盤上の駒
「君はいつも僕の期待を裏切る。」
いつもの張り付いたような笑顔が殊更に醜く歪んでいた。
少年から圧を感じる。この小さな体のどこから湧きだしているのか分からない。俺は無理矢理口角を上げているが、圧に押されて今にも表情が崩れてしまいそうだ。
「僕は君に力を与えた。フェンリルと戦った。そこまでは僕の思惑通りだった。でも僕が君に期待したことは記録石をあの国から持ち出すことじゃない。」
冷たい視線。まるで海の底、光の届かない闇を埋め込んだような目。
俺は少年の目を見つめ続ける。俺は武道を経験していたからかどうかは分からないが、いつしか人の目を見れば感情が汲み取れるようになっていた。鮮明に感情が分かるのだ。それがコミュニケーションに生かされたことなんてないのだが。
だが目の前の少年に限っては違う。まるっきり違う。
全く感情が見えてこない。
違和感しかなかった。ここまで誰かの心が読めないということはこれまでに経験したことがないからだ。
本当に少年は俺を見つめて話しているのか?
口調から漂う怒りの感情。それでしか相手の感情を掴むことが出来ない。怒りは友達との口喧嘩のような軽いもののようでもあり、親の仇を取るような殺意にも似ている。喉元にナイフを突き立てられたまま会話しているような感じだ。息が思うように吸えない。
「僕が君に期待したのは、あの国で律義に戦い続けることだ。そうやって平和を、均衡を、保ち続けることだ。戦場を瓦解させることではない。」
「でもお前は世界の平和と言った。俺も世界の平和を目指す。」
俺の考えを真っ向から否定された。
そのことによって俺の中で湧き上がっていた疑問が沸々と湧き上がる。一種の反骨心と言っても良い。
俺は俺の思っていることが間違いだと思ったことは無い。間違いだと気づけば直すので説明もされずに否定されると腹が立つのだ。
だから腹いせと言っては何だが、疑問をぶつけてみることにした。
「お前はフェンリルでは神と崇められているみたいだな。お前は崇めたものに力を与えている。今日その男と軽く戦ってみた。強かった。」
「何が言いたいんだい?」
「お前はなんで他の国にも力を与えているんだ?」
前にも思ったことだ。世界を本当に平和にするためには戦争を終わらせなければならない。過程はどうあれ戦争を終わらせなければ決して平和は訪れない。
この少年がしている行為はそれとは真逆だ。
明らかに戦わせようとしている。言葉と行動がかみ合っていない。
「君たちは盤上の駒なんだ。」
「は?」
話を逸らされたような気がした。いや、会話をしているような気がしない。まるで一方通行。会話のドッジボール。
それに言われた言葉の意味が良く分からない。盤上の駒?俺がか?
「人には人の役割がある。与えられた役目というヤツだ。将棋の歩が真っ直ぐ一歩ずつに進むことしかできないように、君は僕の期待した行為だけすればよかった。そういう意味では君は全くダメだ。盤上の駒を操作しているのはこの僕だ。君に力を与えたのはオスカーの実力を拮抗させるためだ。最近、オスカーの力は落ち気味だった。だから補強させてあげたのさ。」
「それが力を与えた理由か?だったら論外だ。話にならない。お前が言っていることはただの横暴だ。」
「何だと?」
「人間はお前の思い通りには動かない。自分の道を自分で決められるのが人間だ。」
俺は少年に近寄り、見下ろした。少年は圧倒的な存在感で俺を睨みつける。まるで自分が見下ろされているかのような圧迫感に委縮してしまいそうだ。俺は心を奮い立たせて敢然と少年を睨み返した。
「予想外だ。君に力を渡したのは僕の計算違いだった。」
「人間を思い通りにしようと思ったことこそが間違いだ。そこから改めた方が良い。」
「君は口数が少ないけれど余計な事しか話さないな。」
「ああ、よく言われる。」
少年の顔に笑顔はなかった。感情の見えない無表情が残った。笑顔と言う表情のマスクを剥がした。それだけの様にも思えた。俺が言えたことではないがもっとマシな顔をすればいいのに。そんなどうでも良いことを考えながら、少年の語気から漂う怒りに目を逸らす。
心で負けてはいけない。
「君はこれ以上進むな。異分子は早いうちに消しておきたいんだ。それ以上進むなら君を僕の盤上から排除しなくてはならない。」
「それは出来ない相談だ。」
「君に拒否権はない。君に僕の意見を否定する資格はない。資格とはすなわち力だ。君は所詮僕にもらった力を使っているだけに過ぎない。そんな君に僕の言葉は否定できない。」
少年は俺から視線を移す。
映した先に居たのはティファだった。
「やめろ。」
「嫌なら君が止めてごらん。」
少年がゆっくりとティファに近づいていく。そして彼女の頬に手を差し出した。
危機感、この上ない危機感。ゾクゾクとした感じに駆り出されて少年を止めようと手を握った――瞬間に思い出した。
そうだ。
俺は少年に触れられない。
「君と僕とでは次元が違う。」
今の俺では触れることすら出来ないというのか。ティファを守ることも出来ないというのか。
少年が時の止まったティファの頬に手を添える。
「触れるな!!」
「まぁ、そう怖い顔するなよ。」
少年に張り付いたような笑みが戻った。今の俺にはこの笑みが嘲笑の様に見える。これを力の差と呼ぶのかは分からないが圧倒的な力の差を見せつけられたような気がする。
悔しい。
何も出来ない自分に怒りすら覚える。
そっとティファに触れた少年は顔を近づけていく。
ヤツの意図が分かり、この上ない絶望感と焦燥感が同時に襲ってきた。こんな時であっても何も出来ないのか!?
少年の唇がティファに触れる寸前で止まった。
そして俺の方を向き、この上ない憎たらしい笑顔を浮かべていた。こんなにも人をいらだたせる顔を見たのは初めてだった。血液が沸騰するように熱くなり、体中が発火する。頭の中が何も考えられないほど真っ白になり、歯が欠けるほど食いしばる。目を見開きながら敵を直視した。
「君の、その顔が、見たかった!」
「こッのォォド外道がァァァァァッ!!!!」
手を伸ばしても少年の体を通り過ぎるだけだった。
少年はふわりと消え、ティファは元通りに動き出す。
俺はその場に倒れ込み床を涙で濡らしていた。それしかできなかった。
圧 倒 的
触れることが出来ないにも関わらず田熊が敵認定してしまいました。
一体戦えるようになる日は来るのでしょうか。
それと個人的な感想としては脅しがキツ過ぎるんじゃ......感情移入すればするほどキツイっす......




