第20話「お前はやっぱりバカだ」
第20話「お前はやっぱりバカだ」
はぁ……はぁ……はぁ……
セルウァーは剣を地面に付いて立っていた。セルウァーの周りには魔獣の死体がゴロゴロと転がっているが、目の前には未だに魔獣の群れが蠢いている。
俺は死ねない。
【汝に命ずる。燃え尽くす炎よ。周囲を燃え尽くせ】
赤い粒子が出たかと思うと、魔獣の周りをそれを取り巻いた。そして、すぐさまその光は爆ぜ、炎が生まれ炎の海が魔獣たちを飲み込んでいく。
今のでセルウァーの体内魔力は完全に尽きてしまう。
もう魔法には頼れない。後は剣で戦うしかない。
炎の海の中、一匹の魔獣が飛び出してくる。
セルウァーは剣で迎撃しようとするが、その攻撃は避けられてしまい左肩に噛みつかれてしまう。
「ぐっ……」
セルウァーは噛みついてきた魔獣に剣を突き刺して、その魔獣を絶命させる。
あれから何分が経ったのだろうか? やばい、意識が遠のいていきそうだ。けど、ここで倒れるわけにはいかない。
セルウァーの体はすでにボロボロだった。体中に傷ができ、地面には自身の流れた血で血だまりが出来ていた。
「俺は帰らなきゃいけないんだ! アモルの所に!」
魔獣たちは雄たけびを上げると、一斉に飛び出して襲いかかってくる。
「あっああああああああああああッ!」
セルウァーも雄たけびを上げると、向かって来た魔獣を次から次へと斬っていく。しかし、何匹か倒した所でセルウァーが使っていた剣がパキンと根本から折れてしまう。
ここまでなのか……
セルウァーはついに地面に倒れ伏してしまう。
まだ魔獣は七十匹ほど残っている。このままでは魔獣の胃の中にこんばんわだ。そんなのごめんだ。
セルウァーは何とか立ち上がろうとするが、もう体のどこにも力が入らず指一本も動かせる自信がなかった。
まずい、視界が霞んできた。もうダメなのか。
魔獣たちもそれが分かっているのか、ゆっくりとセルウァーに近付いていく。
どうすれば、どうすれば、どうすれば!
剣も魔法も尽きてしまった。あるとすれば、ナイフぐらいだった。しかし、それも体が動かせないのなら何の意味もなかった。
アモル、ごめん。約束守れなかったよ。本当にごめん。
ゆっくり、死の音が近づいてくる。
セルウァー!
アモルの声が聞こえた気がする。ここにアモルはいないはずなのに、確かにアモルの声を聞いた気がしたのだ。
人は死ぬ時に走馬灯を見るのだと言う。セルウァーが見たのはまさにそれだった。
はは、意識が遠のいているから幻聴が聞こえてきたのかもしれない。
セルウァー! セルウァー!
またアモルの声が聞こえてきた。さらには、アモルの顔も見えてくる。
アモル、アモル!
必死にそのアモルの姿に手を伸ばそうとするが、やはり、腕はまったく動かなかった。
セルウァー! セルウァー!
セルウァーは必死にそのアモルに向かって手を伸ばしたいが、やっぱり出来ない。それどころか、そのアモルは悲しそうに微笑むと、セルウァーに背を向けて歩き出してしまう。
アモル、待ってくれ! 行かないでくれ!
よく見ると、アモルが歩くその先にはあのアルザの姿が見えた。
ダメだ、アモル! そっちに行ったらもう自由はなくなってしまう! お前が夢みてた『幸せな家庭』は絶対に持てなくなるんだぞ!
セルウァーは必死に叫んでアモルをことを呼び止めようとしたが、アモルは止まらない。
あそこに行ったら、アモルはもう二度と……
そんなのって、そんなことって……
「……認められるわけがないだろうがぁッ!」
もうこの際何でもいい! 誰か俺に力を! ここを切り抜けるための力を寄越しやがれぇぇぇぇぇッ!
傲慢でも、エゴイストでも何でも良い! アモルの笑顔をあいつが奪おうとしてるなら、それは絶対に許すことは出来ない。だから、俺はこんな所で倒れているわけにはいかないんだ!
