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一番嫌いで、一番好きな君を救うために、俺は何度でも世界をやり直す  作者: 妙原奇天


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第4話「崩れた放課後」

 放課後の教室は、授業中よりも雑だった。

 机の上に出しっぱなしの教科書。椅子を引く音。誰かの端末から漏れる効果音。窓の外では、学園都市ミレニアの広告ホログラムが夕方仕様に切り替わり、空に薄い光の帯が流れている。

「今日、部活サボってゲーセン行かね?」

 真鍋ハルが言った。

 こいつは昨日も同じことを言ってた気がする。昨日だけじゃない。いつも言ってる。

「お前、部活って存在してたのか」

「してた。俺の心の中に」

「最初から無いのと同義だろ」

 霧島クロノが淡々と切り捨てる。クロノの言葉は刃物みたいに細いのに、よく刺さる。

「うるせえ。天城、どうすんの」

 俺に振るな。

 俺はこの学園に来たばかりの転入組で、まだ「よくいるクラスメイト」の枠に入りきれていない。だから、軽い誘いでも断ると角が立ちそうな気がして、そういう時だけ人の顔色をうかがう。

 面倒だ。

「今日は訓練あるんだろ」

「訓練ね。防災訓練。面倒の化身」

「訓練って言えば許されると思ってるよな」

 真鍋とクロノが言い合って、笑う。教室はいつもどおり、日常の匂いがする。

 その日常の中に、ひとつだけ混ざりきらないものがあった。

 窓際の席。

 神代レナは、黙って鞄の口を閉めていた。

 銀髪が夕焼けにうっすら染まっている。光の当たり方で、髪の色が銀にも水色にも見える。目元はいつもより硬い。笑っていないわけじゃない。そもそも、レナはあまり笑わない。

 ただ、今日は空気が違う。

 昨日からずっと、レナの中に「今ここにいるべきじゃない」みたいな緊張が張りついている。

 理由を聞いても、答えは返ってこないのに。

 校内放送が鳴った。

『本日十六時より、学園敷地内における異能暴走を想定した防災訓練を実施します。生徒は教員の指示に従い、速やかに指定の避難経路へ――』

「またか」

 誰かが言った。

「ほんと、またかだよな」

 別の誰かが続けて、教室に軽い笑いが起きる。教師の決まり文句と同じで、こういうのは反射で出る。誰も真面目に受け取らない。

 俺も、そうだった。

 訓練は訓練だ。やるフリをして、終わったら帰る。そんなものだ。

 なのに、レナだけは、放送の途中から視線を落とした。

 落とした先は、校庭の方角。

 何かを見ているわけじゃない。見えていないはずのものを、見ているみたいな目だ。

「神代」

 俺が小さく呼ぶと、レナは一拍遅れて俺を見た。

「……はい」

「訓練、嫌いなのか」

 馬鹿みたいな質問だった。

 レナのまつげがわずかに揺れた。

「嫌い、ではありません」

 その言い方は、好きでもないってことだ。

 俺はそれ以上踏み込まない。踏み込むと、俺の中の面倒が増える。面倒は嫌いだ。だから、避ける。

 結局、俺はまだ何も知らない側の人間だ。

 俺たちは校庭に整列した。

 夕方の光は斜めで、グラウンドの砂がやけに白い。隊列に並ぶ生徒の端末が一斉に鳴って、訓練用アプリが起動する。空には演習用ドローンが浮かび、一定間隔で光点を散らしている。

