山柳
夕食の片付けを終えて、包帯を取り替えてもらい、カイルは寝台に戻る。
居候の自分が床で寝ると提案してみたが、「足を治す気がないなら今出ていけ」と却下されたからだ。
ラタが薪を運び入れている横で、ラタの祖父の書き付けを捲る。
扉を閉めて罠の修繕を始めたラタに話しかける。
「これ、面白いよ。植物のこととか色々書いてある。知り合いにこういうの好きな人がいるんだけど、帰ったら教えちゃっても大丈夫?」
「……金持ちが、面白いようなこと?」
「ほら、例えばこれ」
カイルが指差す植物の絵を、ラタが覗き込む。
「イラクサ?」
「若葉。煮れば食える」
続いて隣の絵を指す。
「アザミ」
「根。修道士が高く買う。三本松の沢の崖の下」
「シダ」
「芽。煮て食う。ただし、花の咲いたものはだめ」
「……へえ」
黒い目がぱちぱちと瞬く。
「ヘザー。……『葉を粉にして傷に塗る』?」
「あたり」
「山柳」
「痛み止め、樹皮を削って煮る。ひとくちのみ。もしくは短時間の温湿布」
注釈のように書かれた『激まず。二度と飲みたくない。』の文に、カイルは思わず吹き出す。
必要な情報ばかりの中に書かざるを得なかったのなら、相当不味かったのだろう。
それらの字は決して達筆とは言えないが、簡潔な記載が知性の高さを表していた。
書き付けをじっと見ていたラタが、知らなかった、とぽつりと呟く。
その視線がカイルの足に注がれる。
「…………おまえ、足、まだ痛いだろう」
「え? まあ……」
声音になんだか不穏なものが混じっている。
「試してみたい」
「え?」
「山柳は痛みに効くって書いてあるんだろ? 確かめたい」
「え、……ラタの、初めて作る謎の薬を? 俺で?」
「おれのじゃない。じいちゃんの」
「でも、ここに、激まずって書いて……」
じっとカイルを見つめるラタの目に子どものような光が宿る。
いつもの、生存のためになにかを見定める厳しい目とはまるで違う光。
カイルはこの光を知っている。――これは、『好奇心』だ。
「試してみたい」
カイルはぎゅっと目を閉じ、情けない声で覚悟を決めた。
「……喜んでぇ……」
命の恩人にこんな目をされて、断れるわけがなかった。
次の日、ラタは早速山柳を集めて昼前に戻ってきた。
行動の速さにげんなりする。
くつくつと泡を出す鍋の中を見下ろす。
忙しいラタの代わりに、カイルは自分で薬を作らされていた。
柳の皮が沈み、湯は濃い茶色に変わっている。
においだけで、既に不味い。
「……ほんとに飲むのか、これ……」
床に箒をかけながらラタが木匙を渡してくる。
カイルは恐る恐る舌をつけ、すぐに顔を歪めた。
「……苦……っ」
「舐めるんじゃない。ひとくちだ」
容赦ない指示に、息を止めて飲み下す。
舌が萎みそうなえげつない渋み。
カイルは両手で顔を覆って涙を堪えた。
ラタはその反応を見届けてから鍋を火から下ろす。カイルの包帯を解き、温湿布を当てた。
触られた痛みと、温かな気持ちよさ。
だんだんとその中に刺すような痛みが混じりだす。
「……ラタ、これ、おかしいって。なんかピリピリする」
「そうか」
「いや、いやいや、熱いし、痛い。おかしい」
騒ぐカイルを黙殺して、ラタは患部を数分押さえ続けた。
手当てが終わって、ラタはまた外に出ようとする。
カイルはぐったりと横たわったまま声をかける。
「あ、待って。何か俺に、手伝えることない?」
「……繕いもの、できるか?」
「やったことない」
「じゃあ、ない」
扉が閉まる。
カイルの得意なもの。
馬術、算学、化学、商学、外国語。
何ひとつ、ラタの役にたてそうなものはない。
母から裁縫を習っておけばよかった。
(……しょうがない。
早く治して、家に帰って、後でちゃんとお礼をしよう……)
いつになるか、分からないけれど。





