反撃への下準備
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──反撃への下準備
アベル、セラフィーネ、ローラの活躍によって、人類は滅亡の危機を“一時的”に逃れた。北ではセラフィーネの北部都市同盟が活動を開始し、東ではアベルのノルニルスタン王国が活動を始め、南ではローラのフリッグニア王国が活動を始めた。
魔王軍十三将軍は瞬く間に屠られ、残りは9名だ。
魔王軍もこの事態を前に動かなければならないということを認識していた。
「“剛腕のカクエン”、“深海のブリッグズ”、“元素のランクル”、“溶解のブロック”。ことごとく打ち倒されたか。随分と愉快な状況にあるじゃないか。魔王軍十三将軍のうち4名が僅か数週間で壊滅とは」
魔王の声は若い女性の声だった。
その姿は黒いローブを纏い、フードで顔を覆って隠してしまっており、魔王であることを示す黒壇の王冠をフードの上から被っている。背丈はさほど大きくはない。だが、誰もがこの魔王を前に恐怖を覚えないことなどないのだ。
「いかがいたしましょうか、陛下」
「それをボクに聞くのかい? 普通は臣下である君たちが考えることじゃない?」
灰色のローブ姿のダークエルフの女性──外見年齢は20代後半ごろで青い肌に銀色の髪をしている──が尋ねるのに、魔王は薄ら笑いを浮かべた。
魔王──20年前に魔族を取りまとめ、北部の荒れ果てた大地から南進を開始させた張本人。人類の生存圏を食い荒らしていき、20年かけて人類を絶滅寸前の状況まで追い込むという所業を成し遂げたもの。
「申し訳ありません。我々では考えが及ばず……」
「いつまでもワンマン経営じゃあ、後が困るんだけどねえ」
ダークエルフの女性は低く頭を下げるのに魔王はクスクスと笑い声をあげた。
だが、魔王の他に魔族を統率できるものがいないことは事実だ。
魔族はこれまで北の大地で野生動物のように小さな群れに分かれて群雄割拠していた。その魔族の群れをひとつの軍隊に取りまとめたのが魔王なのだ。魔王は暴力と恐怖で魔族たちを取りまとめ、自分に従わせた。
魔王には誰も逆らえない。彼女は恐怖によって魔王軍を統率しているのだ。
だから、魔王軍の幹部たちは失敗を恐れる。魔王軍において失敗というのは、魔王を失望させることなのである、恐怖によって魔王軍を率いる彼女にとって部下の失敗は許せるものではない。死をもって償わせるか、より過酷な任務に送り出すかだ。
「とりあえず、十三将軍の方を立て直さなければならないねえ。とは言え、今のところ特に候補になる魔族もいないし、これはのんびりやっていくしかないかな」
魔王軍十三将軍は魔王軍不敗の象徴だった。
魔王軍の中でももっとも強力な魔族たちで構成されており、彼らが戦場に出るならば勝利は約束されたも同然であった。少なくとも今まではそうであった。
その魔王軍十三将軍が敗れた。“剛腕のカクエン”、“深海のブリッグズ”、“元素のランクル”、“溶解のブロック”。魔王軍十三将軍の中でも強力な力を秘めていたものたちが、相次いで敗れたことが確認されている。
それによって魔王軍には衝撃が走っている。
魔王軍十三将軍が敗れた? 何かの間違いではないのか?
