第100話 重く考えるべきだった
犯人の名前を聞いて、堂宮刑事と越川刑事は驚愕していた。だが、彼らも思うところがあったようで、すぐに俺のお願いを聞いてくれた。正直、警察がここまで動いてくれることに俺は感謝してもしきれなかった。
警察が物証の確認をしている間、俺と椿は堂宮刑事の車で、当初の予定通り紅葉ちゃんや依頼人の朝永さんと泰子ちゃんがいる常盤総合病院に向かった。
紅葉ちゃんは四人掛けの病室にいた。
「紅葉、調子はどう? 寂しくなかった?」
俺が椅子とお菓子を準備する間、椿は妹に優しく語りかけていた。
「大丈夫。だいぶ落ち着いてきたみたいだし、わたし、ひとりでも寂しくなかったよ?」
紅葉ちゃんの顔色は見るからによくなってきたようで、自然な微笑みを俺たちに向けていた。
「ごめんね、怖い思いをさせてしまって。絶対にもう二度と危険な目には遭わせないから」
「もういいって、お姉ちゃん。白い人たちから避難するときのお姉ちゃん、本当にかっこよかったから」
「……」
椿が何も言わないのでふと彼女の顔を見てみると、顔を赤らめていた。
「あ、あれは、リツのおかげでもあるから……」
「いや、でも運転してたのはお姉ちゃんでしょ? お姉ちゃんがいなかったら、今頃わたしたち、死んじゃってたと思う」
「そうかな……あの時は私も死に物狂いだったと思う」
「すごい冷静だったと思うよ」
「ははは……」
俺も何か、声をかけるべきだろう。実際に椿に助けられたんだから。
俺も椿の横に立つと、紅葉ちゃんの言葉を補足するように口を開いた。
「そうだぜ? “生きて帰りましょう” って椿の発言。あれのおかげで俺は我に返ることができたんだからさ」
白装束に包囲された時の緊迫感が脳裏によみがえる。本当に終わったかと思ったが、椿が冷静に力強く、俺を進むべき道に戻してくれた。
「俺から見てもかっこよかったと思う」
「もう、リツまで……」
顔を赤くしながら椿は視線をそらした。俺も紅葉ちゃんも思わず噴き出してしまった。
「なによー二人とも……」
はじめは恥ずかしくて紅潮していた椿も、次第に笑顔になって最終的には俺たちと一緒に笑っていた。
少し場が落ち着いた後、椿は紅葉ちゃんのタオルとシーツを交換しながら、紅葉ちゃんに話しかけた。
「ねえ、泰子ちゃんのこと何か聞いてない? 私たち、お見舞いに行きたいんだけど」
「ん……わたしと泰子ちゃん、別々の部屋になっちゃったから……」
紅葉ちゃんはほぼこの病室から出ていない。紅葉ちゃんが小さくなっていることを知っている人は限られていて、父親の柳さんは椿の許可がなければ会いに行けないし、お見舞いに来る人もいなかった。
「あ、でも昨日の夕方、暇だったからテレビとか、本棚が置いてある場所に行ったの。その時に泰子ちゃんが電話をかけていてね」
「電話?」
「家族の人と、電話してたのかしら」
「部屋はわかる?」
俺と椿は紅葉ちゃんとともに泰子ちゃんが入院している病室に向かった。
泰子ちゃんの部屋は個室になっていた。
【越智 泰子】とネームプレートが貼られた部屋の戸をノックする。
「泰子ちゃん、いる? 探偵事務所の神原です」
椿の呼びかけに対し、部屋からは反応がない。俺と椿は顔を見合わせると、そっと戸を開けた。
しかし……。
真っ暗な部屋の電気をつけると、内部には誰もいなかった。ベッドのシーツがきれいに畳まれ、コップなどの食器も片付けられているのか、枕元にはなかった。まるで初めから、誰もいなかったかのようだ。
「あれ……どうして? まだ、退院はしていないはずなのに」
椿の驚きに俺も同感だった。ネームプレートはまだ外されていないし……。
「あら……、お出かけかしらね、泰子ちゃん」
背後から声がするので振り向くと、女性の看護師さんが代えのシーツを持って後ろに立っていた。
「でも困るわ。お出かけならひとこと言ってほしいのに」
「……泰子ちゃん、大丈夫なんですか?」
椿は自分たちと泰子ちゃんの関係を看護師さんに話した。
「ええ、まあ……。でも、勝手な行動は困るわ。親御さんに連絡入れたいけど、そもそも誰もお見舞いに来ないのよね」
「お見舞いに来ない?」
俺と椿は顔を見合わせた。
「泰子ちゃんの両親やご家族が誰一人お見舞いに来ないのよ。実家の連絡先もわからないし、困ったものだわ」
「でも、一応この病院には親戚の朝永さんも入院していると思うんですけど……。もう、一般病棟に移ったんですよね」
「その朝永さんとも連絡がつかないの。彼がいないから、ご家族に連絡したかったんだけど……」
朝永さんもいない!?
看護師さんによると朝永さんも用があるとのことで外出したらしい。
俺はものすごく嫌な予感がした。
家族がいない……。
泰子ちゃんと一緒にいた朝永さんは、泰子ちゃんの両親は海外にいるとか話していたが……実家の連絡先もわからない。
だが……これまでのことを突き合わせると、その情報すら信憑性が怪しくなってくる。
自然と、体が動き出しそうになる。
「リツ、待って」
椿の声がする。
振り向くと、椿が深刻な面持ちで俺を見ていた。
「どうしたの? 泰子ちゃんの家族のことでもやもやしてるの?」
「椿……」
椿は俺の直感がわかっていたようだ。
俺は驚いてしまった。
「ああ。泰子ちゃんの家族や親族から、捜索願は出されていないって堂宮刑事が言ってただろ。このことをもっと重く考えるべきだったんだ」
「重く考えるべきって?」
「あの二人には身内がいないんだ。でも、俺の推測が正しければ、話の筋は通る」
「推測って何なの?」
考えることは一つ。
俺はある人物について、ある仮説を立てていた。その人物は、おそらく……。
椿にそっと耳打ちすると、彼女は目を見開いてうなずいた。
「……そうよね。それなら、一連の犯行に白装束の連中が関わった理由がわかるわ」
「ああ……急がないと、時間が間に合わない! 堂宮刑事に連絡しよう」




