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海上強襲作戦

……………………


 ──海上強襲作戦



 あきづき型護衛艦の後部デッキにおいてSH-60K哨戒ヘリがエンジンを起動させ、そのローターを高速で回転させつつあった。


 対潜装備はほぼ降ろした状態で、そこにゴーレムたちが乗り込んでいく。


 ゴーレムはそれぞれSCAR-H自動小銃やM240機関銃、M1014散弾銃で武装。ヘリ1機につき4体が乗り込み、ヘリの発進に備えている。


「これは……?」


「ヘリだ。これで敵に近づく。そして、上空から敵を強襲する」


「上空から?」


 セラフィーネの解説にルートヴィヒが首を傾げる。


「そうだ。上空から機銃掃射を行い、それから降下する。作戦の様子はCIC(戦闘指揮所)のモニターでも眺められる。我々はCICに戻るぞ」


「え、ええ。しかし、上空から……──!?」


 セラフィーネが告げた言葉でルートヴィヒがデッキから艦内に戻ろうとしたとき、ヘリがローター音を唸らせ、上空に飛び立った。ルードヴィヒは呆然と空を飛んでいくヘリを眺めていた。ここに来て全ての常識がひっくり返されたような気分であった。


「何をしている。CICに戻るぞ。それともそんなにヘリが珍しいか」


「珍しいものというレベルではないでしょう!? だって、空を飛ぶんですよ!?」


「戯け。鳥だって空を飛ぶだろうが。空は飛べぬものではない。適切な動力さえあれば芝刈り機だって空を飛ぶぞ」


 この世界で空というのは未知の世界だった。


 空を飛ぶ魔族というものは存在するし、空を飛ぶ鳥というのも当然存在する。だが、人類が空を飛ぶということはまだあり得ない領域だった。人類が空に人工物を飛行させたのいうのは、せいぜい紙飛行機程度である。


 それが、それがである。


 今、まさにゴーレムを乗せたヘリが飛び立っているのだ。既に後部デッキを離れたヘリは、そのまま敵船団のいる方向に向けて突き進みつつある。


「これも魔術なのですか?」


「魔術ではない。技術だ」


 セラフィーネはそう告げるとCICに入った。


「移乗強襲部隊は各艦から離陸したか?」


「はい。シルバー・ハインド号及びアドヴェンチャー号から離陸したヘリと合流し、現在敵船団まで20キロの地点に迫っています。映像をモニター画面に表示しますか?」


「表示しろ」


「了解」


 CICで霊的存在に対してセラフィーネが命令を下す。


 するとモニター画面にヘリに取り付けられたカメラからの映像が表示される。実際に大日本帝国海軍(IJN)が使用しているヘリとは違って、完全な無人化のためにヘリにはいくつかのカメラが取り付けられている。


 それによれば水平線の向こう側──とは言わない距離から魔族の船団の姿が映っていた。魔族の船団は接近するヘリに気づいていないのか、それともどう対応するべきが考えあぐねているのか、ヘリに手だしする様子は見えない。


「流石の連中でもバリスタぐらいは使うだろう」


「作れはしませんが、使いはしますね。東部の都市では大砲に防衛機能を置き換えるのが遅れて、バリスタを装備したままの都市もあったはずです。そこら辺から取り外して、取り付けている可能性は否定できません」


 セラフィーネが船団の様子を見て尋ねるのに、ルートヴィヒがそう返す。


「バリスタなどこの時代に馬鹿げてると言いたいが、ローターにでも当たれば面倒なことになる。まずは機銃掃射から始めるしかないな」


 やがてヘリは船団上空に達し、カメラが船団の姿を映し出す。


 魔族たちの船は排水量300トン程度の小さな帆船で、それが列を作って進んでいる。魔族たちは突如として現れたヘリを敵と認識したようで、弓を向けてきている。船上に設置されたバリスタも大急ぎで準備され、ヘリを狙おうとしていた。


 そこにヘリからの機銃掃射が行われる。


 セラフィーネは大日本帝国製の機関銃に根強い不信感を抱いており、ヘリのドアガンはスペック上は同性能のM340機関銃に置き換えてある。7.62x51ミリNATO弾が地上に向けてばら撒かれ、バリスタを破壊し、弓兵を掃射していく。