 教師は避難ルートを説明していた。声のトーンが、完全に流れ作業だ。

「では、合図と同時に第一避難ポイントへ。走らない。押さない。騒がない。異能使用は許可がある場合のみ――」

 俺は言葉の半分も聞いていなかった。

 聞く必要がないと思っていた。

 ふと、上空のドローンを見上げた瞬間、目が止まった。

 ドローンの腹の一部に、黒いマークが光っている。

 輪郭と紋章。

 白い仮面の中央に刻まれていた、あの形と似ている。

 似ている、じゃない。同じだ。

 背中の皮膚がきゅっと縮んだ。

 昨日の路地裏。黒いローブ。白い仮面。視界を走った砂嵐みたいなノイズ。あれが脳裏で反復する。まるで、同じ映像が何度も再生されるみたいに。

 レナが横にいた。

 俺の視線を追って、ドローンを見て、瞬間的に表情が固まった。

 そして、俺にだけ聞こえるくらい小さな声で言った。

「絶対に単独行動はしないで」

「え」

「絶対に」

 同じ言葉を二回。

 繰り返しの仕方が、お願いじゃない。命令でもない。警告だ。

「何だよ、訓練だろ」

 俺が軽く返すと、レナは言葉を飲み込んだ。

 喉の奥で、音が途切れるのが見えるみたいに。

「……訓練、なら」

 レナはそれ以上言わなかった。

 教師が合図を出した。

「訓練開始!」

 次の瞬間、空が鳴った。

 金属が擦れるような音。低い唸り。ドローンの推進音が一斉に変わる。規則正しく浮いていた光点が、急に乱れた。

 嫌な予感がした。

 嫌な予感がした直後に、地面が熱を持った。

 白い線。

 ビーム。

 ドローンの腹から放たれた光が、校庭の砂を焼いた。焦げた匂いが、鼻の奥に刺さる。耳がキン、と鳴る。

「伏せろ!」

 誰かが叫んだ。

 防御結界が展開されるはずだった。訓練用の薄い結界。だけど、展開が遅い。遅すぎる。光の膜が間に合わず、生徒の列の端が一瞬露出した。

 悲鳴が上がる。

 かすり傷。肩を押さえる奴。頬を手で覆う奴。血の色はあまり見えない。でも、匂いだけは分かる。鉄の匂い。

「落ち着け! 避難ルートへ!」

 教師が声を張る。張るけど、声が震えている。訓練の声じゃない。

 空のドローンが旋回した。

 その腹の画面が一瞬だけ見えた。

 システム画面のはずの場所に、ロゴが貼りついている。

 NE MESIS

 あの間の空白まで、同じ。

 胸の奥が冷たくなった。

 訓練が、訓練じゃない。

 教師たちが生徒を誘導し始める。

「体育館へ! 走れ! いいから走れ!」

「異能の使用は許可する! 防御だけにしろ!」

 叫び声が重なり、足音が地面を叩く。誰かが転び、誰かが引き起こし、誰かが泣く。

 俺は走りながら、レナを探した。

 レナはいる。少し前。避難列の外側に位置取りして、周囲を見ている。守る側の動きだ。迷いがない。

 俺の心臓が早い。

 俺も迷っていられない。迷うと、誰かが死ぬ。死ぬ、という単語が頭に浮かんだ瞬間、胃の奥がきゅっと縮んだ。

 嫌だ。

 その嫌さが、身体を動かす。

 体育館へ向かう通路に入った瞬間、金属の塊が空を切る音がした。

 上から落ちてきたのは、ドローンの残骸だった。制御を失った機体が壁にぶつかり、破片が散っている。火花。焦げた匂いがさらに濃くなる。

 その下に、下級生がいた。

 足がすくんで動けない。顔が真っ白だ。声も出ていない。落ちてくる残骸に気づいていない。

 俺は考える前に走っていた。

「伏せろ!」

 声は自分でも驚くくらい大きかった。

 俺は下級生の肩を掴んで、思い切り突き飛ばした。乱暴だ。でも、間に合わないよりマシだ。

 下級生の身体が転がり、次の瞬間、残骸が通路の床に叩きつけられた。

 衝撃が足裏から上がってくる。金属が潰れる音。熱。空気が揺れる。

