番外編 在りし日の二人
二人が初めて会った日。クルス視点です。
——人間になったばかりの猫のようだ。
モニカを初めて見た時、クルスはそう思った。
「またいつでも来い。親父と一緒じゃなくても自由に来ていいぞ」
父親にその職場であるフレイマ魔剣工房に連れて行ってもらった日のこと。初めて真正面で見る大きな炉の迫力、その中で燃え盛る魔炎の魔力の渦に見惚れていたら、他の職人に『親方』と呼ばれる人物に話しかけられた。
「はい」
魔剣の鍛錬を体験させてもらい、勧誘の言葉にすぐに頷いた。答えてから社交辞令かもしれないと思ったが、まあ社交辞令だとして今のは真に受けても仕方ないだろうと思い直す。
「もっと大きい工房は他にもあるが……ウチは小さいながらもいいところだと自負している。将来はうちで働かんか?」
「はい」
そういえば最初に話しかけられてから「はい」以外の返事をしてない。可愛げがないと思われてるだろうか。頭の中では色々と考えているのだが、口に出すのはどうも苦手だ。考えているうちにもう次の話題に移ってしまう。
「親方!お嬢にうちのせがれを紹介させてもらってもええですかい?」
「ああ、構わんぞ」
何か言った方がいいかと考えていたところで、休憩に行っていた父が帰ってきた。子供を職場に連れてきて一人でどこかに行くのはどうかと思う。まあ行きたいと言ったのは自分だけど。そんな思いを込めながら父を見上げる。
「良かったなぁクルス!親方に認めてもらったみてーで!」
全然伝わらない。まあいつものことである。喋らない自分も悪い。
「……父さ……」
「そんであそこにいるのが親方の娘さんでな、モニカちゃんって言って……」
「?」
父親が指をさした方向を見ると、工房の入口付近からこちらを覗いている女の子がいた。明るいチェリーブラウンのツインテールがピョコンと跳ね、この距離では色までははっきりわからないがぱっちりとした猫目がさらに見開かれ……。
「あれっ!?お嬢!」
脱兎の如く逃げて行った。
「うん?どうしたんだウチの娘は」
「うーん、驚いちゃったんすかねぇ」
頭上の親方なる人と父の会話を聞きながら、もしかしてこの火傷の痕を見て怖くなって逃げたのかと思い至る。顔の左上を覆う火傷の痕は大抵の人をぎょっとさせてしまう。普段は前髪で隠しているが、今は丁度借りた布で髪を上げてしまっていたから。
「あ、戻ってきた」
と思ったら女の子が戻ってきた。何故か今度は入口からではなく窓から覗いている。それで隠れてるつもりなのだろうか。
「あー、また行っちまった」
何がしたいのだろう。一瞬目が合ったと思いきやまた逃げていった。
「悪ぃな、今日はウチの娘はなんか調子悪いみてーだ」
「んじゃ紹介はまた今度でさぁね」
こんな動きを最近他でも見た気がする。昆虫にそろそろと近づいて、ちょっとタッチした瞬間バックして、また時間を置いてそろそろと近づいていく野良猫。いや野良猫より毛並みは良いけども。
「同年代の子でクルスの火傷を怖がらない子は珍しいから、紹介したかったんだけどな」
「え」
ポンと頭に手を置かれ、クルスはその言葉に首を傾げた。
「……さっき、俺の顔見て逃げたんじゃないの」
「いや?もっと前から見てたぞ。お前が髪上げた時から」
——そうなのか。
なんともなしに告げられた言葉に自分でも驚くくらいにほっとしていた。何故だろう。誰かに怖がられることくらい、何も珍しくないことだったのに。
「お前がさっきアレ打ってたとこ見て『凄い凄い』って喜んでたからな、仲良くなれると思ったんだが」
「ふぅん……」
女の子が去って行った方向を眺めながら、父に相槌を返す。なんだか急に胸が熱い。ついさっき親方に褒められた時より高揚するような、むず痒いような不思議な感覚。
「ま、明日もあるさな!」
あの子の目の色は何色だったかなと、ふとそんなことが気になった。
◆◆◆
「は、初めまして、モニカ・フレイマです。このフレイマ工房の娘です。い、いごおみしりおきを……」
次の日。
いつでも来ていいとの言葉通りさっそく工房に顔を出すと、その入口に一人の女の子が立っていた。初めましてではないのだが、わざわざ否定することでもないので初めましてということにしておく。
「……クルス・ランバートだ。よろしく」
時間をかけて近づいてくる猫のようだ。
握手のために右手を差し出した途端にぴゃっとその場で跳ねた彼女を見て、クルスは先は長そうだなと悟った。