常に良いものである。
日常では澄狐は靴を履いて歩くが、戦闘時の戦闘服としては合気道袴を愛用している。
前衛として活動するのであれば軽鎧などの選択肢もあるのだが、それは自分自身のアイデンティティーを失ううような気がして
特注でそれなりの防御力のある合気道袴を着ている。
合気道は本来室内で行う競技の為、裸足であることが多いが外を歩く場合はそうもいかない。
そうなると袴に合う具足としては足袋という事になる。
足袋は靴よりクッション性がないが、しっかりと地面を踏みしめている感覚がある。
だからこその土の地面というのは嬉しいものだった。
そんな中、一つの声が聞こえる。
「ふむ。水の気か。悪くはないのう。」
「誰じゃ?」
澄狐がそう問いかけると霧の中からカチャカチャと鎧が音を立てて一人の巨大な武人が姿を現す。
「ふむ。青龍ではないようじゃのう。」
「儂は六合《りくごう》じゃ。東は儂の方角じゃ。占事略決にもそう書いておろう。」
そういうと、その巨体に似合わず人懐っこい丸顔でにっこりと微笑みながら朗らかに話をする。
「あいにくワシはそこまで陰陽道には精通しておらん。」
「なんだ、そうなのか。」
そういうと六合は少し残念そうな顔をする。
「ワシらはただの依り代なんじゃろう。トップに立ってる奴が陰陽道のオタクなんじゃよ。で、青龍はどこなんじゃ?」
「青龍は北東じゃな。東の守護者でもあるんじゃが素直に東の門に来られると儂が出てくるしかない。」
「そういうものなのか。」
「ひょっとして陰の十二月将《じゅうにげっしょう》も知らんのか?」
驚いた顔で六合は澄狐へと聞き返す。
「そうか……陰陽道は陰と陽があるからそっちもおるのか。」
「よくないのう。知識を持たずして十二天将に挑むというのは感心せんな。」
六合はがっくりと肩を落として悲しそうに語る。
「どこかの誰かみたいな事を言いおるわい。仕組みがわからなくとも、理由がわからなくとも、強くあれば、勝てばよかろう?」
そういって澄狐はこぶしを握り締めて見せる。
「まぁこうして出会えたのも何かの縁じゃろう。その心意気、承ろう。」
その言葉を合図にするかのように澄狐は一気に六合へと距離を詰めて目に見えぬ速さで無数の拳を叩き込む。
しかし六合は澄狐の全ての拳を手のひらで優しく受け止める。
澄狐の強さの根幹は、一撃の重さでも、瞬発力でもない。
基礎の試練から先に澄狐が行ったのはスロースターターとしての後半の伸び。
特に連続攻撃を徐々に速度を上げていくことである。そもそも合気道における打撃というのは、あくまでも相手を崩すためにある。
決してボクシングの様に一撃必殺を狙ったりするものではない。
手数を増やし、相手の状態を崩し、そして投げを組み入れる。
これこそが澄狐の目指す合気道の完成形なのである。
気で相手を吹っ飛ばすとか、押されても老人がビクともしないとか、合気道は本来そういうものではない。
徐々に速度を上げていく澄狐に対し、六合はその速度について行こうとするが段々と対応が遅れる。
「お、おお!?」
本当にレイコンマ数秒、六合の反応が遅れた瞬間を澄狐は見逃さず右手で六合の手首をつかんでグッと自分の方に引きそのまま手首を中心として六合を一回転させて投げる。
六合は投げからは逃れられないと察知してか、自ら投げに飛び込むような形で地面を自ら転がって受け身を取りダメージを最小限に抑える。
「やりおるのう。しかしだからこそ残念じゃ。」
「ぬ?」
「わかっておるのじゃろう? お主の打撃は速度はあっても威力が足りぬ。お主の投げは美しさはあっても破壊力が足りぬ。合気道そのものの弱点と言っても差し支えぬ。」
「ではこれならばどうかな。」
澄狐は腰を落とし、右手に力を込める。右手には水がまとわりつくように流れ、やがてそれは龍を形どる。
「ほう。青龍の力は宿しているわけか。」
澄狐は六合への距離を一気に縮めて、六合の顎先を狙うように下から打ち上げる。
「『青龍掌!』」
しかし六合の巨体はびくともしない。完全に下から顎を撃ち抜いたのだから、本来の人間であれば脳震盪を起こしてもおかしくない威力で打ち込んでいるのである。
「ふむ。悪くはないが、これが東門に来た最大の理由か。」
「ワシは青龍の力を契約しに来たんじゃよ。」
「知らんのかもしれんが、一応説明しておこう。儂の十二天将としての役割は人の縁を結び、争いごとを丸く収める平和としての神じゃ。こんな戦いは望んでおらん。」
「ではさっさとどいてもらいたいものじゃな。」
「問おう、平和とはなんじゃ?」
「何もない事……じゃろうか。」
「違う。平和とは状態を指す言葉。戦争とは手段、戦争の反対語は話し合いじゃ。言葉を交わしてそれでも尚、分かり合えぬ時に戦争は起こるのじゃ。お主はなぜ、力を欲する?」
「拳は会話じゃ。対話じゃ。どこぞの陰陽師は言葉を紡ぐというがな、ワシは拳を合わせた者や背中を任せる者しか信用せん。」
「それはまた豪気な……。」
「だからこそ力を欲する。力なきものに平和は守れぬ。」
「ふむ……。筋は通っておる。しかし今のままではとても青龍との契約などできはせんぞ?」
「どうすればよい?」
「儂が其方の修行を手伝おう。名は何という?」
「澄狐《すみこ》じゃ。」
「よし、澄狐。まずは青龍との契約の前に勾陳《こうちん》と戦えるようになることじゃ。」
「また知らん奴の名前が出てきたのう。」
「勾陳は強いぞ。なにせ東の凶将じゃ、金色の蛇の姿をしておる。こやつに勝てねば青龍がお主を認めることなどないであろうな。」
「そうか。まだワシは強くなれるのか。」
「乾坤一擲。水の力は全てを貫く。お主の一撃は、いずれ全てを貫ける。」
「それを聞いて安心した。最近、力不足をひしひしを感じておったからのう。」
澄狐は自分の右手に視線を落とし、ぐっぱぐっぱと掌を開いたり閉じたりして最後に力強く拳を握る。
結局色々な武器は試した。手工を付けたり、俗的なものでいえばメリケンサックも使ってみた。
それでも澄狐は自身の満足いく攻撃力は得られなかった。
何が足りないのかがわからない。どこぞの馬鹿と違ってレベルはそれなりにあげている。
それでも、誠の一撃の重さに比べると自身の拳は非力だと思っていた。
そう思って手数で勝負ができるようにスタミナを強化して、絶え間ない弾幕というのも試してみた。
しかし今回のような、六合のような圧倒的強者の前ではそれも歯が立たないことがわかった。
『何を』ではない、『全て』のパワーアップが必要だという事は澄狐自身が一番わかっていた事だった。




