『あの日7』
『無駄話はこれくらにしましょうか』
なにが無駄話なんだろうとティナは思った。今の会話が、ティナにとって、とても楽しく有意義な会話だったから…と言うわけではなく。
ティナとセシルとの間に、今更無駄もなにもないだろう、と思ったからである。
ティナは受験生、セシルは試験官。それ以上の関係性はなく、試験が終わった今となってはその関係性すらないと言っていい。ティナはそう考えていたのだ。
「今更無駄もなにもないだろうって顔してますよ」
セシルに、考えを見抜かれていてももう気にならない。
ティナはある種の、自暴自棄になっていた。
「いや、まあ確かにそれはそうなんですけどね」
一人で話し始めるセシル。
「あなたは試験を終え、試験が終わった僕は試験官ではない。でも、だからこそ、話せることもあるんじゃないですか?」
語尾を疑問形にしているという事はティナに返事を期待しているのだろうが…。ティナはそれでも答えない。
それはつまり試験の前に戻るってこと?
と、考えてはしまったが。
「試験の前…。確かにそうですね。そのときのような関係に戻ったんです」
そして、考えてしまった時点で、セシルにはそれが伝わってしまう。
ここまで見透かされると、読心魔法でも使われているんじゃないかと思ってしまう。ティナの魔法瓶の暴発によって、まだ魔法は使えないはずでも。
「戻る訳ないじゃないですか」
急に話し出したティナを見ても、セシルは驚いたりしない。今の話で喋りだすことを予測していた、もしくは誘導した用に思える。
無論、ティナはそのことには気づかない。
「あのとき、あなたと一緒に街を歩けたのは、お互いに相手の事を知らなかったからです。……いえ、あなたは気づいてたんでしょうから、知らなかったのはわたしだけなんでしょうね」
必要以上に、堅い言葉遣いで喋るティナ。
十歳の女の子が、ここまできちんとした話をできることは、ある意味異常だが、ここで大事なのは、ティナが言葉に皮肉を混ぜてきたと言うことである。それほどまでに、自暴自棄になっていると言うことかもしれない。
ーー…………。
それを聞きながらセシルは内心ほくそ笑んでいた。
今がチャンスだ、と。
「確かに、元の関係性には戻れないかもしれません。ティナさんが僕の素性を知ってしまった以上、それは難しいでしょうからね」
セシルはそこで敢えて、ティナが知らなかったと言った。つまりは認めたのだ。セシルは最初からティナの事を知っていたと。
そして認めた上で続ける。
「なら、こう考えられませんか? ティナさんも僕の素性を知って、お互いに相手のことを知った今、新しい関係性を作れるんじゃないでしょうか?」
目の色が変わったと言うのはまさに、こんな感じなんだろうな、と、今のセシルをみたティナは思った。
「新しい関係性?」
セシルの言葉を反復するティナの言葉には、馬鹿にしたような、卑屈な響きを持っていた。
「そうです!」
しかし、セシルはその言葉を聞いても弱気になったりはしない。むしろ、さらに強気になった用に見受けられる。
「ティナさん。あなた自分が試験に落ちたと思っているでしょう?」
「っ!」
ティナは言葉につまった。
それが試験を受けた人に対してする質問かと思って憤った……訳ではなく。
セシルの言い方がまるで自分は本当は受かっていると言っているように聞こえて、そして、そんなことを都合よく考えている自分が恥ずかしくなったのだ。
「まぁ、こんな言い方をしておいてあれですけど、ティナさんは確かに試験には落ちました」
実際にそんなことはなく、セシルはあっさりティナの落選を認める。
それを聞き、がっかりしている自分をまた恥ずかしく感じるティナ。
現実にそんなことがあるわけがないとわかっていても、期待をしてしまう自分がどうしようもなく哀れで惨めに思えた。
しかし、その現実はティナの予想もしていない方向に進んでいた。
「試験には落ちました。しかし、それは安心してください。そもそもあの試験では合格者はでないようになっていますので」
「……えっ?」
その一言で、一瞬、確かに思考に空白が生じた。
ティナの思考が追いつかないまま、セシルは話を進めていく。
「あれは、書類では伝わりづらい仕事、つまりは、芸術家やサーカスの劇団員の人たちなどのための職業試験となっていますよね。けどそれってどう考えてもおかしいでしょ? まぁ確かに実施したばかりの初期の頃はその人たちの職業が、お金を取れるほどのレベルかどうかをみるって目的もあったようですけど、そんなのはそれを観た個人の価値観の問題でしょう? わざわざ試験官が見定めなくても、実際の観客が決めてくれますよ。まぁ、書類審査が通りづらいのは確かに認めます。けど、ある意味仕方ないんですよ。送られてきた書類に芸術家なんて書かれてたら、やっぱり胡散臭いじゃないですか。仕事が認められたら、どんな職業にだって、国からの補助金がでます。でもその補助金だって、ただであげる訳じゃありません。その認められた仕事でしっかり稼いで返していただかないといけないんですよ。でも、芸術家なんて収入が不安定ですよね。本当にそれで稼いで生きていける人なんて極々僅かじゃないですか。そんな人たちに簡単に補助金を渡していたら、国が破綻しますよ。だから、審査が厳しくなるのは仕方ないんです。でも、当然その書類審査で認められなくて、実物を見てないからだって抗議してくる人がいます。その人たちのために仕方なく実技試験を実施していると言う面もあります」
そこで一旦言葉を切り、水を飲むセシル。酒はもう飲み干したようだ。
水を飲み終わるのを見計らってからティナは口を開いた。
「それって用は、『実物を見てやったんだからこれ以上騒ぐなよ』ってことですよね……」
「えぇ、まぁまとめるとそうですね」
ティナの批判めいた言葉にあっさり肯定するセシル。
「そんなのっ!」
その態度に頭にきたティナは、思わず声を荒げてしまう。が、セシルは気にした様子はない。
「まあ、いいじゃないですか。そんなことは。言ったでしょう? そうゆう面もあるって」
「他の意味もあるってことですか?」
言葉からまだ剣呑さがとれていないティナ。
それでもセシルは飄々としたままだ。
「もちろん。と言うよりは今はこっちの方がメインですけどね」
そこで、セシルはティナを視て、
「今の実技試験は、あなたのような人を見つけるためにあるんですよ」
読んでくださってありがとうございます!
お久しぶりです!なんか月1更新が恒例となってしまってますね…。
遅筆でほんとにごめんなさい。
そして、この話で過去話を終わらせるつもりだったのに、結局また延びてしまいました。
次回では本当に過去話が終わると思いますので、気長に待っていただけると幸いです。
では、また次回会いましょう!




