第10話「アモルの初料理!」
第10話「アモルの初料理!」
「うわぁ~」
部屋の中から、嬉しそうにはしゃいだ声と悲鳴に近い声が聞こえてくる。
きっと今まさにアモルがこの酒場の女将の手によってここの制服に着替えさせられているんだろうなっと、セルウァーは自室の扉の前でアモルが着替え終わるのを待ちながら、そう考えていたのだ。いや、この表現は少し誤解があるか。正確にはセルウァーはドミナの手によって追い出されていたのだ。
本当に自由な女将である。
しばらくの間、そうして待っていると、控えめに自室の扉が開いた。そこからジャンパースカート型のワンピースの制服に袖を通したアモルが出てきた。
部屋から出てきたアモルは、どこか恥ずかしそうにもじもじとしている。
「あの、セルウァーさん」
消え入りそうな声でアモルが、セルウァーの名を呼んだ。セルウァーもそのことに気が付いて、「どうした?」とアモルに向かって声をかけた。
アモルはアモルで何だか言いずらそうに、あーだこーだと言葉を出していたが、少しの間待っていると、アモルは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、言葉を紡ぎ出した。
「わたし、この服似合ってますか?」
アモルに言われ、改めてセルウァーはアモルの姿を見た。
黒と白を基調とした制服に、胸元と腰辺りにはリボンが結ばれている。そして、アモルの特徴的とも思える綺麗な銀髪はウィッグで隠されてはいるが、そのウィッグはハープアップをアレンジした髪型に結ばれていた。つまり、何が言いたいかと言うとアモルが最高に可愛いです!
「どうよ」
セルウァーがアモルの可愛さで何も言えず固まっていると、部屋の中から出てきたドミナが、どや顔でセルウァーのことを見ていた。
「素材が良かったから楽しかったわ」
「おいおい、アモルを着せ替え人形したのかよ」
「別にそんなことはしてないわよ。あたしはただこの子の魅力を引き出すためにやっただけよ。それはそうと、あんたアモルちゃんを放っておいていいの? アモルちゃん、あんたが感想を言わないから不安で泣きそうになってるわよ」
「何だって⁉」
ドミナに言われ、セルウァーが慌ててアモル方に視線を向けると、ドミナの言う通りアモルの眸には涙が溜まっていた。
まずい! 非常にまずい!
セルウァーはちゃんと服の感想を言わないとと口を開きかけたが、セルウァーが何かを言うよりも先に、アモルが口を開いていた。
「もしかして似合っていませんでしたか?」
「いやいや! 全然そんなことないよ! むしろ、似合い過ぎていて驚いちゃってたんだよ。それと感想を言うのが遅くなってごめんな。アモル、とっても良く似合ってて可愛いよ」
セルウァーがそう言った瞬間、アモルの体温はこれでもかと言うぐらいに上昇し、顔は今まで以上に真っ赤に染まっていた。
「アモル⁉ 大丈夫?」
アモルは勢いよく首を縦に振ったが、その後すぐにとても幸せそうに笑っていた。
そんなアモルの姿を見て、セルウァーも微笑むのだった。
「あらあら、朝から見せつけてくれる二人ね」
ドミナのその呟きが虚しく四散した。
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「良いか、アモル。朝の仕事は大きく分けて二つあるんだ。ホールの掃除に朝の営業の仕込みをやって行くんだ。そして、まずはアモルにはホールの掃除からやってもらいたいと思ってるんだ。大丈夫か?」
テッラのその言葉にアモルは力強く頷いた。
そんなアモルの姿を見て、テッラは頼もしいなと思ってしまう。
それからテッラが軽く掃除の仕方を説明すると、アモルが要領よく掃除をこなしていく。床のモップ掛けにテーブル拭きに棚拭き。
アモルがホールの掃除をしている間、テッラは朝の仕込みを次から次へと行っていく。
後はジャガイモの皮むきをしてマッシュポテトを作るだけかと思っていると、ホールを掃除していたアモルからテッラが声をかけられた。
「テッラさん、掃除終わりました」
「もう終わったのか」
テッラは思わず驚きの声を上げてしまうが、数秒後にああそうかと頷いてしまう。
アモルは元奴隷だったのだから、そこら辺の要領は良かったのだろう。
「そっか。なら、今度は朝の仕込みを手伝ってもらおうかな」
「はい! 頑張ります」
「なら、取りあえずジャガイモの皮むきをお願いできるか? 結構量があるけど出来るか?」
「大丈夫です、頑張ります!」
アモルはそう伝えるためか、胸の前で拳をグッと握りやる気に満ちていると言う仕草をしている。
テッラはそんなアモルの姿を見て、頷くと皮むき用のナイフを渡して早速アモルにジャガイモの皮むきをお願いする。そして、そこでも目を見張ることとなった。
ジャガイモの皮むきは結構な重労働になるのだが、アモルはそれを感じさせずに次から次へと皮をむいていく。そのスピードはテッラと同じぐらいかそれ以上の速さだ。
料理を教えてほしいとか言うから、まったく出来ないのかともテッラは思っていたのだが、これを見る限り料理が出来ないとはとても思えなかったのだ。
「アモルは本当に料理が出来ないのか?」
だからつい、テッラはアモルにそんな質問をしてしまう。
アモルは皮むきをしていた手を止めると、テッラの方に向き直った。
「出来ません。わたしはこういう下仕事を奴隷だった時にやらされていたので。だから、雑用なら出来るんですけど、調理をしたことは一度もないんです」