 俺の背中に何かが当たった。肩に重い衝撃。

「ぐっ」

 痛い、というより、腕が急に自分のものじゃなくなった感覚が来た。

 右腕が痺れる。指先の感覚が薄い。汗が一気に出る。

 その時、影が落ちた。

 ドローンの残骸の影じゃない。もっと輪郭のはっきりした、人の影。

 通路の奥に立っていたのは、黒いローブと白い仮面。

 昨日、路地裏で見た。

 輪郭と紋章。

 仮面の中央に刻まれたマークが、薄い光を帯びている。視界の端が、ほんの少しだけ砂嵐みたいに滲む。

 男か女か分からない。声も低い。

「また君か」

 その言葉が、俺の背骨を撫でた。

 聞いたことがある気がした。

 聞いたことがないはずなのに。

「誰だよ」

 俺は息を整えようとして、上手くいかなかった。喉が乾く。舌が張りつく。

 仮面が一歩進む。

 ナイフが見えた。刃は短い。短いくせに、光が冷たい。

「君は、いつも同じだ」

 仮面が言う。俺のことを知っている口ぶり。知らないはずの奴が。

「知らねえよ。こっちは初対面だ」

「そう言う」

 仮面の声には、笑いがない。

 次の瞬間、仮面の姿が消えた。

 消えたというより、視界から抜けた。短距離で跳んだ。テレポート。そういう類の異能だと、頭が遅れて理解する。

 遅れて理解するより先に、身体が避けていた。

 ナイフが俺の頬のすぐ横をかすめる。空気が裂ける音。

 俺は反射で後ろに下がり、壁に背をつけた。

 心臓がやたらうるさい。

 仮面がまた消える。

 次は右。

 俺は右腕を上げた。

 上げた瞬間、痛みが遅れて来た。さっきの衝撃で傷ができている。血の感覚は少ない。でも、腕の内側が熱い。

 ナイフの刃が腕を切った。

 深い。

 痛い、というより、腕が落ちたみたいに重い。自分の腕じゃない。

 それでも、身体は止まらない。

 俺は左手で仮面の手首を掴もうとした。

 掴めない。空を掴む。仮面がまた跳んだ。

 背中が冷たくなる。

 次に来るのは、首だ。

 その確信が来た瞬間、俺の身体が勝手に回った。

 ナイフが空を切る。

 ギリギリ。

 ギリギリなのに、なぜ避けられるのか分からない。

 分からないけど、知っている気がする。

 刺されたら死ぬ。

 その感覚が、妙に具体的だ。

 仮面が一歩引いた。

「面白い」

 言葉だけが落ちてくる。

 俺は息を吐こうとしたが、吐けない。呼吸が浅い。胸が固い。

「お前、何が目的だ」

「英雄候補を、起こす」

 仮面が言う。

 英雄候補。

 またその単語だ。

 俺は笑いそうになって、笑えなかった。面白くないのに、笑いが出そうになる。自嘲ってやつだ。

「俺は英雄じゃねえ」

「そう言う」

 また同じ返し。

 仮面が消える。

 次は、足元。

 俺の足元の影が揺れ、黒いローブの裾が床すれすれに現れた。ナイフが下から跳ね上がる。

 俺は跳んだ。

 床を蹴り、壁を蹴り、身体を捻る。

 自分でも何をやっているのか分からない。ただ、避ける。避けるために動く。

 その瞬間、視界の端で下級生がこちらを見ているのが見えた。

 泣きそうな顔。

 逃げろ、と言う暇がない。

 仮面のナイフが、今度は確実に俺の胸を狙ってきた。

 避けきれない。

 そう思った瞬間、空気が裂ける音が違う方向からした。

 金属同士がぶつかる、澄んだ音。

 ナイフの刃が弾かれた。

 仮面が一瞬だけ動きを止める。

 俺の視界に、銀色の線が走った。

 夕焼けの光を切り裂くような、剣の軌跡。

 次の瞬間、レナがそこにいた。

 屋上から飛び降りたみたいに、ありえない角度で着地している。膝を軽く曲げ、衝撃を吸収して、すぐに立ち上がる。髪が遅れて揺れる。空気より一拍遅い揺れ方が、やけに目に残る。