 ヘリからの攻撃は安全が確保されるまで執拗に行われ、モニター画面に表示される一方的な戦いにルートヴィヒはまたもや呆然としていた。


「ハンニバル・ゼロ・ワンを目標艦艇に降下させろ。他の2機は援護を継続」


 セラフィーネは極めて冷静に戦場を睥睨し、指示を下していた。


 セラフィーネはバトルジャンキーだが、それは自分が戦場にいるときのみだ。


 血の臭いが遠ざかるにつれて、彼女から分泌されるエンドルフィンは少量になり、躁状態には陥らない。遠くからゴーレムを指揮している分には彼女はただの軍人たちと同じになる。もちろん、数多のゴーレムを自在に操っているという点は秀でているが。


 彼女がハイになるのは血の臭いが濃く、生と死の境目が身近にある環境に於いてだ。そういう環境でこそ彼女は彼女がどうして世界最強の魔女と呼ばれるに相応しいかの力を、自在に行使することになる。


 そして、そんなセラフィーネの指揮の下、ゴーレムが降下していく。


 4体のゴーレムがそれぞれの武器を手にして、低空飛行するヘリからそのまま降下する。それなりの高さはあったが、海洋哺乳類の遺伝子改変種(キメラ)から取り出された筋肉を加工した代物。それを死霊術で動かしている代物。


 軽量で、耐久性が高く、死霊術で動かしている限り動力は必要ない。


 これ以上に便利なものもない。


 4体のゴーレムは四方に武器を向けると、それぞれの武器を掃射し始めた。


 有象無象の魔族たちが薙ぎ倒される。とは言っても、この狭い甲板だ。敵の数は瞬く間に減っていく。そして、甲板の敵がいなくなると、ゴーレムたちは甲板から内部に突入していく。ドアノブを散弾銃のスラッグ弾で吹き飛ばし、4体のゴーレムが次々に船内に突入していく。スタングレネードを使って敵を制圧し、中に押し入る。


 それからゴーレムたちは魔族2名を拘束すると、上空でホバリングするヘリから伸ばされたロープで引き上げられてヘリに帰還していく。


 残りの2機のヘリも同じような手順で魔族の船を制圧していき、捕虜を捕らえてから、ヘリに引き上げられていく。3機で合計6名の捕虜を得たヘリはまずはセラフィーネが搭乗するゼーアドラー号に捕虜を下ろすと、それからそれぞれの艦艇に帰投した。


「終わりだ。船を沈めろ」


「イエス、マム」


 3隻の護衛艦の艦砲が火を噴き、1隻、また1隻と的確な狙いで敵船を撃沈していく。海に漂うのは船の残骸だけとなった。残りの魔族たちは溺れ、死体になっていく。


「とりあえず、捕虜は得たな」


「え、ええ」


 これまで想像していたものとは異なる方法にルートヴィヒが渋い表情を浮かべる。


 ルートヴィヒの想像していた作戦はこの艦艇を敵の船に横付けして、そこから敵の船に向けて飛び移るものだとばかり思っていた。なのに、あのヘリによる移乗強襲である。ルートヴィヒの想像とはあまりにも違っていた。


「後はこいつらを尋問して、必要な情報を引き出すだけだ。連れて行け」


 捕虜になった魔族は震え上がっている。


 ルートヴィヒ同様にヘリによる強襲と、銃火器の火力、そしてこの巨大な艦艇を目にした魔族たちは自分たちはいったい何を相手にしているのだろうかと、疑問に感じていた。その不理解故に恐怖すら感じていた。


 その恐怖は心と体を縛り、抵抗する意欲を失わせていた。


 魔族はひとりずつ、後部デッキから艦内に移送されていく。


「尋問は港に帰ってから?」


「時間が惜しい。今から始める」


 セラフィーネはそう告げて艦内に引き摺り込まれた捕虜を廊下に並べ、ひとりずつ艦長室に連れ込んでいった。艦長室は防音構造になっている。中で何が行われているか、他の魔族は知ることはない。そのはずであった。


 セラフィーネが最初の魔族を連れ込んでから、この世のものとは思えない悲鳴が艦長室から響いてきた。苦痛にもがくような叫び声が聞こえ、謎の金属音が響く。その音の廊下に並ばされている魔族たちは恐怖に陥り始めていた。


「次だ」


 セラフィーネが外に出てきたとき、同時に全身の穴という穴から出血した魔族が外に放り出されていた。まだ生きてはいるようで呼吸はしているが、顔は苦悶の表情が刻み込まれたまま、死人のように蒼白になっている。


 魔族たちの恐怖は絶頂に達した。


 何をどうすればこんなものになるのか想像もできない。どんな拷問をすれば、こんな姿になるのか想像もできない。どれだけの苦痛を与えればこんな表情になるというのか。


「ま、待ってくれ。話し合おう。拷問をしなくとも──」


「聞こえなかったか? 次だ」


 セラフィーネはそう告げると、ゴーレムに魔族のひとりを強制的に艦長室に連れてこさせた。そして、同じように艦長室から悲鳴と金属音が響いてくる。苦痛の悲鳴はより大きくなり、魔族たちの恐怖は絶頂を越えて、失禁するものまで現れた。


