普通の朝・1
「いってきまーす」
の声とともに、スクールバッグを手に家を出る。それなりに晴れた空、ピークを終えた鳥の声、まだ微妙に残る眠気。いつもどおりの普通の朝だ。
通りに出る。歩き慣れた道を、履き慣れた靴で歩く。見慣れた景色。目に映るすべてに、特別な意味など一つも見出さない。息を吸う。吸ったら吐く。ああ、普通。普通ってすばらしい。
わたしの名前は池田かの。十六歳。身長百五十七センチ、体重非公表。特別勉強ができるわけでも、運動が得意なわけでもない、どこにでもいる平均的な普通の高校二年生だ。
ルックスも普通。特別可愛くはない、かといってきっとブスでもない。ごく平均的な顔の造形であることを今朝も鏡で確認してきた。そんな、自分の容姿に対する願望込みのやや甘めな自己評価も含めて普通の女子高校生らしい。ああ、普通。普通、万歳。
「おーい、かのー!」
そんな普通の女子高生であるわたしが普通に道を歩いていると、後ろから一人の女の子が駆けてきた。
「おはよう、かの」
と、追い付いた彼女はわたしににこやかに笑いかける。彼女の名前は佐倉澪。中学からの友だち。いまも同じ高校に通う仲の良い同級生だ。
「澪ちゃん」
と、わたしは顔を横に向け訊ねる。
「わたしって、普通だよね?」
澪ちゃんはきょとんとした顔になる。
「なにが?」
「え」
と、わたしは一瞬困る。考えた末、
「じゃあ、……顔が、かな」
澪ちゃんは目をパチクリさせ、言った。
「かのは可愛いよ」
「えぇッ⁉」
「うわっ、びっくりした」
「そんな、困るよ」
「なんで?」
「なんでって……だって、わたしって普通でしょ?」
澪ちゃんはフルフルと首を振る。
「かのは可愛いよ」
「そんなこと……」
「ううん、かのは可愛い。自信もっていいよ」
「……」
なんで? 本人が否定してるのに、どうしてこんなに頑なに主張してくるの? わたしの顔をそんなまっすぐな目でじっと見つめて……。
も、もしかして――。もしかして澪ちゃんって、わたしのことが……。長い付き合いなのに全然気づかなかった。いつからだろう……。ああ、でも、そんな――
「こ、困るよ……」
「え。だから、なんで?」
「だ、だって、こういうのって、普通じゃないというか……」
「いや、普通でしょ」
「えぇ? お、女の子……同士、が?」
「うん」
澪ちゃんはこくりと頷く。
そ、そうなの? それってもはや普通のことなの? いつのまに社会はそんなことに……。
じ、じゃあ、わたしも澪ちゃんを受け入れるべき……い、いや、でも、それはやっぱり……だけど……でも――
「や、やっぱり、困る……」
「三たび訊くけど、なんで?」
「だ、だってやっぱり、普通じゃないよ。女の子同士っていうのは……」
「いや、普通でしょ。女の子同士がおたがいの容姿を褒め合うのは」
「……」
「……」
「え?」
「え?」
ぴよぴよと、どこからか鳥の鳴く声が聞こえた。
「……」
「かの?」
「そうだね」
「え?」
「普通だね」
「え、うん」
「普通だ。普通だ普通だ」
「かの、なんか声でかいよ」
何の変哲もない普通の通学路を澪ちゃんと並んで歩く。ああ、普通。わたしの毎日には普通のことしか起こらない。ビバ、普通。
ふと、澪ちゃんが思い付いたようにわたしを見て言った。
「ねえ、じゃあさ。わたしの顔は、どう?」
わたしは澪ちゃんを見て、にっこりと微笑んで答えた。
「普通」




