第65話 草原と少女の物語
「よくやった」
晴天に照らされた草原で絵を描いていたシャロンはやってきたライザーハンを見る。
「何の話しかさっぱりだよ?」
「らしくもない謙遜をするな。ディザロアから全部聞いたぞ。お前が阿呆やった事もな」
誇らしく笑う祖父に対しシャロンは手放しで喜べる様ではない。
「沢山死んだし、大地も傷ついた」
ファウストが言っていた。
戦争に勝ちも負けもない。誰かにとって大切な人が死ぬ、戦争という行為事態が間違いなのだと。
「ボクだけじゃ、この草原は護れなかった」
「当然の事を悟ったように言うな」
ライザーハンは筆を止めたシャロンの隣へ腰を下ろす。
「この国は平和だ。大きな争いは起こらないし、起こりようもない」
「うん」
「だから、『ルルベルの釜』はここになければならなかった。いつの日か『歪の魔王』も争う気が起こらぬと信じてな」
かつての敵に対し祖父は変わった世界を見て欲しかったと語る。
「『歪の魔王』は『ルルベルの釜』だけを見ていた。ヤツと釜にどんな関わりがあったのかはわからんがな」
「意外と優しいんだね」
「たわけが。ワシは昔から優しいわい!」
孫との会話を楽しむようにライザーハンは笑った。
「お祖父ちゃん」
「なんだ?」
「ボクは『竜の魔王』を継ぐよ」
「ほう」
「でも今じゃない。いろんなものを見て、関わって、触れて、感じて、それで唯一無二の『魔王』になる」
「カッカッカ。ようやく、ガキが大人になったか」
ライザーハンの言葉にシャロンは反論しなかった。
お祖父ちゃんの言うとおり、ボクは子供だったから。でもこれからは違う。
「それより、チャンに聞いたけど『天空都市』に行ったって?」
「まぁな」
「クラウディア、元気そうだった?」
シャロンの言葉にライザーハンは微妙な表情で腕を組む。
「同情の余地はあったが、それとこれは話が別だ。きっちり、スジは通して貰った」
「何を貰ったの?」
「『竜族』の飛行権利を永遠のモノとした。まぁ、あのガキとしても、それどころじゃないと言うことだ。それよりも、お前はクラウンの事を知っていたのか?」
「……アースさんから聞いてたよ。けど、話すまもなく彼女は虚無で自問自答を始めたから、200年前から会ってないかな」
当時『雲の魔王』との戦争があった時、シャロンは『砂の魔王』に依頼されて『砂の国』の絵を描いて回っていた。
戦争があったと知ったのは全てが終わってからである。
「ボクも一度、正面から彼女と話をしてみるよ」
「外野がとやかく言う事ではない気もするがのう。まぁ、同世代同士上手くやれい」
「ボクはお祖父ちゃんはクラウディアの事嫌いだと思ってたよ」
「『魔王』して見ればヤツの考えは理解できん。だが、先々代からの付き合いは蔑ろには出来んからのう」
魔王が各々で掲げる“信念”は他には理解しがたい。
「それより、今は何を描いておる?」
「草原と口の悪い女の子」
「なんだそりゃ」
怪訝そうにする祖父にシャロンは笑って、
「お祖父ちゃん。新しい草原の物語があるんだけど聞いてくれる?」
シャロンは草原を流れる風と共に祖父へ『草原と少女の物語』を語り出した。
ルルベルは道の端で死にかけていた。消耗に次ぐ消耗で意識も殆んど無い。
道行く人々も彼女など全く視界に入らない様子で通りすぎていく。
「ルルベル」
雑踏の中、立ち止まって彼女に話しかける女性がいた。
「アーフィア……」
「長い間、よく頑張ったわね。行きましょう」
「うん……」
痩せ細ったルルベルの手を取り、アーフィアは彼女を背負って歩き出す。
『歪の魔王』が『ルルベルの釜』を使う為の条件。死した後にルルベルと共に亜空間を彷徨う事だった。
「アーフィア」
「何?」
「アーフィアは何か話をしてくれる?」
「うーん。そうね……じゃあ、『草原と竜』の物語はどうかしら?」
「……それってアーフィアが悪者?」
「そうよ。でも、悪い最期では無かったわ」
そしてアーフィアは語り出す。
一万年前から意思を継ぐ草原の物語を――
一年に一度の『サハン城』の清掃は恒例行事となっている。
希望者が多い為、抽選での選定となる程の人気行事だ。
特に廊下に飾られた絵画は『草原の国』で起こった大事を記録している事もあり、一種の美術館としても評価が高い。
その廊下に一枚の絵画が追加されているのを清掃者たちは発見した。
『噴火と戦う二体のドラゴン』の絵の隣に張られた絵を見て、誰もが何の事だろうと首をかしげる。
しかし、参加していたあ一人の遊牧の一族がそれを見て、
「ありがとうございます……シャロン様」
それは遊牧の少女が草原で風と共に天を駆けるドラゴンを見上げる絵画。
『少女の夢』
描かれたタイトルに彼――クェンの父は涙を流した。
一章完。次回より二章です。




