反撃への下準備(2)
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「“呪殺のクラーマー”。ロキ陛下はなんと?」
魔王ロキの座す王座の間から“呪殺のクラーマー”が出てきたとき、外で待っていた魔族が彼女に声をかけてきた。
6メートルあまりの巨大で岩のような肌。
トロールだ。巨人族の末裔で、不死身の肉体を持った種族。
彼もまた魔王軍に加わっていた。そうするか死ぬよりも酷い目に遭うかの選択肢しか彼にはなく、彼は魔王軍で自分の力を試すことにした。
「“岩窟のキンバリー”。ロキ陛下は軍を再編させれるように命じられた」
「できるのか?」
「努力はする」
トロールの名は“岩窟のキンバリー”。彼も魔王軍十三将軍のひとりだ。
「“溶解のブロック”が派手に負けたのが痛いな。35万の兵力がパーだ。いくら後方で増やしているとは言えど、一番早く育つ魔族でも戦えるようになるまでは1年かかる」
「戦線を整理するしかないだろう。比較的損害の少ない北部方面軍と中部方面軍から部隊を引き抜き、南部方面軍を補充する。そして、戦線を維持し、その間に訓練が終わった兵士を前線に送り込む。しかし、“溶解のブロック”が敗れたのも痛いが“深海のブリッグズ”が敗れたのも痛い。制海権をこちらが握っていれば、海上輸送が使えたのだが」
「致し方ない。しかし、いったいどんな人間が“溶解のブロック”、“深海のブリッグズ”、“元素のランクル”を撃破したというのだ。“剛腕のカクエン”は驕りすぎていたからいつか敵の罠にかかるだろうと思っていたが、他の3名はそうではない」
“剛腕のカクエン”は魔王軍十三将軍の中でも小物の部類だ。“溶解のブロック”のような特殊能力もないし、“深海のブリッグズ”のようなタフさもないし、“元素のランクル”のように魔術が使えるわけでもない。
その点、他の3名はまさに魔王軍十三将軍の名に相応しいものたちだった。
あらゆるものを分解して兵站すらも己の体で支える“溶解のブロック”。海という人間には未知の世界を支配していた“深海のブリッグズ”。リッチーとして不老不死の肉体を手に入れ強力な魔術を操る“元素のランクル”。
だが、それも敗れた。
いったい誰に? 誰が彼らを倒したというのだ?
魔王軍は今、その疑問で不安が広がっていた。
「ロキ陛下は勇者が現れたとおっしゃっている」
「勇者……?」
「そうだ。そして、それは人間ではないだろうとも」
勇者という言葉を魔王軍の兵士たちは聞きなれていない。今まで人間たちの中から英雄は幾度も現れたが、魔王軍を前に敗れ去った。
勇者とは英雄のことではないのか? 違う存在なのか?
「恐らくは勇者という名が重要なのだろう。名前というものは時として呪いにすらなる。それだけ力を持ったものなのだ。勇者という名前には特別な因果があるのだろう。少なくともロキ陛下はそう考えていらっしゃらる」
「俺は魔術のことはよく分からないが、魔術に詳しいお前がそういうのだからそうなのだろう。ロキ陛下も魔王という名には特別な意味があると常におっしゃっていたしな」
“呪殺のクラーマー”が告げるのに“岩窟のキンバリー”が頷いた。
「俺たちの名前にも意味はあるのだろうか?」
「恐らくはそうだろう。名前を付けられるだけでそのものは特別な存在になる。我々魔族はこれまで名前を持っていなかった。名をつけることはそのものによって呪いとなる可能性があったからだ。人間に名を知られれば、それだけで呪いがかけられる」
名前。個体識別名。
それは人間の世界では容易に付けられるものであったが、魔族の世界では危険視されていた。魔族の中で名前が付けらてしまうと、人間や同族がそのものに呪いをかける糸口を与えることになる。それに魔族という種族であったものに名前を与えるとなると、そのものがどう変化するのかが予想できない。
強きものになるのか。それとも弱者になってしまうのか。
故に魔族は名を持たない。生まれながらにして名を持つ存在もいるが、ほとんどのものは名無しのままだ。
だが、魔王ロキは自分が選んだ魔王軍十三将軍にだけは名を与えた。
その名は絶対的強者によってつけられた名だ。
名付けたものを超える存在でなければ呪いをかけることは不可能であるし、強者がつけた名は必ずそのものを強者とする。それは呪いではなく、祝福となるのである。
では、全ての魔族に名前をつければいいのではないか?
そう思うかもしれないが、どういうわけか魔王ロキはそうしなかった。
理由は分からない。選ばれた13名という数に意味があるのかもしれない。
魔術の世界では数字も重要な意味を持つ。不吉な数字、幸運の数字。そういうものが存在し、呪いをかける時間や呪いを解く時間を左右するのだ。
「とにかく、今は軍の再編成だ。お前も手伝ってくれ。私だけでどうにかできる規模の話ではない。将軍たちとの打ち合わせも必要になる。それでいて、今、手が空いているのは私とお前だけだ。他は戦闘配置についている」
「任せてくれ。俺にできることをやろう」
魔王軍が着々と崩れた戦線を立て直しつつある中、アベルたちも動いていた。
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