第1話「傭兵の青年と奴隷少女」
新作を始めたいと思います。初めて描く題材ではありますが、基本的にはハッピーエンドで終われればと思っておりますのでよろしくお願いいたします。
また、当初の予定を変更しまして、本日の21時に第2話を投稿させて頂きたいと考えております。そして、次回からは毎週各1話投稿とさせて頂きたいと思っております。よろしくお願いいたします。
第1話「傭兵の青年と奴隷少女」
暗い暗い暗い。
目の前が暗くて何も見えない。
怖い怖い怖い。
何もかもが怖い。
少女はどうしたら良いのだろう? この地獄はまだ続くのだろうか? いつまで続くのだろうか? と色々と考えてしまう。
少女は普通に暮らしたかっただけなのに。
もうこんな生活は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か助けてください…………
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これでラスト!
青年――セルウァー・モッリスは街のギルドから依頼された魔獣の最後の討伐を終えた。
ったく、厄介な魔獣がこの森に住み着いたもんだ。
セルウァーは、鞘に剣を戻しながらそう毒吐いてしまう。
今日ギルドから討伐依頼があったのは、猪型の魔獣で、穀物や野菜を荒らし回ってしまって大変なことになるのだ。
その害獣を事前に防ぐために、今回ギルドから依頼が出されたのだ。
セルウァーは傭兵で、街にあるギルドなどから依頼を請け負って生計を立てていた。そして、今回もギルドからの依頼をこなしていた。
取りあえず、今日の所はここまでだろう。辺りには猪型の魔獣の気配はないし。
「さてと帰るか」
今日の任務を終えたセルウァーは帰路に着いていく。
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走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って。
どのぐらい走っただろうか? とにかく、ちょっとでも遠くに逃げないと。
後ろから追っ手が来てるような錯覚に襲われる。いや、錯覚じゃないか。実際に来てるんだよね。
少女の考えを裏付けするかのように、少女の後ろからは怒声が聞こえてくる。
確実に奴らとの距離が縮まっている。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!
少女の頭の中はそのことだけに支配される。だからだろう、目の前の道が途切れていることに気が付かなかったのは。
「っ‼」
まずいと思った時には遅かった。少女は空中に身を投げ出し、そのまま川へと落ちて行った。
ああ、わたしはここで死ぬのかな?
意識を手放す直前、少女はそんなことを考えていた。
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セルウァーは、街に帰る前に川に立ち寄ろうと考えていた。軽く汗を流しておきたいと考えたのだ。後、魔獣の体液とかも落としておきたいと考えていたのだ。
確かこの近くに川があったはずだ。
セルウァーはそう考えながら、街に向かう帰路から逸れて川がある方へと向かっていく。
しばらく歩いて行くと、森を抜けて河原に出た。
よし、ここで洗い落とそうとセルウァーは考えたが、そこでとあることに気が付いた。
河原に一人の少女が倒れていたのだ。
「どうしてこんな所に⁉」
セルウァーは慌てて、その少女に駆け寄って容態を確認した。
十四、五歳と言ったところだろうか? 意識を失っていて、外傷もひどかった。至る所に切り傷や打撲などの跡がある。体も痩せこけていて、力を籠めたらすぐにでも折れてしまいそうなほど華奢だった。そして、もう一つ目に留まるモノがあった。それは足首に付けられた枷だった。
奴隷の少女か。
この国では合法的にまでとは言わないが、奴隷の制度が認められていた。そして、奴隷にされた者の所有権は、その買った人物に与えられる。一応、奴隷を買った際にルールを定めているらしいのだが、それが守られていることはまずないだろう。そして、見た感じだと、この少女はそこから逃げてきたとかそういう所だろう。そして、逃げられた主は、今血眼になってこの少女のことを探していることだろう。奴隷の主人となっている人は大概が執拗なのだ。
どうする? この少女に関われば面倒ごとに巻き込まれるのは必須だし、だが、このまま見捨ててそいつらに見つかれば、奴隷としてさらにきつく、ひどい仕打ちを受けることになるだろう。それに、このままじゃ生きていられることすら怪しい。
「あ~あくそっ! 選択肢は一つしかねぇだろに!」
セルウァーはそう叫ぶと、少女を抱き上げ街への道を急いだ。
街に着くと、セルウァーは急いで診療所に駆け込んだ。最初は少女の姿を見て訝しく思っていた医者だが、怪我をしていたと事情を話すと、医者はすんなりと少女を受け入れてくれた。
枷を壊しておいて正解だったなっとセルウァーはこの時心底思っていた。あのまま枷をつけたまま医者に少女を診てくれと言っても、少女が奴隷と言うだけで医者の態度は百八十度変わって、診てはくれなかったことだろう。枷とは一種の奴隷を表す指標にもなっているからだった。
医者に少女を預けるとセルウァーは、備え付けてあったイスに腰を下ろした。
勢いで連れて来てしまったが、これからどうするべきだろう?
