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19:「……あのクソ王子……」

 エレイア王国歴227年、青中ノ25日。

 バンレッシィ侯爵三女チェリエと、ケイス伯爵カロルドの結婚式は、王立教会堂で厳かにそして無事に執り行われた。


 明けて26日。今夜は花嫁家主催の披露宴の日である。

 会場でもある実家に着いてすぐ、新郎新婦と挨拶を交わしたアロンディーン伯爵夫人ユリエは、末妹の晴れ姿に目を細めながらも、同情していた。

 かつて自分も、結婚式の時にはあんな顔をしていたのだろうかと、入れ替わり立ち替わり現れる来客らに対し、緊張で表情も動作もこわばっている妹を苦笑いで応援する。とかく結婚式というものは……大変なものだ。

 しかしまあ大変とはいっても、たった三日間の辛抱だ。自分の時は五日間だったから、さらに短い。

 というのも先代国王の倹約奨励政策以来、昔のように何日間も宴会騒ぎを続けるなど、よほどの大貴族もしくは王族でもない限りやりにくい世の中になっていて、今回の式もその傾向にならい三日間なのだ。

 ちなみに、バンレッシィ家は一応上流階級に属しているのでそうでもないが、チェリエが嫁ぐケイス家は、どうもあまり財政状況がよろしくないらしく、ここぞとばかりに結婚披露宴を二日で済ますよう持ちかけてきたそうだ。何ともけちくさい話で、ユリエとしては気に食わなかったが、父も兄もそれにチェリエ自身も、そしてバンレッシィ本家の皆も納得済みのことだ。既に他家に嫁いだ部外者の自分が口を出すべきではあるまいと、自重している。

 それに確かに、数日間にもわたる披露宴は準備やら何やら手間が掛かるし、貴族の中にも敬遠する者は増えつつある。何より雑事を取り仕切る使用人達からは良い意見をほとんど聞かない。未だ実家を取り仕切る老家宰のハインズは、最後の大仕事だと思ったのにと残念そうだったが、ハインズの背後に控える従者達は明らかに喜色を浮かべていたので、そういう時代なのかとも思う。


 それにつけてもこの喜ばしい時間が、何事もなく無事に、そしてとっとと終わることをユリエは願わずにいられなかった。ケイス家が式を短く済ましたいと思う気持ちも、わからないでもない、と妹の顔を見ながら思う。

 母に聞いたのだが、どうやらチェリエは嫁ぎ先の家族、とくに姑になる前ケイス伯爵夫人にいたく気に入られているらしい。あそこのおうちは息子ばかり四人もいるんだけど、だから娘ができて嬉しいらしいわ、と母は言っていた。まあいずれにせよ、姑に気に入られるのはイロイロと都合がよいことだ。


 末の妹チェリエは、普段からニコニコ笑ってばかりの愛らしい少女で、少しそそっかしいところもあるが、人の心を和ませる、家族にとっては守りたい小さな娘だった。けれどさすがの妹も、生涯一度の(二度もあってたまるか)晴れの舞台には極度の緊張を強いられているようで、いつもの朗らかな笑顔はすっかり消え、畏まった表情で来客達の祝福を受けていた。


 そうしていると意外と中の妹に似ている、と長女であるユリエは気付いた。肌の白さや眉の形、瞼を伏せる様子、そして、固く結ばれた薄い唇などはそっくりだった。

 彼女の二人の妹は、髪も瞳の色も身に纏う雰囲気も性格も、何もかも違うので、あまり意識していなかったが、さすがに姉妹、細部は似ているらしい。

 そう思い、ユリエはふとパーティ会場を見回した。今日は午後から立食会型式で宴会が始まって、日が落ちた今はダンスパーティになっている。昨日の婚姻式で中の妹に会ったのが、数年ぶりの再会だったわけだが、話をする時間はなかったので、実は今日はミリエと久しぶりに話せるのが楽しみだったのだ。