それは不安となって伝播し、敵に対する恐怖を生んでいる。
そう、魔王軍十三将軍を破った敵への不安を。
「誰がやったと思う?」
「誰がやったといいますと、十三将軍を誰が殺したかということですか?」
「そう。誰がボクが選んだ十三将軍を撃破したと思う?」
そう問われても、このダークエルフの女性には見当もつかなかった。
「分かりません。人間たちが新しい魔術を生み出したのでしょうか。それともヴェルンドリア王国のドワーフたちが作っているような魔術を帯びた武器を手にしたか……」
「どちらでもないねえ。それぐらいで死ぬようなものを僕は十三将軍には選んでいないんだよ。どれも人間の手で倒せるものではない。あの中じゃ、一番格下の“剛腕のカクエン”でも人間たちがどれだけ束になっても倒せなかっただろう」
ダークエルフの女性が告げるのに、魔王は小さく、愉快そうに笑いながらそう告げる。自分の部下たちが殺されたというのに、そんなことはまるで気にしていないというように彼女はクスクスと小さな声で笑っている。
「では……」
「分からないかなあ。勇者だよ。魔王を倒す存在。そういう因果を背負った存在」
出来の悪い学生に講義する教授のような口調で魔王はそう告げる。
「勇者。勇者。勇者。ボクたちが魔王軍を名乗った時点で彼らが出てくるのは定めだったのだよ。魔王がいれば、必ず勇者が生まれる。世界のシステムがそう言いう構図を作り出しているんだ。魔王と勇者が殺し合う世界というものをね」
魔王は語る。愉快そうに語る。
「いわば抑止力。世界という名のシーソーを平衡に保つための重り。一方の暴走を食い止めるために我々は存在する。世界が常に不安定でありますようにという神様の願い事が生み出したシステム。魔王が勢力を伸ばせば勇者がそれを刈り取り、勇者が暴走するならばより強力な魔王が生み出される。世界はそうやって争いの中にある」
魔王の言葉の意味をダークエルフの女性は理解できていなかった。どうしてそのようなシステムが生み出されたのか。どうしてそのことを魔王が知っているのか。そして、それを知っているにもかかわらず、魔王と自ら名乗ったは何故なのか。
「ボクはね。挑戦してみたかったんだ。世界のシステムを破壊することができるかどうかってことを。くだらない神が定めたシステムを叩き壊せるのかを。エントロピーが増大し続けるこの宇宙で、エントロピーを収束に向けて動かせるかどうかを」
魔王はそう告げてまた小さく笑った。
「だから、戦争を続けよう。勇者を相手に戦争を続けよう。今は立て直しに入るけれど、反撃も当然視野に入れるよ。この大地に暮らす全ての人類を滅ぼしてみようじゃないか。きっとそれは楽しいものになるよ」
「はっ。尽力いたします、陛下」
魔王が告げるのに、ダークエルフの女性は深く頭を下げた。
「そして、恐らく勇者は人間じゃない。当然、魔族でもない。どんな化け物を彼らは“呼び出した”んだろうね。その代償に何を奪われるか分かったものではないというのに。そうだよ、そうだよ。地獄への道は常に善意で舗装されているんだ」
魔王はそう告げて、わずかに顔を上げた。
そこには14歳ほどの人形のように端正な顔立ちに血のように赤い瞳、そして濡れ羽色の長髪がシャンデリアの僅かな光に輝いていた。
それはあまりにも美しく、あまりにも不気味であった。
「“呪殺のクラーマー”。君には魔王軍再編を命じる。他の将軍たちと協力して、“剛腕のカクエン”が率いていたオーディヌス王国への侵攻部隊の損失や、“深海のブリッグズ”を失ったことによて起きている海洋魔族の混乱、“溶解のブロック”が率いていた35万の戦力の喪失などに対処してもらおう。できるかい?」
「努力いたします」
できるかどうかは取りかかって見なければ分からない。特に“溶解のブロック”が出した損害は甚大であり魔王軍南部方面軍は事実上壊滅している。
「心が躍るよ。これまでの一方的な戦争はもうお終い。戦争は新しい乱入者の手で掻き乱される。勝利と敗北のシーソーゲーム。だけれど、だけれどね、最後に笑うのはきっとボクたちだよ。そうじゃなきゃ面白くない」
「その通りです、“魔王ロキ陛下”」
シャンデリアの明かりでうっすら照らし出される中、魔王ロキは不気味に笑った。
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