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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山の暮らし §
8/8

牧畜


 夕方、ラタの抱えた大きな魚を見て、カイルは名案を得た。


「足がもう少し良くなったら、俺が釣りに行くよ!」


 名案だと思ったのに、ラタはあっさりと首を振った。


「釣りはしない。大きいのは罠で獲るし、小さいのは手でとる」

「手?」


 カイルは目を丸くする。


「え、素手? 魚って素手で捕まえられるものなの?」


 沢の水がおかしいので、今日は内臓は捨てるらしい。


 獲れたての魚の腹に、刻んだラムソンがぎゅうぎゅうに詰め込まれていく。

 それをさらに葉で包み、暖炉の灰の中で蒸し焼きにする。


 ラタがカイルのために摘んできてくれたラムソンは、火を通すとそのクセの強い匂いを和らげ、代わりに食欲をそそる香りが立った。


「めちゃくちゃ美味い」


 カイルが手放しで褒めるとラタは意外そうに眉を上げた。


「普通の魚だ。

 金持ちは、もっと、なんか、特別な魚を食ってるんじゃないのか」

「いやぁ、魚に特別も何もないよ。肉は、食用に太らせてるのが柔らかくて美味しいけど」


「食用の肉?」


 ラタが不思議そうに聞き返す。

 狩猟と採集に頼っている生活では、牧畜の概念はないのかもしれない。


「家畜っていうんだ。

 牛とか豚を狭く囲って飼って、太らせる」


 上流階級にのみ卸される、高価な肉。

 カイルは特に、ワインソースのかけられたヒレ肉のローストビーフが好きだった。


「……食われるために、閉じ込められて、太らされてる動物?」


 低い声。


 カイルがどんなに迷惑をかけても責めもしなかったラタが、あからさまに顔を顰めた。

 醜悪な生き物を見るような目に、カイルの心臓が跳ねる。


 生き物を、囲い込んで、食べるために産ませ、太らせる。


 カイルが当たり前だと思っていた『技術』の裏側にある事実。

 それが山で生きるラタにどう映るのか。


「いや、その、大事に育ててるんだよ?

 その方が美味しくなるらしくて」


 黙ったままのラタに、何のフォローにもなっていなかったと慌てる。


 一呼吸置いたラタはいつもの淡々とした眼差しに戻っていた。


「金持ちは、食う相手の命もまともに見ないんだな」

「……ごめん」


 しょんぼりと謝るカイルに、ラタは口をへの字にした。


「……何を謝ってるんだ。

 おれは血も臓物も食う。

 おまえは命を見ない。

 気持ち悪いのはおたがいさまだ」

「それは違う!

 ラタが内臓を食べるのは、生きてくためじゃないか。

 気持ち悪くなんか、ない……」


 かと言って、牧畜を非難するには、人の生活はその恩恵を受けすぎている。


 ううぅ、と唸るカイルにラタは、何を困っているのか分からないという顔で首を傾げた。


「違わない。

 おれは金持ちのやり方は好きじゃないけど、その魚にしてみたら、同じ殺されて食われてるだけだ」

「えぇー……? そうなっちゃう……?」


 身も蓋もない言い草に、カイルは反論の言葉を持たない。


「金持ちはたぶん、暇だから、役にも立たないこと考えるんだな」


 その言葉にカイルは俯く。


 ラタの中では、何かを奪わなければ生きていけないことは悩むようなことではないのだ。


 カイルは今まで、どんなに頑張っても後継になれない中で、それなりに真面目に頑張ってきたつもりだった。

 だがラタの強さをみていると、自分のそれなりなど、甘えた金持ちの自己満足のような気がした。




 翌朝。

 山柳の湿布の包帯を外すと、足の腫れははっきりと引いていた。


 ラタが目を見張る。


「ほんとに効いた」

「効くと信じての暴挙じゃなかったのか……」

「よし。今夜もやろう」

「…………やだぁ……」


 聞こえたはずの拒絶をラタは今日も黙殺した。


 昨日の残りの山柳を小分けにしていた手が、ふと止まる。

 何かを考えているように暫く黙り込んだあと、ラタはぽつりと小さな言葉をこぼした。


「……書き付け、読んでみたい……」


 カイルはそれを耳聡く拾って、身を乗り出す。


「えっ? ほんと? 字、覚える?

 教える教える!」


 身を乗り出したカイルにラタが身を引く。


「……なんでおまえが嬉しそうなんだ」

「え、やっと役に立てるの、嬉しいに決まってんじゃん!

 そうじゃなくたって、人が字を覚えていくのなんか、見てるだけでわくわくする」


「わくわく……?」


 少し警戒する声に、カイルは言い足す。


「誰かが、新しいことをできるようになるのって、見てて楽しいだろ?」

「なんで」

「なんでって……」


 理由など考えたことがない。言われてみれば、なぜなのだろう。


 下町の宿屋の少年が算術を理解した時。

 鞄屋の兄ちゃんが初めてひとりで鞄を作りあげた時。

 馬術の苦手な兄が駈歩できるようになった時。

 不器用な妹が刺繍を完成させた時。


 見ていただけのカイルは、一緒になって飛び跳ねていた。


 当たり前のことかと思っていたが、あれはどういう理屈なのだろう。


「……人的リソースが拡張されたことに対するドケチ根性の喜び……?」


 言語化してみたものの、何かしっくりこない。


 ラタは警戒を解かないまま上目遣いにカイルを見ている。


「ドケチの喜び、のところしか分からない」

「よりによってそこだけ拾う?

 あ、それに、ほら、ラタが字が書けたら、俺の代わりに手紙を書いてもらえるだろ」

「……なるほど」

「な! 時間ができたら、いつでも言って」


 カイルは何より、ラタが文字の素晴らしさに目を向けてくれたことが嬉しかった。



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