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冷たい毒と、確かな熱  作者: karo


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6/6

進む道

ルーラが目を覚ましたのは、それから数時間が経った後だった。


外が騒がしい。

慌ただしい物音と、何かが壊れたような音。

言いようのない胸騒ぎに突き動かされ、彼女は体を起こした。


「……っ」


手首に、微かな痺れが走る。

手首を見れば、薄く痕が残っていた。


けれど、昨日まで全身を支配していたあの「得体の知れない重苦しさ」は、不思議と消えていた。

毒の熱が、皮肉にも彼女の神経を呼び覚ましたのかもしれない。


立ち上がり、一歩を踏み出す。

ふらつく足取りで扉を開け、廊下へと出た。


そこには、人が集まっていた。その中心に、彼が立っていた。


「……カイン」


名を呼ぶと、彼が振り返った。

その顔を見て、ルーラは息を呑む。

冷徹だった彼の顔が、今にも崩れそうなほどに張り詰めていた。


「……ルーラ。なぜ、出てきた」


カインが駆け寄り、彼女の細い肩を抱く。

その視線は、彼女の手首に残る傷跡に釘付けになっていた。


「……守れなかった。俺が、一瞬遅れたばかりに、お前にまで毒の害を……」


絞り出すような、悔恨の声。

その言葉を遮るように、ルーラは静かに首を振った。


「……いいの。この傷のおかげで、目が覚めた気がするから」

「……」

「……思い出したわ」


カインの瞳が、激しく揺れた。


「……全部じゃないけれど。あなたが、あの日も、今日も……私を必死に守ろうとしてくれたこと」


それは、暗闇の中に灯った確かな光。

痺れる手首の痛みさえ、今、自分が生きている証拠のように思えた。


「……それでいいの。十分だわ」


沈黙が流れる。

カインが、ゆっくりと、躊躇うように手を伸ばしてきた。

触れていいのか。傷を負わせた自分に、その資格があるのか。


「……いいよ」


小さく告げると、ようやくその手がルーラの頬に触れた。

温かい。

生きた人間の、確かな熱。


「……これから、どうする?」


掠れた彼の問いに、ルーラは微笑んだ。


「……ゆっくりでいい。思い出すのも、これからのことも。……全部」

「……ああ」


短く、けれど、はっきりと彼は答えた。



風が吹いている。

窓の向こう、庭の木々がさらさらと音を立てて揺れていた。


かつて見たのと同じ景色。

けれど、見える色は前とは全く違っていた。

隣に、自分を信じてくれる誰かがいる。


「……ねえ、カイン」

「……何だ」

「……私、まだ全部を思い出したわけじゃないわ」

「……構わないと言っただろう」

「……でも」


ルーラは、悪戯っぽく少しだけ笑った。


「……思い出せないなら、これから新しく作ればいいわよね?」


カインが、わずかに息を止めた。

それから、手首の傷跡を慈しむように、そっと指でなぞる。


「……ああ。そうだな」


静かに重なる声。

風が二人の間を通り抜けていく。


過去は、完全には戻らない。

肌に残った痕も、消えることはないだろう。


けれど、それでもいい。

その痛みも、傷も、ふたりが共に生き抜いた証なのだから。

ここから、新しい物語が、今始まる。


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