アモルはそう言うと、悲しそうな顔で微笑んだ。
テッラは悪いことを聞いたなっと思ったが、アモルがこうして皮むきが出来る理由も分かったので、なんとも言えない表情になってしまう。しかし、こんな顔をしていても仕方がないと思い直し、気持ちを切り替えることにする。
「なるほどな。よし分かった。なら、簡単なモノから教えてやるから、今から自分の分とセルウァーの分の食事を作ってみないか?」
「えっ⁉」
アモルはテッラのその言葉に驚きの声を上げてしまう。
「良いんですか?」
「ああ、開店まではまだ少し時間があるし、幸い開店からの一時間はそこまでこむことも少ない。何より料理は実践してみないと身につかないことも多いしな」
テッラは「それに」と言葉を続ける。
「あいつに美味い飯を食わせてやりたいんだろ?」
その言葉に、アモルは思わず赤面してしまう。アモルが料理をしたいと強く思ったのは、昨日のセルウァーの食べる姿を見たからだった。ここまで何度も自分の命を救ってくれたセルウァーに、何か恩返しが出来ればとずっと考えていた。そして、料理なら自分でも出来るかもしれないって思ったのだ。
アモルは赤い顔のままこくりと頷いた。
そんなアモルの姿を見て、テッラはははと豪快に笑うと、アモルに料理を教える為に食材を用意していった。
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「え~と、これはどういう状況なんだ?」
セルウァーは困惑していた。それはもう非常に困惑していた。
何故なら、武器のメンテも終わりそろそろ朝食を取ろうと思い、酒場である一階に降りたのだが、そこではところどこと焦げてしまっているオムレツと、泣いているアモルの姿があったからだ。良く見ると八割方が焦げてないか?
「えっと、どういう状況だこれ?」
セルウァーは同じような言葉を繰り返してしまう。
そこにテッラがやって来て状況を説明してくれる。
「実はな、アモルに料理を教えてやったんだ。自分の分とお前の分の朝飯を作ってみろってな。それでオムレツなら出来るかと思ってやってみたんだが、見たとおりの結果になってしまってな。まあ、初めて料理したんだからこんなもんだろうけど」
「ぞれじゃあ、あれは俺の朝飯ってことだよな?」
テッラが頷くのを見て、セルウァーは短く「そうか」と呟くと、何の躊躇いもなくその焦げてしまったオムレツを口の中に放り込んだ。
それを見ていたアモルは驚きで口をあんぐり開けている。しかし、もぐもぐと食べているセルウァーの姿を見て我に返ったのか、慌てて口を開いた。
「セルウァーさん、それ食べちゃダメですよ。失敗しちゃった奴なので」
「これは俺の為に、アモルが作ってくれたモノなんだろう。だったら、食べるさ。それにとっても美味いさ」
そう言いながら、セルウァーはそのオムレツを食べ進めていく。
アモルはそんなセルウァーの姿を不思議に思ってしまう。
自分の作ったオムレツが美味しくないことぐらい、食べなくても分かった。なのに、どうしてそんなに美味しそうにセルウァーが食べているのかが分からなかったのだ。
「ああ、そうだ。セルウァー」
「ん? どうしたんだテッラ」
「そういや、ギルドのマスターがお前のことを探していたな」
「げっ! あの耄碌ジジイが! 嫌な予感しかしないな」
「けど、一回は顔を出しとけって。お前がいない間、お前の話題で持ちきりだったからな」
「分かってるさ」
セルウァーはげんなりしながら、最後のオムレツのひとかけらを口に入れた。
「アモルの働いている姿も見てみたいと思ったが、あのジジイは待たせるとめんどくさいからな。早めに行って来ますか。テッラ、アモルのことを任せていいか」
「ああ、構わないさ」
セルウァーは頷くと、アモルに向き直った。
「アモル、朝ご飯ありがとな。これで一日元気に過ごせるよ。また作ってれよな。仕事頑張れな」
「はっはい! いってらっしゃいです!」
「ああ、いってくるよ」
セルウァーはアモルの頭を一撫ですると、ギルドに向かうため酒場を後にした。
アモルはそんなセルウァーを見送った後、自分が作ったオムレツを食べてみる。やっぱり、焦げた味が口の中に広がり、とても美味しいとは言えるモノではなかった。
「なあ、アモル。どうしてセルウァーが美味いって言ったか分かるか?」
「分かりません」
「あのな、料理って言うのは腕だけがあれば良いってもんでもないんだよ」
「どういうことですか?」
「アモル、このオムレツを作る時、どんなことを思って作った?」
このオムレツを作る時、わたしはセルウァーのことを想いながらこのオムレツを作ったんだ。
「きっとセルウァーのことを考えながら、料理を作っていたはずだ。だから、セルウァーにもそれが伝わって、ああやって美味いって言ってくれたんだよ。そして、それってとっても大事なことなんだ。誰かのことを想いながら料理をするのって、想うか想わないかだけでも劇的に料理の美味さは変わるとオレはそう思ってるんだ。だから、アモルはその気持ちを忘れないでほしい。その気持ちがあれば、アモルもとっても美味い料理を作ることが出来るはず」
「はい、はい!」
アモルが力強く頷いたのを見て、テッラも頷いた。
「それじゃあ、アモル初仕事を頼むぞ」
こうして、ここでもアモルの初仕事が始まった。
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