 それにしても中の妹は、ある事情からこういった人の多い場所が苦手だったはずだが、姉妹の結婚式なのだからと気を使ったのか、それなりに気合いの入ったドレスを着てきていた。おかげで、少し見回しただけですぐ彼女は見つかった。

 ミリエの着ている深紅のドレスは、不思議なことに、色自体は強烈な存在感を放っているにもかかわらず、花嫁の着ている五色襲に比べればあまり目立ったものではない、という印象を与えた。帯の色の取り合わせや彼女自身の個性もあるだろうが、いずれにせよ名のあるデザイナーと腕の良い職人による作だろう。

 当然、値も張るに違いないそのドレスを、昔から服装に頓着しなかった中の妹がどういうわけで着る気になったのか、少し興味が湧いた。


 食事の並べられたテーブルの一つの側に所在なさげにたたずみながら、それでもミリエの目は妹チェリエを追っていた。相変わらずの無表情ではあったが、きっと妹を祝福しているだろうことは読み取れた。

 だが予想通りというか何というか、彼女の周囲には誰もおらず、何となく不自然な無人の空間ができていた。かと思えば遠目にちらちらと彼女の様子をうかがう者がいる。ユリエはそれを忌々しく眺めた。


 数年前、とある事情と誤解から、ミリエは社交界で『人を呪い殺した魔女』などという中傷を受けた。もちろん真実ではない。だが人の世では真実であるか否かはあまり意味がない。面白いか面白くないか、世の多くの人々の興味関心はそれで決まる。ミリエの話は面白おかしく人々の間で語られ、結果として彼女はバンレッシィ家を出ることになった。


 だがミリエは、どうにかここに戻ってきてくれた。

 無論、あのまま彼女に田舎の寺院で一生を終えさせる気などなかったユリエだったが、それでも、中の妹が自分の意志で戻ってくれたのが、例えようもなく嬉しかった。

 だというのに。

 やはりたかが数年では、人の視線は変えられないようだ。

 招待客と中の妹の間にある微妙な距離が、今の彼女の立場のようで、見ていてユリエは少し苛立った。彼女をあんな微妙な位置に追いやったのは、自分のせいでもあるから。


 ミリエは常人ならざる能力を持っている。


 それが事実であることを、実の姉であるユリエはよく知っている。ばかりか妹の予知能力によって、当時はまだ婚約者であった夫と共に、命の危機を免れたこともある。だが、その事件がきっかけで妹は……あの『やっかいな男』に目を付けられてしまった。


 ぽつねんと果実酒のグラスを傾けるミリエが哀れだったのと、今なら存分に話ができるという思いもあり、知人らの挨拶をかわして彼女のもとへ行こうと体を向けた時だ。

 品の良い礼服を身につけた二人の青年が、ミリエの前に立つのが見えた。


 二人が何か話しかける。それに応えるためか顔を上げたミリエは、ユリエの位置からはちょうど後ろ向きになってしまい、表情は確認できなかったが、まあどうせ傍目には無表情だが相手に気付かれないほど僅かに眉を顰めてるんだろうと予想して、とりあえずミリエの前にいる二人を観察することにした。

 片方は確か某官吏の弟だったか。もう一人は知らないが、おそらくつるんでいる友人か何かだろう。二人とも、顔だけはそこそこな若者だった。おそらく、一夜の恋を求めて紛れ込んだ害虫だろう。

 この国では、結婚式の披露宴というのは、来客が多ければ多いほど縁起が良いとされているから、身分さえ証明されれば招待されていなくても比較的簡単に会場内には入れる。まあ王族や、もっと上位の貴族ではそうもいかないが、幸いバンレッシィ侯爵もケイス伯爵も、敵を作ることを好まない穏健派だったから、厳重な警備は必要としていない。だからこそ、異性との出会いを求めるああした不埒な輩にも入り込まれてしまうわけだが。