「次だ」


 そして、また同じように血塗れの魔族が艦長室から放り出される。


「た、助け……」


「次だ」


 続いて魔族が艦長室に連れ込まれる。


「な、何がどうなってるっていうんだ……」


「あの女、人間じゃない。悪魔だ。化け物だ」


 廊下の残された魔族たちは恐怖の囁き声を上げる。


 確かにセラフィーネは人間を辞めた魔女であり、“悪魔食い(デーモン・グリード)”という名の化け物だが、だからと言って魔族たちに化け物呼ばわりされたくはないだろう。彼女はこれでも元人間であるのだから。


 そして、全ての魔族が血塗れの死体のなりそこないになるまでには3隻の護衛艦はノートベルクの港に帰還した。


「お宝も何もない海賊行為って虚しいっすね」


「言うな。あの女に聞かれたらお前も顎を砕かれるぞ」


 スヴェンの部下が告げるのに、スヴェンがそう鋭くそう告げた。


「お帰りなさいませー」


 港に到着するとマルグリットたちが出迎える。


「収穫はありました?」


「ああ。少なくない情報を手に入れた。聞かせてやる」


 セラフィーネがそう告げる中、ゼーアドラー号から捕虜になった魔族が降ろされる。


「な、何したんです、いったい……?」


 血塗れの魔族が降ろされてくるのに、マルグリットがドン引きする。


「少しばかりお喋りをしただけだ。全員から聞き出さなければ正確な情報とは言えないからな。単独の尋問だけでは虚偽が混じる。もっともこの私を騙せるようならば、それはそれで評価してやってもいいがな」


「はへー」


 艦艇から降ろされた魔族は埠頭に並べられると、ゴーレムたちが後頭部に2発の銃弾を叩き込んで海に放り捨てた。


「あーあ。で、得られた情報と言いますと、“深海のブリッグズ”について?」


「その通りだ。他に何か調べなければならないことがあったか?」


「ございませんね」


 マルグリットが尋ねるのに、セラフィーネがそう告げて返す。


「一度、作戦会議を開くぞ。必要最小限の人間を集めろ」


「必要最小限というと防衛隊長とかは?」


「必要ない。どこから情報が洩れるか分からん。つい最近まで人間を魔族に売り捌いていたような連中だ。魔族の情報を売るという発想を思いつかんとも限らん。正直なところ、貴様もどこまで信用していい者かと思っているところだぞ」


「私は誠実な盟主ですよ。ま、確かに魔族に人間を捧げてたけどね。だからって、勝ち目ある戦いをわざわざ捨てたりしませんよ。えへへ」


 セラフィーネがマルグリットを睨むのに、マルグリットが笑みを浮かべる。


「都合のいい奴だ」


 マルグリットの態度にセラフィーネが肩をすくめる。


「おやおや。どうやら楽しいことをされているようですね」


 そこで不意に女性の声が響いた。


「うわっ! だ、誰!? 誰なの!」


「フォーラントか」


 マルグリットが慌てるのに、セラフィーネがため息交じりにそう告げた。


「どうした。というよりも、今までは何をしていた? 悪だくみか?」


「失敬な。手のかかる人狼さんの面倒を見てあげていただけですよ。あの人、素手でリッチーを殺そうとしていましたから。それも実際、精神的に殺せそうなところでしたし」


「あいつらしい」


 フォーラントが口を尖らせて告げるのに、セラフィーネが小さく笑った。


「それでアベルには飽きたから私のところに来たか。ならば、ちょうどいいところに来たな。盛大なパーティーを開く予定だ。招待してやる」


「ありがたくお受けします」


 フォーラントはセラフィーネの言葉に恭しく頭を下げる。


「え? その人、知り合い?」


「ああ。だが、その女と喋るときには気をつけろ。言葉のひとつで殺されるぞ」


 マルグリットが目を見開くのに、セラフィーネがそう告げた。


「どうぞよろしくお願いしますね、盟主様」


 フォーラントが手を差し出すのに、マルグリットはただ頷いて返した。


「さて、パーティーというと?」


「そうだな。しいて言うとすれば──」


 セラフィーネが顎に手を置く。


「イカ釣り漁だ」


……………………

本日の更新はこれに終了です。まだまだセラフィーネのターン!


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