守った物
「君にチャンスをあげよう。」
「何?」
少年は金色の鍵をブラブラと指で遊ばせながら俺の周りをグルグルと回っている。
背筋の凍るような笑顔だ。
「君、疑問に思ったことは無いか?世界の地形を自由に動かすことが出来る地動石、命を自由に操ることのできる生命石、そして君が持っている記録石。記録石は世界の歴史を見ることが出来る、とされている。」
少年がこちらを振り向く。俺に金の鍵をチラつかせながら。
コイツ、何が言いたい?
「偏りすぎじゃないか?」
「は?」
「性能だよ。歴史を見ることができるだけなんて貧弱すぎやしないか?あまりにも弱すぎる。三人で一人ずつに渡すとしたら明らかなハズレくじだ。」
「そうか?」
「そうだよ。歴史を見ることが出来るというのは本当に出来る事の副産物でしかない。」
「出来る事?」
少年はおもむろに金の鍵を放り投げる。俺は軌道を見極め無駄のない動きで鍵を掴む。
「歴史改変。」
「は?」
「歴史を変えることが出来る。あった事象をなかったことにできるという訳だ。」
一瞬、頭が追い付かなかった。
歴史を変えることが出来る?この鍵があれば?
「ただ、大雑把にしか軌道修正できない。例えばヤト爺との戦いをなかったことには出来るがそれから今までの事象を自分の都合の良いように全て改変することは出来ない。一つを変えた時点で今までのことが全て変わってしまうからだ。」
「あ......」
「ま、せいぜい頑張ってくれよ。」
少年は冷笑を浮かべてこちらを見つめた。
「君には期待しているんだ。」
フッと周りの空気が変わる。
背筋の凍る空気から普段通りの生暖かい空気に変わる。
「どうしたの?」
ティファが俺の顔を見つめながら少し怯えた顔でそう言った。今の俺はどんな顔をしているのだろう。ティファがこんなことをすることは滅多にない。
「いや、何でもない。......いや、ある。」
咄嗟に嘘を吐こうとして、嘘を吐く意味がないことに気が付いた。もしも金の鍵を使うのだとすれば無論ティファにも話さなければならない。
ヤト爺を生き返らせるなら。
「もし、」
「へ?」
「もしも、ヤト爺を生き返らせることが出来るとしたら、どうする?」
俺は返答を待った。
そしてその返答は予想よりも早く、鋭く返ってきた。
パァンッ!
部屋中に乾いた音が響き渡る。
俺の頬が叩かれた音だった。
「冗談でも不謹慎よ。出来ないことは言わないで。」
「説明が足りなかった。俺は歴史を変えることが出来るようになったんだ。」
「......ちゃんと説明して。」
それから俺は先程あったことを説明した。
神様と名乗る少年が現れたこと、金の鍵を渡されたこと、金の鍵を使えば簡易的な歴史改変が出来るということ。
ティファは関心がなさそうにコクリコクリと頷いていた。ただじっと金の鍵から目を離していなかった。
「そう。」
一通り話が終わると目を瞑りながらそう言った。
「......どうする?今の俺なら歴史を変えることが出来る。」
「あんたはどうしたいの?」
「俺は......ヤト爺を救いたい。俺との戦闘をなかったことにしたい。」
「私は反対よ。」
「......どうして。」
「リスクが大きすぎる。」
今はリスクなんて考えている時じゃないだろう!あのヤト爺を生き返らせることが出来るかもしれない!その可能性があるなら試してみたい!
「ヤト爺を生き返らせるためにはこれしかない!もうこの手しか残ってないんだよ!」
「ダメよ。」
「どうして!?」
「ヤト爺が守った物を無駄にしないで。」
ドクンと心臓が跳ねた。
無駄にする?何を言っているんだ?俺はヤト爺を助けると――
「時代を変えたらあんたはどうなるの!?ヤト爺が守ったものはどうなるの!?」
「どうなるって......?」
「戦わなかったら国は助けられたの?暴走したあんたは誰が止めるの?」
「俺が鬼化の能力を取らなくすれば良い!そうすれば戦う必要もない!」
「そうしたらフェンリル国は退けられたの?」
「ヤト爺ならきっと俺が何もしなくてもフェンリルを退けられた!!」
「そのヤト爺は間に合ったの?」
「へ......?」
ティファは一呼吸おいて言った。
「金城から聞いたの。あんたが寝てるときに雑務室で。あんたが足止めしてくれたから魔術師たちがフェンリルの侵略に間に合ったんだって。あんたが居なかったらダメだったかもしれないって。」
「そう......だったのか。」
金城がそんなことを話していただなんて知らなかった。
起きた時に詳しく知っているとは思ったが、金城からそんな話を聞いただなんてことは一言も聞いていない。
「俺から聞いたことは内緒にしてくれって金城に頼まれていたの。」
「......」
「ヤト爺が死ななかったとして、それで他の全員が――あんたが死んでいたなら意味がないの。これが最善だったの。これ以上なんて無いの。あんたが死んだら取り返しなんてつかないの。だから――」
ごくりと唾を飲む。
「ヤト爺の死を......なかったことにしないで。」
息が止まりそうだった。胸が苦しい。
俺の胸の中で熱いものが込み上げた。目や鼻から熱い汁がボタボタと流れ落ちる。
「ヤト爺が死んだのは無駄だったの?ヤト爺が生き返ったとして何も守れなかったら、それこそヤト爺が報われないわ。」
分かっていたことじゃないか。あの日記を読んだ時から、俺は知っている。ヤト爺がどれだけの覚悟をしてきたのかを。どれだけこの少女を守りたかったのかを。
ティファよりも良く知っているはずだった。
口から嗚咽が漏れる。
馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ!!
「ヤト爺の死は無駄じゃない!!国も、傭兵も、お前も守った!!全てを守り抜いて死んだんだ!!!そんなことをなかったことには出来ない!」
ティファが俺の背中をさする。温かい。
このささやかな温もりをヤト爺は守ったんだ。
俺は温もりを感じながら感情を少しずつ心の中に整理しながら納める。背中をさする手がそれを手助けしてくれているように感じた。
スゥーと長く細く息を吐く。熱くなっていた頭を冷静にする。
それと同時に背中をさする手が止まった。
既視感がある。今日二回目の背筋が凍る感じだ。
「結論は出たぞ。」
「で、どうするの?」
俺を真っ直ぐと見つめる少年がいた。
俺は金の鍵を手のひらに乗せて相手に見せつけた。
そして――
「クソ食らえ。」
握りつぶした。無駄な装飾がポロポロと剥げ落ちて床に転げ落ちた。粉々になった鍵を見せつけるように少しずつ床に落とし音を立たせる。
冷笑が歪んだ。
「期待外れだよ。」
「上等だ。」
今ならヤト爺の気持ちが分かる。
この歪んだ顔はこれ以上ないくらい心がスカッとする!
俺はニヤリと笑った。確証はないけれど、この顔は多分、ヤト爺の笑った顔だ。
熱い!熱すぎる!!(語彙力)
このシーン、自分でも好きです。本当の意味でヤト爺の意志を受け継いだシーンです。
覚悟を重ねて色々な物を背負って、そして強くなる。
それがこの物語です。