セルウァーは今更ながらの感想を抱いてしまう。あの時は放っておいたら死んでしまうと思い、半ば強制的に少女のことを連れて来てしまったが、正直な話、先のことはまったくと言っていいほどに考えてはいなかった。
それに最悪の場合、奴隷泥棒として追われることになるだろう。どんなに悪い主人であろうと、奴隷の所有権はその主人のモノだ。
とにかく、この街からは離れた方が良いだろうな。だが、行動を起こすにしても少女の意識が戻ってくれない限りには、動くに動けない状況でもあった。
今は少女の回復を祈ることしか出来ないか。
セルウァーはそう結論つけると、壁に背を預け両目を閉じた。
この時のセルウァーは気が付いていなかった。自分が無意識のうちに、少女のことを、見捨てると言う選択肢を除外していることに。
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少女が目を覚ましたのは、それから二日後のことだった。
目を覚ました少女は、最初は錯乱していたのか自身の状況が掴めずに固まり、ただただ呆然とベッドの上に座っていた。
そんな少女に向かってセルウァーは努めて優しい声音で少女に向かって声をかけた。
「えっと、おはよう。俺はセルウァー・モッリス。君の名前を教えてくれるかな?」
セルウァーが声をかけると、少女は肩をピクンと跳ねさせ恐る恐ると言った感じでセルウァーの方へと顔を向けた。その表情は警戒心に支配されていた。
無理もないだろうとセルウァーは思ってしまう。きっと、この少女は追っ手から逃げていて、あの河原に倒れていた。そんな状態で、見知らぬ場所に見知らぬ男に連れて来られていたのだ。少女の反応は至極真っ当と言えた。
「……アモル・フェーリークス」
やがて、少女がポツリとそう呟いた。
「そうか。アモルって言うんだな。良い名前じゃないか」
セルウァーは率直な感想を少女――アモルへと告げたが、アモルはピクリともセルウァーの言葉に反応を示さなかった。
う~ん、どうしたものか?
セルウァーは、どうしたものかと思案するが、ちっとも良い案は出てきそうになかった。
セルウァーがああでもない、こうでもないと唸っていると、再びアモルが口を開いた。
「どうして、わたしなんかを助けたんですか? 奴隷の…………わたしなんかを」
どうして……か。
セルウァーにもどうしてこの少女を助けたのかは分からないため、その質問にはものすごく困ったが、一つだけ言えることはある。
「助けたいから助けた。それ以外に理由がいるか?」
ぶっちゃけた話、理由などそれ以外にはなかった。あそこで誰が倒れていたとしても同じことをしていたとセルウァーは思っている。
セルウァーの言葉にアモルは、驚きで両目を見開いてしまう。こんな百害あって一利なしな人間いや、人間以下を助けておいてそんなことを言える目の前に立つ男の神経が分からなかった。それに、普通の人間は奴隷と関わりたくないと思うものだ。何故なら、奴隷は奴隷を買った主人の所有物だ。つまり、その奴隷をこういう風に匿っていると、窃盗罪に問われることになるかもしれないのだ。
アモルは反論しようと口を開きかけるが、そこであることに気が付いた。それは、自分自身に付けられていた枷が、外されていたことに気が付いたからだった。奴隷の証ともいえるその枷が。
原則的に枷を外すことは許されていない。枷が何よりも奴隷と言う証拠になるからだ。そして、その枷が外されたということは、その主人に背いたと言うことにも言い換えられるため、奴隷の中では枷は絶対に外してはならないと言う暗黙のルールがあった。
アモルは足首にあるはずの枷がないことに気が付き、顔を真っ青に染めていく。
もちろん、セルウァーも奴隷の中でそのようなルールがあることは知っていた。しかし、あの河原で少女を見つけて居ても立っても居られなかったのだ。服はぼろぼろで、身体中も痛ましく、生々しい傷がいくつも出来ていた。河原で倒れている少女は虫の息とも呼べる状態だった。
目の前の少女が何をしたのか? きっと何もしてないで金で売買されて今に至っているのだ。セルウァーはそれがどうしようもなく許せないことだった。
「アモル」
だから、セルウァーは努めて優しい声音で少女の名を呼んだ。少女は真っ青な顔のままこちらに顔を向けた。
そんなアモルの表情を見たセルウァーは申し訳ない気持ちになりながら、彼女を安心させるべく言葉を発していく。
「いきなりこんな所に連れて来られた上に、枷も外されていたんだ。動揺もするし怖いって思うのも同然だと思う。それに起きたら目の前には知らない男が立っていたしね。それに枷を壊して外したのも俺だし」
セルウァーの言葉に、アモルは再び驚きで両目を大きく見開いた。それはそうだろう。だって、それは所有者に無断で奴隷を解放したのと等しい行動だったからだ。それは最悪の場合、重罪として扱われ死刑になりえる行動でもあったのだ。
どうして? そこまでと? とアモルは目でセルウァーに訴えかける。
「さっきも言ったけどさ、助けたいから助けたんだよ。それに何だか君を放ってはおけなかったって言うのも理由かな。だからさ、君が何があっても俺が守るよ」
初対面の相手に向かって何を言っているんだとセルウァー自身も思ったが、どうしようもなく、この少女を放っておくことも出来ないのも事実だった。きっとこの少女は追われている身だとセルウァーは考えている。そして、もし彼女がその追っ手に捕まれば、今よりも想像を絶する地獄が待っているだろう。それだけは何としても阻止してあげたいと思ってしまったのだ。
「初対面で何言ってんだって思われるかもしれないし、いきなり現れた男を信用できるはずもないってことも分かってる。だからさ、ゆっくりでも良いから俺のことを信用していってはくれないかな?」
セルウァーの言葉にアモルは数秒間固まっていたが、やがてゆっくりと頷いた。
そんなアモルの姿を見て、セルウァーに笑みが零れた。そんなセルウァーの姿を見て、アモルも少し微笑んだそんな気がした。
すると、この場に気の抜けたような音が響き渡った。果たして、それはアモルの腹の虫が鳴る音だった。
セルウァーは堪えられずに吹き出してしまい、アモルはアモルで恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げていた。
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また、新作「奴隷の少女が求めたのは、幸せな家庭でした。」をよろしくお願いいたします。