第65話:リビルド・ザ・ワールド
―カサリ、と静かな音がした。
それは、宇宙の彼方で【星天解体】され、塵となった『外宇宙レギオン・マザー』の破片が、ただの冷たいクズ鉄となって白磁の舗道に落ちた音だった。
見上げる夜空には、もう赤黒い絶望の火花はどこにもない。そこにあるのは、100年の間、誰も見ることができなかった、どこまでも深く、美しい、本物の星空だった。
「終わった……のか……?」
自警団の装甲車から這い出したカイルが、煤まみれの顔でぽつりと呟いた。
シンも、ルカも、誰もが何も言わずにその星空を見上げていた。上層世界も下層世界もない、この星のすべての住人を等しく照らす、本物の宇宙の光を。
その光の真下で、全ての武装と必殺技を解放し、役目を終えた蒼き巨神――『プロトタイプ・ZERO』は、完全にその輝きを失い、静かに沈黙していた。
胸部のハッチが、力なく自重で開き、中からFELIXがJUSCOの小さな身体をしっかりと抱きかかえて、地面へと降りてきた。
「JUSCO……! おい、JUSCO!!」
FELIXの声が、静まり返った街に虚しく響く。
彼の腕の中にいる妹の身体は、今や右半身のほとんどが、そしてその穏やかな顔の半分までもが、冷たい蒼鉛の結晶へと姿を変えていた。ピクリとも動かず、呼吸の脈動すら感じられない。【魂の熔融】による完全な精神のオーバーフロー。
「嘘だろ、おい……。世界を直して、自分が壊れちまうなんて、そんなジャンク屋があるかよ……!」
シンが駆け寄り、結晶化したJUSCOの手を握りしめて拳を震わせた。ルカはただ、きつく唇を噛み締めて涙を流している。
誰もが絶望に沈みかけた、その時だった。
カチリ。
静寂の中、JUSCOの胸の奥から、古い機械が立ち上がるような、小さくて、けれど確かな駆動音が聞こえた。
『――マスター・コード、全タスクの完了を確認。これより、最終リビルド・プロトコルを起動する』
それは、機能を停止したはずのゼロの声だった。どこから響いているのかも分からない。けれど、その声はJUSCOの身体の奥、彼女を蝕んでいたはずの「蒼い結晶」から優しく響いていた。
『我がブレインは、マスターの魂のログを完全に保護した。これより、侵食した結晶細胞を反転させ、彼女の肉体を「人間」へと再構成する。――さあ、目を覚ましてくれ、相棒』
キィィィィィン……。
JUSCOの身体を覆っていた蒼い結晶が、淡い光の粒子となって、サラサラと夜風に解けていく。結晶が消え去った跡には、元の、どこにでもいる15歳のジャンク屋の、温かい生身の肌が戻っていった。
「う、ん……」
長い、長い眠りから覚めるように、JUSCOの長い睫毛が微かに震え、その瞳がゆっくりと開いた。
右も、左も、ちゃんと光が見える。数式の羅列ではない、涙を流して自分を見つめるお兄ちゃんの顔が、ハッキリとそこに映っていた。
「お兄ちゃん……。あ、みんなも……」
「JUSCO……! この、バカ妹が……っ!!」
FELIXが、人目もはばからずに妹を強く、強く抱きしめた。カイルが天を仰いで笑い、シンが男泣きし、ルカがその様子を見て柔らかく微笑む。
「あはば、苦しいよお兄ちゃん。……あ、そうだ、ゼロは?」
JUSCOが視線を巡らせると、目の前に立つ18メートルの巨神の足元、そこに転がっていた古い「スパナ」が、不意にピコピコと愛嬌よく跳ねた。
『ここにいるぞ、マスター。炉のエネルギーを使い果たして、2メートルの等身大に戻るどころか、ただの工具にまで縮んでしまったがね』
スパナから響く相棒の呆れたような電子音声に、JUSCOは思わず吹き出した。
「いいよ。どんなに小さくなったって、ボロボロになったって、私たちが何度でも直してあげる。……だって、私たちはジャンク屋なんだから!」
JUSCOは地面からそのスパナを拾い上げると、大切そうに胸に抱きしめた。
――それから、数ヶ月後。
天井の消え去った第七居住区の、いつものダスティ・ジャンクヤード。
新しく始まった「世界のリビルド」のために、上層も下層も関係なく、たくさんの人々が行き交う賑やかな声が響いている。
「よし、お兄ちゃん! そのシリンダー、こっちに運んで!」
「了解だ、JUSCO。昔みたいに、スパナを滑らせるなよ?」
「もう! 昔のことは言わないでってば!」
ガレージの特等席で、二人の兄妹が泥んこになりながら笑い合っている。そのすぐ隣では、工具箱に収まった一本のスパナが、嬉しそうにコンソールを明滅させていた。
壊れた世界は、今、彼らの手によって、少しずつ、新しく組み立て直されている。
見上げる空には、遮るもののない、どこまでも青い、本当の太陽が輝いていた。
【完】
これにて完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




