第48話 『歪の魔王』
「どっちだ?」
ファウストとディザロアにとって、竜の参戦はあまり良い風向きではなかった。
ダーレンこそ逃がしたものの『魔装甲』部隊の全滅とドレイクへの詰み。
戦局は完全に勝勢。しかし、竜はドレイクを救うように場に風を巻き上げたのだ。
拘束していた武器も吹き飛び、ドレイクは『飛行機関』を起動し再び宙に浮く。
「アハハ! まだまだ……これからだよ?」
歓喜の間に冷静さを交ぜたドレイクの笑い声は一筋縄では行きそうにない。
「現金なヤツだな」
とは言っても、竜の参入によってドレイクの確保難易度は上がったと判断せざる得ない。
「……シャロンは失敗したのか?」
ディザロアも身内に手を出す事は流石に抵抗があるようだ。
「……ふーん。そ」
すると、ドレイクは竜と念話をし、何を言われたのか、ゆっくりと上昇していく。
「! 逃げるか!? ドレイク!」
「無理はしないよ♪ ムカつくけど、ソイツとお姉ちゃんを同時に相手は出来ないからね」
「逃がすと――」
まだ射程距離にいる。魔剣を構えるとドレイクを捉え――
「?! ッ!」
竜の風魔法によって場が再び巻き上がる。その隙にドレイクは離脱した。
「また、会いに来るからね♪ お姉ちゃん♪」
ディザロアは着地し、ドレイクを見上げた時には攻撃外の彼方を飛行していた。
『大尉、追えます』
「……いや、理由を聞こう」
現れた竜に対象しなければ、いくら追いかけても妨害される。それに、
「お前はシャロンだろ?」
「なに?!」
『……そうだよ』
ファウストは竜がシャロンであると気づいていた。
「シャロンッ! これはどう言うことだ?!」
巨竜にディザロアは詰め寄り追及する。
ドレイクは『竜の魔王』に直接害を及ぼした張本人だ。それをみすみす見逃すなど――
状況に困惑するディザロアに対してファウストは何処となく察していた。
「……お前の事はよく知らねぇが、事情は互いに違ってたらしいな」
『……ディザロア、ファウスト。僕はドレイクに対して恩があった。それを『義』に基づいて返した』
「だが! ヤツはハン組長を殺しかけた! お前の家族をだぞ?!」
『わかってる。でも、彼女のおかげで色々なことを知れたのも事実なんだ。だから彼女を逃がす『義』は僕の個人的なモノ』
「……それで、その『義』ってのはどこまで有効なんだ?」
ファウストとしてはシャロンとの交戦の有無を確認しなければならない。
『僕の通す『義』は彼女が安全にこの場を離れた事で返した。次に会った時は家族に向けた刃を精算させるよ』
その言葉にファウストは苦笑する。
「大変な生き方だよな。互いによ」
「ファウスト! 呑気な事を言ってる場合か?! お前は――」
『破壊の呪い』はドレイクを確保することでしか解消されない。
『君の呪いは僕からお祖父ちゃんに頼んでおく。少なくとも、人間だった時に君には助けて貰ったから』
「『義』で返してくれるか? それなら、悪くないな」
「……私は納得できん!」
ディザロアだけが今回の目的を逃した形になったのだ。目の前に現れた仇敵は今後に家族に危険が及ぶ可能性からも逃すべきではなかったのだ。
『ドレイクの身元と顔はわかった。次に彼女が北の大陸に現れた時は『竜王会』が総力を上げて捕える。その時に剣を振り下ろす役目は君に譲るよ』
シャロンの提案にディザロアはまだ納得いかない様子だ。
「ディザロア」
「なんだ?!」
「お前の気持ちはわかる。けど、シャロンの提案は一番ヤベー奴からの家族の安全が確約されたようなものだ。悪くないと思うぜ?」
ファウストの言う通り、次にドレイクが北の大陸に入って来た時は完全に終わりだ。
この件に関してはシャロンを通じて『竜王会』が全ての責を負うと言う。
「……わかった」
それでも不服そうなディザロアであるが、これ以上の論争は意味がないと悟ったのだろう。
『それと、二人は急いでこの国を離れた方が良い』
少しばかり急なシャロンの提案にファウストとディザロアは聞き返そうとして――
『大尉。エネルギー反応を検知。亜空間接続装置と同種です』
アリスが答えた。
平原に出現した人の眼のような亜空間は少しずつ大きさを増していた。
その前方に浮かぶのは『ルルベルの釜』。
パズルが解けるように少しずつ開いていく蓋は、この世界のリミットを告げている様に思わせる。
そして、亜空間から“兵士”達が現れ始めた。
それは黒く塗りつぶされたシルエットだけの者たち。
しかし、その手を持つのは銃やロケット砲に、後続から数多の兵器車両も続いてくる。
平原を埋め尽くす程の数が行進していた。
“彼の知識と記憶は素晴らしいわ。これが一万年前だったら……“竜の小僧”に遅れは取らなかった”
それはダーレンの持つ記憶を参考にした兵器と兵士だった。
この世界に最も必要とされているのは『歪』に他ならない。
何故なら“歪”が無ければヒトは“正常”を認識することが出来ないからだ。
故に“歪”こそが世界の正常な形であり、それを世界に知らしめなければならない。だが、その前に……”
自らの肉体を破壊した“竜の小僧”を始末する。
“ライザーハン。『義』に興じ続けなさい。お前の下らぬ思想がこの国を滅ぼすのよ”
その時、魔力反応を感じとる。質は仇敵のモノ。だが、一万年前に感じたモノとは少し違っていた。
“縁者ね……”
『ルルベルの釜』に意識を移していた『歪の魔王』は行進する軍隊の遥か前方の小さな丘に着陸する一対の竜を捉えた。