第59話 彼も彼女も一人ではなかったから
ファウストは真っ暗な空間を歩いていた。
上も下も右も左もわからない。しかし、確かな確信を持って歩を進める。
周囲に漂う感情。ソレはファウストも経験があったモノだ。
「どうした?」
そして、ファウストは膝を抱えて座る『角優族』の少女を見つけて声をかけた。
「……」
少女は何も言わない。その横にファウストは座った。
「座れるな。地面はちゃんとしてるのな」
「……」
「外はどうなってるかねぇ」
「……」
「命を賭けてるが、まぁソレは誰だって同じか」
「……」
「相変わらず戦争は馴れない。オレの部下は誰一人欠けなかったが、優先順位をつけて目の前で切り捨てたモノは多くあった」
「……」
「子供、老人、投降兵。他の部隊に、時にはムカつく上官とか見捨てたなぁ」
「……」
「それでも……生きてるなら嫌でも明日を迎える。迎えなきゃいけない。まぁ、問題は残ったモノが何だったって話さ」
「……」
「お嬢ちゃんは自分が好きかい?」
「……産まれるべきじゃなかった」
少女は顔を伏せたままそう答える。
ファウストは昔の自分を見ている様に語り出す。
「あるところに一人の兵士がいた。彼は天涯孤独だったが、それでも一人じゃなかった」
その兵士には血の繋がった家族は一人も居なかったが、家族以上の絆で繋がれた者たちがいた。
「しかし、彼は大切な人たちを失った」
彼の大切なモノを奪ったのは、あまりにも漠然としていた為、彼は何のために歩いているのか分からなくなった。
「ちょうど、こんな暗闇の中に一人だけ取り残された感じだった。彼は歩みを止め、何のために自分は生きているのか考えた」
答えは簡単には見つからなかった。
それを危惧した一人の将校が彼を引き取り、居場所を与えた。
「彼の事を気にかけたある人が、彼を一人にすることは危険だと判断し自らの家族のもとへ連れて行った」
将校には娘が居たが、片親と言うことと立場上、家を空けることも多かった為、家族としての触れ合いは殆ど出来なかった。
「彼は一人の少女と出会った。少女も一人で居る事が多かった事もあってか、彼によく話しかけた」
それは本当に他愛もない会話。娘としては父の居ない寂しさを紛らわす為に声をかけたのだろう。
「一人で殻に籠り、自問自答を繰り返す彼に少しずつ少女の言葉が耳に入るようになって行った」
キッカケは何でも良かったのかもしれない。それはとても単純な事だった。
「少女は確かにそこに居る。目に見えて護る事のできる存在。彼は自分が何のために銃を持つのか解った気がした」
誇り、忠誠心、責務。
彼は自分が銃をもつ理由は、そんな漠然としたモノではないと気づいたのだ。
「彼は目に見える命を護るために銃を持つと決めた。そして、“兵士”として確固たる意思を宿した」
それは一人では決して見つけることは出来なかっただろう。
「わたしは……あなたの様にはなれない」
少女は“彼”が誰の事なのかを理解していた。
「前にも言ったが、お前はお前だ」
「わたしは……ずっと一人の方が良い……」
「何でだ?」
「みんな……死んじゃうから」
少女は泣きながら顔を伏せたまま言う。
「わたしは……生きてるだけで皆死んじゃう」
「そんなわけねぇだろ」
「適当な事を言わないで! わたしは……今まで多くを殺して来たんだ! お父さん、お母さん……家族……だから――」
「オレは生きてるぜ?」
その言葉に少女は顔を上げてファウストを見る。
「オレだけじゃない。お前も解ってるハズだ」
「……ダメだ……私が生きていると……皆を」
「死なせるか? んな細かい事をいちいち真に受けるなよ」
「細かい事じゃない!」
「生きてりゃいつか死ぬ。問題は死んだ奴が生きてる奴に何を遺したか、だ」
「何を……遺した……?」
「なぁ、ディザロア。お前が死なせたって言う奴らはお前に怨み辛みを遺したのか?」
思い出されるのは先程に存在を否定された家族達の言葉――ではなく……
“命を無駄にするな”
“お前が弟の娘だからだ”
そして……父と母からは言葉はなかったが最期に生きていた私を見て安堵した表情を――
「ファウスト……」
「あいよ」
次にディザロアの頭をよぎったのは孤島にいる“家族”だった。
「私は……帰りたい。皆の……家族の所に……」
「任せろ。得意分野だ」
ファウストは笑いながら立ち上がりディザロアに手を差しのべる。
ディザロアはその手を取ると少女の姿から今の大人の姿へと戻った。
そして、『呪いの繭』は形を崩す様に消え去る。
「……貴方は強いね」
黒い球体が消えて、迷いの消えたディザロアを見てルルベルは告げる。
「前に経験があっただけだ」
「ファウスト、彼女は?」
「ルルベル嬢だ」
その言葉にディザロアは思わず警戒態勢を取る。
「別に敵じゃない。まぁ、味方でも無いんだろうが」
「……そうか」
「貴女は……それでいいの?」
ルルベルの問いの意味をディザロアは解っていた。
「ああ。私はこれでいい」
「そう……」
すると、ルルベルは異世界とファウストの世界の両方へ通じる二つの出口を開けた。
「わたしは……アーフィアを待つ」
「あ、ちょっと待ってくれ」
去って行こうとするルルベルにディザロアは問う。
「ファウストから聞いた。君は私の『呪魂』を取り除けないか?」
ファウストの首にかけられていた『破壊の呪い』。それを取られたと言うことをディザロアは聞いていた。
「できるよ」
「それじゃあ――」
「でも……貴女は死ぬ。魂を失うから」
ルルベルはディザロアの『呪魂』は彼女の命その物であると告げた。
「そうか。いや、何となく解っていた」
「……貴女は……わからないの?」
「何がだ?」
「……そう……貴女は不自由なのね」
そう言ってルルベルは消え去った。
彼女の言葉の真意を理解する事が出来なかったディザロアであるが、ファウストは何となく察した様に笑う。
「何がおかしい?」
「いや。まぁ、灯台下暗しってヤツなのかもな」
「?」
残された二つの出口を見て、ディザロアは異世界の方へ足を運ぶ。
「ちょい待て」
「何だ?」
ファウストの静止にディザロアは振り向いた。
「お前が捕まってから状況が一変してな。説明をしておこうと思う」
「お前は還るんだろ?」
「まだ部下が戦ってる。それに、オレもやり残した事があるからな」
ファウストはまだ帰るつもりはなかった。
「今、外はどうなってる?」
「戦局は互角か、こっちが優勢になってるハズだ。オレの部下はオレよりも優秀なんでな」
「何が起こったんだか……」
「それは行ってみればわかる。その前にお前に話しておく事がある」
ファウストは戦場で得た情報と自分の観点から戦いの終わりまでを全て構築していた。
「憶測も混じってるが確率は高い。ディザロア、お前次第なんだが……やれそうか?」
「……やれると思う。正直、ソレは盲点だった」
二人は戦いを終わらせる為に異世界へと戻る。




