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母と一緒にロイヤルミルクティーとマカロンをお盆で運ぶ。
土曜の午後の来客は珍しくない。
だけど、こんなに若い男性は来たことが無いように思う。
遠目から見える2人の男性に、私は少なからず緊張している。
「お待たせしました」
母が皆さんの前にティーカップを置いてゆく。
「ああ、ありがとう。紹介させてください。妻の恵美子と娘の友香里です」
父に促され、会釈をした。
「カタール・エナジー・アセット・マネジメント株式会社の黒瀬と申します」
ご丁寧に名刺をいただく。
代表取締役社長 黒瀬賢也
こんなに若いのに、社長さん……そんな風には見えないんだけど……
黒髪をセンター分けにしたきちんとした髪型、整った指先に手入れの行き届いた爪、仕立ての良さそうなスーツ、背が高いのに姿勢がいいから、余計に緊張した。
「同じく、柴崎と申します。お休みの日にご自宅に押しかけて申し訳ございません」
投資アドバイザー 柴崎清太郎
黒瀬さんと同じような背格好だし、身だしなみは完璧だけど、柴崎さんは人懐っこそうな笑顔が素敵で話しやすい印象を受けた。
「友香里も時間があれば同席しなさい。社会勉強になるだろう」
「はい」
母にお盆を渡して、父の隣に座らせていただいた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。まずは柴崎から当社の近況の事業報告をさせていただき、その後、私から御園様にご提案したいプランの紹介に移らせていただきます」
黒瀬さんは決して無礼というわけではないのだけど、淡々と話す様子が『冷たい人』を思わせる。
私はこういう人は少し苦手かも知れない。
「それでは私から……」
柴崎さんがすらすらと会社案内のパンフレットを手に話を進めた。
どうやらカタールに油田を持っている会社に資金を提供しているらしく、出てくる用語は日常会話では使われない単語ばかりだった。
「続きまして、私からご提案させていただきます」
分厚い資料が父の前に差し出された。
『エネルギア・グローバル・ジョイントプラン1000』
フルカラー印刷の分厚い冊子に目を落とす。
「こちらのプランは先月リリースされたばかりですが、既に募集人数の上限に達しております。ですが御園様との面会が本日でしたので、グローバルに掛け合い、一枠だけ抑えてございます」
「ほほう。出資者の主な内訳を伺えますかな?」
「弊社は個人投資家の皆様を対象としておりますので、機関投資家はいません。主にアジアで展開しておりまして、日本が50%、中国が20%、韓国が10%、残りはシンガポールやタイ、マレーシアなどで数パーセントずつとなっております」
黒瀬さんの話し方は抑揚がなく、頭に数字が残らない。
なのに、目を見られているせいか、気付くと頷き納得してしまっていた。
「なるほど。検討させてもらおう」
父が腕を組み天井を見た。
「申し訳ございませんが御園様、抑えてあります一枠は、本日お返事を頂ける事を条件に承認を取っていますので、この場でご決断をいただけない場合、このプランはご縁がなかったということになってしまいます」
冷たく言い放った黒瀬さんとは対照的に、今度は柴崎さんが熱く語り出した。
「御園様、既にご出資頂いておりますプランのアップグレード版です。こちらはご案内をさせていただく方が限られていますので、本日、こうしてお話を持って来られましたのは千載一遇のチャンスと思っていただけたらと思います」
こげ茶色の目を輝かせながら父に力説をする柴崎さんと、何を考えているのかよく分からない漆黒の大きな瞳を持つ黒瀬さん。
じっと下を向いていた黒瀬さんがふと顔を上げ、目が合う。
「お嬢様は、友香里様はどう思われますか?」
「え?私ですか?」
黒瀬さんの発言に、その場にいる全員が私を見た。
「えっと、投資のことなど分かりませんし、金額が金額なだけに、私が口出しするようなことではないと……思います」
プランの最後についている数字『1000』はどうやら一千万円のことだ。
父は昔から投資をしているようだし、資金はあるのかも知れないけど、その場で決める金額にしては大きくないだろうかと不安にも思う。
「大したことも言えず、すみません」
「いいえ。素直な感想だと思います。では、こう考えてみてもらえますか?投資額は一旦置いておいて、例えば一口千円として、この話に乗ってみる価値はあると思いますか?」
黒瀬さんのプランは、カタールにある油田の拡張工事に伴う資金を共同出資という形で集め、生産量が増し、安定供給が出来た暁には利益が分配されるというものだった。
父は別の形でこの会社には既に出資をしており、そちらの成果は上々だとのこと。
「お話は明快で、油田開発の見通しは明るいように思いました。ですが、それはもし千円なら……私もなくなっても惜しくないので……ただ、金額が大きいだけに同じようには考えられません」
父の方を見たが、目を瞑って難しい顔をしている。
「とても賢明なご意見ですね。お若いのに立派です」
ふっと黒瀬さんの表情が和らいだ。
大きな黒目が長い睫毛の陰になり、私はその瞳に吸い込まれてしまいそうな怖さを感じた。
思わず目を逸らす。
「よし!決めた」
父がそう言って太ももをパンッと叩いた。
「友香里、ママにハンコを持って来るように言って来てくれないか」
「はい」
立ち上がって二階に向かう。
全身に黒瀬さんの視線を感じて、私は皮膚がカーッと熱くなるのを感じた。
危うくスリッパで躓きそうなくらい身体が強張っていた。
男の人の視線がこれ程までに気になったのは初めての経験だった。