「死ぬわけにはいかないんだッ!」
セルウァーがそう叫ぶと同時に、セルウァーの周りから地面が盛り上がり、その鋭い先端が次々と魔獣の体を貫いていく。
魔獣たちの苦悶の声が響いてくる。
しかし、その声も今のセルウァーの耳には入って来なかった。
セルウァー自身が今の光景に驚いていたからだった。
こっこれは無償詠唱!
無償詠唱とは、魔力を一切使わないで発動出来る魔法のことだった。普通、魔法は自身の体内にある魔力を使うことによって扱うことが出来ることになっている。しかし、無償詠唱は誰でも使える魔法とは違い、限れらた者しか扱うことが出来なかった。何故なら、無償詠唱は自然に存在する精霊が魔力を分け与えてくれて使う魔法のことで、言い換えれば精霊がが助けてくれているということで、精霊が人を選ぶのだ。そして、今ここでセルウァーは選ばれたのだ。気まぐれな大地の精霊に。
そして、無償詠唱はこうも呼ばれていた。
「精霊魔法」
これならここを突破できる!
力が抜けていた体に、再び力がみなぎる感覚を感じる。それでも満身創痍な感じは否めないが、さっきよりは全然マシだった。
「力を貸してくれて、ありがとう。俺は絶対に帰らなきゃいけないんだ」
見えもしない精霊に向かって、礼を告げてからセルウァーは詠唱を開始する。
【大地の精霊よ。我に力を貸し与え、敵を殲滅せよ】
詠唱を唱えた瞬間、地面が捲り上がり、それが次々と魔獣をなぎ倒していく。
すごい、これが無償詠唱――精霊魔法なのか。
セルウァーもかつては、この精霊魔法を会得しようとして、色々試したがついには会得するまでには至らなかった。
それほどまでに、精霊魔法を会得するのは大変なのだ。しかし、会得したらそれが強大な力となる。
ものの一瞬で残っていた魔獣七十匹が動かぬ遺骸となってしまう。そして、セルウァーの目の前には、一匹の魔獣が姿を見せていた。
体長は六十センチほどだろうか。顔は狐のような造形をしているが、耳が長く下に垂れている。そして、ずんぐりとした体躯で宙を漂っている。
「我は大地の精霊。汝は我との本契約を望むか?」
これが精霊だって⁉
セルウァーはいきなり現れた精霊に驚いてしまうが、驚いてばかりではいられないのですぐさま口を開いた。
「ああ、望む。大地の精霊よ、どうか無力な俺に力を貸してほしい」
「汝の願い聞き届けた。汝は我が認めた者。全力で汝に力を貸すことをここに約束しよう」
精霊はそれだけ告げると、俺の目の前から姿を消してしまう。
意外に本契約って呆気ないもんなんだなっと、セルウァーが感じているといきなり左手の甲が熱くなるのを感じる。しかし、それも二、三秒事だった。熱さがなくなった頃には、そこに精霊と契約した証であるマークが現れていた。
本当に契約したんだな。
セルウァーには何だかまだ他人事のように思えてしまう。
そして、セルウァーはがっくりと体を地面に倒した。もう立っているのでやっとの状態だった。魔獣たちは全て倒し、気が抜けてしまい今度こそ指一つ動かすことも出来ないだろう。
はは、これでアモルは幸せに……
そこでセルウァーの意識は途切れそうになるが、そうはならなかった。何故なら、このフロアに突如として大きな音が響いたからだった。はたして、それはフロアの壁をぶつ破る音だった。そこから現れたのは巨大な一体の魔道人形だった。
魔道人形は、魔術師によって作り出された人工的な怪物だった。主に自衛の為に使用されることが多い魔道人形ではあるが、こうして悪用されることもあった。
それに今目の前に現れた魔道人形は全長四メートルとぐらいはありそうな巨体をしていた。
一般的な魔道人形の大きさは、二メートルもいかない体躯をしている。明らかに目の前に現れた魔道人形は、複数の魔術師によって作り出されていることがうかがえる。
あいつはどれだけ、俺のことを殺したいんだよ。
セルウァーは、アルザのアモルに対する執着心の強さを、ここに来て改めて強く感じた。
魔道人形はゆっくりとこちらに近付いてくる。
あいつはどこまで……
セルウァーが動けないことをいいことに、魔道人形はゆっくりと近づいてくると、その腕を振り上げた。
ああ、今度こそ死ぬな。
絶対に死ねないと思う。絶対にアモルの所に帰りたいとも思う。だが、その意思に反して体は思ったように動いてはくれなかった。
ごめん、アモル。君は君だけは幸せに生きて。
振り下ろされるその瞬間、それより前にセルウァーの後ろからものすごい爆発音が聞こえてくる。それと同時に辺りは砂煙に包まれた。
なっ何だ?