 レナの剣が、仮面のナイフを弾いたまま、次の一撃に繋がる。

 無駄がない。

 綺麗、という言葉で片づけたくない。殺すための動きだ。

「遅い」

 レナが言った。誰に言っているのか分からない。俺か。仮面か。自分か。

 仮面が低く笑った気がした。

「やはり来るか、世界記録者」

 世界記録者。

 その呼び方が、空気を変えた。

 レナの目がわずかに細くなる。

「あなたたちの狙いは分かっています」

 レナの声は冷たい。冷たいのに、底に熱がある。感情を削っているぶん、削りきれない何かが滲む。

 仮面がナイフを構え直した。

 二人が交錯する。

 剣の線。ナイフの点。距離が詰まり、離れ、詰まり、離れる。足場が変わる。視線が変わる。体育館へ向かう通路の狭さが、戦場の枠になる。

 俺は動けなかった。

 右腕が使えない。腕が自分のものじゃないみたいに重い。血が出ているのが遅れて分かる。床に落ちる音は小さい。小さいのに、耳に残る。

 レナが剣を振るうたび、光輪が腰のあたりで薄く揺れる。六枚の輪が、角度を変える。感情で変わる、と誰かが言ったら信じるくらい、揺れ方が違う。

 仮面の動きは速い。テレポートで位置を変え、背後を取ろうとする。けど、レナは迷わない。迷わないというより、知っている動きだ。次にどこへ現れるか、最初から分かっているみたいに剣を置く。