 ミリエは、その黒髪と神秘的な紫眼、そして表情に乏しいことなどから、近寄りがたいという印象を抱かれがちだが、中身は別段気難しいところもない、どちらかといえば素朴な性格の普通の女性である。しかも、男あしらいを覚える前に『やっかいなアレ』に目を付けられ、いろいろあって出家してしまったので、男性には不慣れなはずだった。

 まだ年若く見える青年達は、きっと中の妹にまつわる下世話な噂も知らず、ただ見慣れぬ美しい女だから話しかけたのだろう。そういう意味では歓迎してやりたい気持ちも無くはないが、しかしユリエは、あの手のタイプの若い男(自分の容色や身分に無駄な自信を持ちどんな女でも自由にできると思い込んでいる)が心底嫌いだったので、やはり目障りな虫は叩き潰さねばと、ゆったり笑みを浮かべた。

「ルカ。私ちょっと虫退治してくるわ」

 と、側で知人と談笑していた夫に声を掛ければ。

「…えっ?何だって?虫?……あぁ、あいつらのことか…」

 突然話しかけられた夫は彼女が扇で示した方向に目をやり、はぁ、と嘆息した。

 知人との会話を切り上げた夫は、近くにいた給仕に空いたグラスを渡し、新しいものを受け取りながら、妻の言葉に答える。

「確か、二人ともジニオン卿のところの見習い騎士だった気がするな…あの年頃の男というやつは考え無しで…ったく」

「そうね。貴方と殿下を思い出すわ。貴方たちったら、ああいうタイプのバカなクソガキだものね。今も昔も」

「……まったく君は……今は違うと、何度言えばわかってくれるんだ?」

「一生言い続けるしかないんじゃない?」

 ユリエの言葉にルカは鼻で笑って肩をすくめた。それにひらりと片手を振って答えて、ユリエは、害虫にまとわりつかれ難儀する妹を救うべく、悠然と一歩を踏み出したのだったが。

「…………ルカ」

「…なんだ。……もしや、君が少し目を離している間に、私がそこらのお嬢さんに気安く声をかけるとでも思っているのかな。…いやはや困った、私は嫉妬深い女は好きじゃn」

 と、やや上機嫌な様子で何か喋っている夫を無視して、ユリエは再び扇で指し示した。

「アレが、なぜ、ここにいるのかしら?」

「……アレ?」

 彼女が指すそちらに再び顔を向けた夫は、次の瞬間、息を呑んで沈黙し、そして…大きな息を吐き出して。

「……あのバカは……」

 と片手を額にあて嘆息する。

「……ルカ、アレの行動は貴方が管理してるんじゃなかったの?」

「だから、それは殿下が未成年の頃の話だと何度も言ってるだろ……今はもう成人されてるし、そもそも既に臣下に降られてる。それに今日は、お互いプライベートだ。殿下の…いや、ゲルンドル侯爵の行動に干渉しなければならない理由もないし…」

「チッ……役立たずが」

「舌打ち!?」

 ちょ、ユリエおま、いや俺だってな、止めたいのはやまやまなんだけど最近アイツ何言っても聞かないんだよホント俺の身にもなってくれよ、とか何とかブツブツ言い訳している夫をやはり完全無視して、ユリエは静かに彼らを眺めやる。

 彼女の視線の先で展開していたのは、ミリエに話しかけていた小物二匹が、『本物の王子様』という名の大物害虫の登場によって、そそくさと退散していくシーンだった。

「……あのクソ王子……」

「ちょっ…ユリエさん!?」

 一応は夫が仕える主に対する妻の、あんまりといえばあんまりなセリフに、思わず昔の呼び方で呼んでしまうルカであった。


 白銀の髪をなでつけた、青い瞳の彼は――ゲルンドル・ドン・レギオ侯爵。

 このエレイア王国の王位継承権第二位の王子にして、王太子の片腕。貴族院王党派の中心人物。夫ルカの直属の上司。そして。

 かつてミリエに求婚した、やっかい極まりない『女たらしのクソ王子』殿下が、再び妹の前に立ち、薄く微笑んでいた。

初登場、ヒロインの姉とその夫。そしてやっと王子様が^q^

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