セルウァーがそう思っていると、複数人の雄たけびが聞こえてくる。そして――
「セルウァー!」
この声はティア!
ティアは倒れているセルウァーに駆け寄ると、肩を貸して起き上がらせた。
「遅くなってすまない。アルザの妨害工作を受けていた。でも、君が生きていてくれてよかった。しかし……」
ティアがそこで言葉を切ると、辺りを見渡した。
「おいおい、情報屋。討伐対象は魔獣の群れじゃなかったのか? こんなバカでかい魔道人形なんて聞いてないぜ」
「確かにさっきまでは魔獣の群れだったんだ!」
「まあ、いいか。情報屋、あの話は本当なんだろうな」
「当たり前だ。嘘を吐いたら情報屋なんてやってはいられないだろう」
「くく、違いねえな。うっし! なら、ちょっくらやりますかね。お前ら! あの魔道人形をぶち壊すぞ!」
その男の一声で、他にもいた四人の男たちは声を上げると、一斉に魔道人形に斬りかかっていく。
指示を出した齢四十歳ぐらいの男性は、辺りを見渡してふむと唸った。
「おい、そこの若造」
それはティアの肩に捕まって立っていた、セルウァーに向けた言葉だった。
「これだけの数相手に一人でそこまでやるなんて大したもんじゃねぇか。お前さん名前は?」
「せっセルウァー・モッリス」
「そうか、セルウァーか。面白そうな奴だし覚えておくよ。後は俺たち『白銀の傭兵団』に任せな」
男は一度、セルウァーの左手の甲を見てニヤッと笑うと、魔道人形戦へと加わっていった。
セルウァーはセルウァーでそれどころではなかった。
何故なら『白銀の傭兵団』は、傭兵がチームを作っている中でもトップクラスの実力を誇る傭兵チームだったからだ。
リーダー、さっきの男――ガイル・アブタスはSランク傭兵だし、他に在籍しているメンバーも皆がAランク傭兵だった。
どうして、そんな人たちがここに?
セルウァーは疑問に思ってしまうが、すぐさまティアが説明してくれる。
「たまたまだよ。とりあえず、君はこれを飲め」
そう言って、ティアに口にツッコまれたのは回復薬だった。セルウァーはそれを飲み干した。
回復薬は、傷を完全に回復することは出来ないが、応急処置程度になら使えるものだった。
「街ではアルザの妨害工作によって、誰も協力してくれなかったんだ。だから、他の街からちょうど【ターソン】に入ろうとしている傭兵に片っ端から声をかけたんだよ。そしたら、たまたまあの人たちが力を貸してくれたんだ。半年間、無料で情報を教えるって約束でね」
「そう……だったのか」
何だか悪いことをしたなっとセルウァーが感じていると、目の前ではすでに決着が着きそうな流れになっていた。
四人が氷属性魔法で魔道人形を凍り付かせて、ガイルの地属性魔法がその凍り付いた魔道人形を粉砕した。
すごい、あの規格外の魔道人形を一瞬で。これがトップの実力なのか。
セルウァーがそう感じていると、魔道人形を倒したガイルがこちらに向かって歩いてくる所だった。
「助けてくれてありがとうございました」
「いや、気にすることないさ。困っていたらお互い様だろ。特にこの界隈で生きていると命を落としやすいんだ。ああ、それと魔道人形を倒したらこんな物が落ちていたよ」
そう言ってガイルがセルウァーに渡したのは一つの指輪だった。そこにはコルセア商会のマークが刻まれていた。
それは紛れもなく、アルザ・コルセアが魔道人形などを手引きしたことを意味していた。
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