 仮面のナイフが弾かれ、床に火花が散った。

 仮面が一歩引く。

「なら無駄足だったな、世界記録者」

 そう言い残して、仮面は影に溶けた。

 消えた。

 ただ消えたのに、視界の端が一瞬ノイズを走った。砂嵐。耳鳴り。短いのに、嫌に鮮明。

 仮面がいなくなった後の通路は、急に静かだった。

 遠くでまだ悲鳴が聞こえる。教師の怒鳴り声も聞こえる。ドローンの金属音も鳴っている。

 それなのに、ここだけは切り取られたみたいに、空気が止まっている。

 レナが俺を見る。

 視線が俺の右腕の傷に落ちる。

 ほんの少しだけ、まつげが震えた。

「……大丈夫ですか」

 大丈夫じゃない。

 でも、ここで「痛い」と言うのは負けたみたいで嫌だった。変な意地だ。

「大丈夫。死んでない」

 言った瞬間、レナの眉がほんのわずかに動いた。

 怒りか、悲しみか、その両方か。

 レナは下級生の方に視線を向け、短く言う。

「走って。体育館へ」

 下級生が頷き、震える足で走り出す。

 レナは俺の腕を掴もうとして、止めた。

 俺の血がレナにつくのを避けたのかもしれない。あるいは、触れると自分が崩れるのを避けたのかもしれない。

「歩けますか」

「……たぶん」

 俺は壁に手をついて立ち上がる。右腕は動かない。肩から先が別の人間のものみたいだ。

「単独行動はしないでって言っただろ」

 レナの声が少し低い。

「単独行動したつもりはない。たまたま俺がそこにいただけだ」

「それを単独行動と言います」

 正論。

 俺は言い返せない。言い返せないけど、納得できない。

 俺は誰かが死ぬのを見たくないだけだ。

 それでも、レナの言う通り、俺はまた飛び込む。

 考える前に動く。

 やめられない。

 医務室は騒がしかった。

 負傷者が多い。軽い火傷、切り傷、打撲。訓練のはずだった場所で、本物の怪我が積み上がっている。学園の医療スタッフが走り回り、応急処置をしている。

 俺はベッドに座らされ、右腕を固定された。

 包帯が巻かれていく。白い布が血を吸って赤く滲む。視界の端で、その赤がやけに鮮やかに見える。

「深いです」

 医療スタッフが言った。

「骨は大丈夫。ただ、しばらく動かさないで」

「はいはい」

 俺は軽く返して、目を逸らした。

 痛みを見つめると、痛みが増える気がする。

 レナは横に立っていた。

 平静な顔をしている。

 でも、包帯を押さえる指先がわずかに震えていた。

 震えを隠すために、レナは手を強く握り込んだ。

 俺はそれを見てしまう。

 見てしまうと、胸の奥が妙に重くなる。

「さっきのやつ、知り合いか?」

 俺は軽い調子で聞いた。

 軽い調子にしないと、喉が詰まる気がした。

 レナは俺を見て、短く言った。

「敵です」

 それだけ。

 それ以上は出ない。

 俺は笑ってごまかす。

「敵って便利な言葉だよな。全部それで片づく」

「片づけているわけではありません」

「じゃあ、何なんだよ」

 俺が少しだけ声を荒らげると、レナの瞳が揺れた。

 瑠璃色の中の金の輪が、光を拾って、冷たく見えた。

「……あなたが、危ないからです」

 レナの言葉は簡単なのに、妙に重い。

 俺は視線を落とした。

 包帯が巻かれた右腕は、もう自分のものじゃないみたいに感じる。重い。熱い。痛い。

 医務室の空気は乾いている。喉が乾く。水を飲んでも乾く。

 沈黙が落ちた。

 遠くでまた救急搬送のサイレンが聞こえる。学園の中なのに、街の音が近い。ミレニアの夜は、いつもこうやって騒がしい。

 レナが、まっすぐ俺を見た。

「危ない目に遭ったら、全部私がどうにかします」

 宣言だった。

 冗談じゃない顔。

 俺は笑い飛ばそうとして、笑えなかった。

「……騎士みたいだな」

 昨日も言った気がする。俺の口癖になりそうで嫌だ。

 レナは真顔のまま、首を横に振る。

「違います」

「じゃあ、何だよ」

 レナは答えない。

 答えないのに、目だけが言っている。

 守る。

 何があっても守る。

 俺はその目を見て、胸の奥が痛くなった。

 守られるのは嫌いじゃない。

 でも、守られるだけで終わるのは、もっと嫌だ。

 俺は息を吐いた。吐いた息が短い。呼吸が浅い。まだ体のどこかが戦場にいる。

「神代」

 俺は名前を呼んだ。

「はい」

「……さっきの仮面、俺のこと知ってたぞ」

「知っています」

 レナの返事は早かった。

 早すぎた。

 俺の背中が冷たくなる。

「お前も、知ってるのか」

 レナは一瞬だけ視線を落とした。

 落とした先は、俺の包帯。

 まるで、その下にあるものを見たくないみたいに。

「……今は、言えません」

 今は。

 その言い方が、答えだった。

 言える時が来る。

 来るのが怖い。

 俺は笑ってごまかす癖を発動させる。

「じゃあ、言える時になったら言えよ。俺、メモ帳用意しとく」

 真鍋なら笑う。クロノなら皮肉で返す。

 でも、レナは笑わなかった。

 ほんの少しだけ、眉が寄る。

「あなたは、メモしても忘れます」

 レナの声は淡いのに、刺さった。

「何だよそれ」

「そのままの意味です」

 俺は返事ができなかった。

 忘れる。

 俺が。

 何を。

 どうして。

 その問いが口まで上がって、飲み込まれる。

 医務室の蛍光灯が、わずかに瞬いた。

 その瞬きが、さっきのノイズを連想させて、心臓が一度だけ跳ねる。

 レナが言う。

「今日は、もう帰りましょう」

「訓練、終わったのか」

「訓練ではありません」

 言い切った。

 言い切った瞬間、レナの指先の震えがまた見えた。

 俺はそれを見て、分かったふりをするのをやめた。

 分かったふりをしても、何も守れない。

 俺はベッドから立ち上がろうとして、右腕の重さに顔をしかめた。

「……ちょっと、痛いな」

 正直に言ったら、レナの視線がさらに硬くなる。

「だから言ったのに」

 責める声じゃない。

 責めたくない声だった。

 俺は肩をすくめる。

「でもさ」

 俺は言った。

「たぶん俺、また飛び込む」

 言ってしまった。

 言った瞬間、レナの目が揺れる。

 揺れて、でも、逃げない。

「……知っています」

 レナが言った。

 その言い方は、最初から知っていたみたいだった。

 俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。

 夕方の訓練が、放課後を崩した。

 本物の事故が、日常の皮を剥いだ。

 その下に、ネメシスがいた。

 そして、俺の知らない「俺」が、たぶん、もっと前からここにいた。

 医務室の窓の外では、ミレニアの夜が光っていた。

 同じように見える夜。

 でも、同じじゃない夜。

 俺は包帯の巻かれた右腕を見て、短く息を吐いた。

 嫌な予感がする。

 次は、これで済まない。

 そんな予感だけが、妙に確かだった。


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